メルローサの困惑
メルローサは王都で後を継ぐ兄の代わりに、広大なアンデル領の統治者として生きていく心づもりでいた。
領民にも慕われ、これからここで生きていくと覚悟を決めた矢先。
「公爵閣下より、王都に帰還せよとのお手紙が届いております」
執事は2通の手紙を差し出した。
1通は執事宛てで、もう1通はメルローサ宛て。
恐らく執事宛てにはメルローサの帰還の支度をするよう促した手紙だったのだろう。
広大な領地に幾つかあるマナーハウスに居る父親が、王都に帰るのに同乗するらしい。
王都への帰路の馬車の中で、公爵は王家の封印が付いた封筒をメルローサに差し出した。
そこには第一王子の婚約者にメルローサが決まったこと、王子妃教育を受けるために登城すること等が簡潔に書かれていた。
「第一王子殿下には心に決めた方が居た筈だ」
「エゼルキナ侯爵令嬢ですわね。どうして彼女が王子妃から外されたのでしょう」
「彼女はバスティアン公爵嫡男と婚約を結んだらしい」
「…はい?」
エゼルキナの御令嬢の事は、アンデル領にまで話が届いていた。
国民の誰もが第一王子の婚約者はエゼルキナ侯爵令嬢になると信じて疑っていなかった。
それが何で田舎の領地でせっせと働いていたメルローサに白羽の矢が立ったのだろう。
「お前のことはバスティアン公爵直々の推挙らしい。確かに我が家とは家格が釣り合うし、メルローサなら第一王子殿下をよく支えていけるだろう」
「それは…そうかもしれませんが」
心に残した人がいるままの相手と、婚約を結ぶ。
いっそのこと、侯爵令嬢がとんでもない悪女とかであればまだ救いはあったかもしれない。
王子の婚約者になれば、否が応でも侯爵令嬢と比べられる。
周囲の貴族達からも、当の本人の王子殿下からも。
「バスティアン公爵は、お前のことを領地の経営に辣腕を振るう令嬢として評価してくださっていた。その腕前で、国の運営にも実力を発揮するだろうとも」
「そうですか」
元より王子に愛されるとは思ってない。
自分は公爵家の娘として、臣下として殿下を支える役割を求められている。
「お前よりも条件の良い御令嬢が存在しない。何というか、第一王子が少し頼りない部分もあるので、下手に外国の姫を迎えると国を乗っ取られる危険もある」
現時点での最適解はメルローサしかいない。
そう父公爵は言っているのだ。
何より王家の決定だ。
覆すだけの理由もない。
能力を買ってくれたのなら無碍な扱いはされないだろう。
「安心なさいメルローサ。お前は美しいし頭も切れるし何より領地の経営の腕は確かだ。王家の皆様もきっとお前を可愛がってくださるだろう」
そんな気休めにもなるのか怪しい言葉で、父が娘を慰める。
結婚については、公爵家の娘に生まれたからには政略の駒になることも覚悟していた。
たとえ愛がなくても暖かい家庭を作れればと思っていた。
なまじ相手が国の最高位なだけに、いきなりハードモードだ。
王都に着くまでに気持ちを切り替えよう。
遠い道のりでよかったと、その時には少し、前向きになれていた。




