ロドニーの婚約(1)
ロドニーはレベンガルド王国の第一王子として生まれた。
王太子夫妻の第一子が世継ぎの王子だったため、王家だけでなく国民も歓喜した。
王族が結婚したり出産したりすると高位貴族の間では結婚ラッシュやベビーブームが起きる。
我が子を将来の王族の伴侶や側近として育てるためだ。
王子には幼い頃より立派な教育者が付けられる。
彼等は王子が成長した後も、優秀に王族を育て上げた実績を買われて仕事が引く手数多で職だけでなく名声も得られる。
ところが王子はそんな大人達の事情を察してしまい、真面目に努力するのがばからしいと感じるようになった。
「彼等が一生懸命なのは僕の為じゃない。自分の名声の為なんだ」
それが分かると何の為に自分が頑張らなきゃいけないのか、途方に暮れてしまった。
そしてロドニーは、教育の時間をサボって抜け出すことが増えた。
その日も麗らかな天気で、王宮に籠って勉強するのなんて勿体ないと思えた。
王宮の庭で陽の光をいっぱいに浴びて心の赴くままに土いじりをして虫を見つけたり、走ったり転がったりして全身に草のにおいをつけながら気儘に過ごしていた。
勿論警備の衛兵達は遠巻きに眺めて未来の王を見守っている。
図書室に通じるテラスの席に、見慣れない女の子がいた。
社交の場に出られない少年王族には、親の設定した王位貴族の子達との交流の場以外には他家の子供達との接点がなかった。
明るいピンクがかったブロンドの女の子は庭に咲く花のようだなと思った。
「こんにちは。君は誰?」
テラスの席で本を読んでいた女の子は顔を上げてロドニーの方を見る。
「…私はアンリエッタよ」
「その本、面白いの?」
女の子はずっとそこで本を読んでいたらしい。
「ええ。うちにはない本が沢山あると仰るので、お父様に連れてきてもらったの」
そういう女の子の手元を見ると、何やら外国語の本のようだった。
「それ、君に読めるの?」
「ええ、ミシャルガ語だけど子供向けの本だから読めるわ」
「まだ子供なのに、ミシャルガ語が読めるのか。凄いな」
「そう難しいものでもないのよ。なんなら読み聞かせてあげましょうか?」
ちらりと難解そうな文字を見てロドニーは怯んだ。
「大丈夫よ、ちゃんとレベンガルド語でお話しするから」
そういってロドニーに隣の席を勧め、もう一度初めからページをめくりなおした。
物語自体は子供向けの簡単な冒険譚だった。
ドラゴンに襲われた村人達を助けるために立ち向かっていく少年勇者。
オーソドックスな話ではあったが、ミシャルガ語の学習教材としては結構最適な難易度の話だった。
「アンリエッタは凄いな。外国語の授業は全然わからなかったけど、アンリエッタが読んでくれたおかげで少しわかるようになった」
「それは良かったわ。私もお父様に連れてきてもらって良かった。まだまだ読み切れないほどの本がありそうなんですもの」
「じゃあいつでもここにおいでよ。父上と母上にもそのように頼んでおくから」
「殿下」
その時、衛兵と共にエゼルキナ侯爵がやってきた。
ロドリーの姿を見るなり侯爵が会釈する。
「お父様」
「我が娘が無礼な振る舞いをいたしませんでしたでしょうか」
「宰相のエゼルキナ侯爵だね。アンリエッタと過ごした時間はとても楽しかったよ。おかげで苦手なミシャルガ語が少しわかるようになったんだ」
「然様でございますか。それならば良かったです」
「ねえ侯爵。またアンリエッタを連れてきてよ。アンリエッタと一緒なら苦手な勉強も頑張れると思うんだ」
幼い王子にそう言われて、侯爵は少し困ったような顔をした。
「…娘をお気に召しましたか」
「うん。アンリエッタは優しくて賢いね。これからもアンリエッタと一緒に遊んだり勉強したいんだ。父上と母上にもそう伝えるつもりだよ」
王子が高位貴族の令嬢を所望する。
それは婚約の打診に近い話になる。
彼の両親となる王太子夫妻の耳にも入るとなれば、ほぼ話が確定になる。
かといって断る明確な理由もない。
宰相の娘として外国語の教養をつけさせようとしたところ、アンリエッタは興味を示してどんどん吸収していった。
王宮の図書館にも沢山の外国語の本があるのでその話をしたところ、アンリエッタは父親について王宮に行きたがった。
そんな望みを叶えてやろうとしたところ、国王からも是非王宮の図書館を活用してくれと背中を押されて今日に至る。
ただそれだけの筈だったのに、まさか第一王子の目に娘が止まるとは。




