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輝きの領域   作者: Idar
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運命を決める者たち

第五章

運命を決める者たち

謁見の間には、帝国を支える五つの大貴族家の当主が全員集まっていた。

この会合の目的は明白だった――皇位継承者となる三名の候補を選定すること。

薄暗い広間の中央には円卓が置かれている。

一筋の光すら差し込まないその空間は、まるでここで下される決断を、自ら拒んでいるかのようだった。

最初に口を開いたのは、ヴァルグレイム家当主――ドールヴェインである。

「イスタルを候補に挙げるなど、帝国に災厄をもたらすだけだ」

彼の声には、迷いも疑念も一切なかった。

「シグマレンの街で、あの男が何をしたか――皆、覚えているはずだろう」

数名が同意するように頷いた。

帝国の若き継承者ヴェイラですら、視線を逸らさなかった。

その瞳には、無言の同意がはっきりと浮かんでいた。

「彼は救済ではない。混沌そのものだ」

ドールヴェインは声を荒げる。

「そんな人間が帝国の頂点に立つなど、あり得ない」

「それは公然たる攻撃だな、ドールヴェイン」

冷ややかに応じたのは、アルデクレイン家当主――レイマールだった。

「そして、我が一族に対する明確な戦争挑発でもある」

「真実を突きつけられて、心が痛むのは分かる」

ドールヴェインは薄く笑う。

「だがな、お前の息子こそが、王冠にとって最大の脅威だ」

「貴様……!」

レイマールは勢いよく立ち上がり、拳を強く握りしめた。

「どうか冷静に」

間に入ったのは、ヴァルクフラッド家当主――ミレリン。

「私たちは争いに来たのではありません。問題を解決するために集まったのです」

「お前の立場は分かりやすい」

ドールヴェインは鼻で笑った。

「イスタルはお前の甥だからな。肩を持つのも当然だ」

「長い年月が過ぎても」

ミレリンは静かに言い返す。

「あなたは相変わらず、自分の感情を制御できないようですね」

「最初から言っている。この会合自体が無意味だ」

レイマールは吐き捨てるように言った。

「私もレイマールを支持します」

ミレリンが続ける。

「身内揃いか……」

ドールヴェインが低く呟いた。

「このままでは、永遠に結論は出ません」

ヴェイラが口を開く。

「各々が自分の利益だけを主張していては」

ストルヴレイム家当主イールディリアンスと、

オルクヴァルト家当主タグリスは、終始沈黙を保ったまま、

このやり取りを静かに見守っていた。

その沈黙は、他者の怒号に劣らぬほど雄弁だった。

そのとき――

謁見の間の扉が開いた。

現れたのは、イスタルだった。

議論は、瞬時に凍りついた。

全ての視線が、彼に向けられる。

「ご機嫌よう、諸君」

イスタルは落ち着いた声で言った。

「随分と熱い議論のようだな。

……まさか、私の話ではあるまい?」


「イスタル……」

レイマールが緊張した面持ちで言う。

「軽率な真似はするな」

「貴様、何の用でここに来た!」

ドールヴェインが怒鳴りつけた。

イスタルは視線をヴェイラへと移す。

「皇位継承者殿と、同じ理由だ」

二人の視線が交差する。

そこにあったのは、温もりでも敬意でもない。

ただ冷たい対抗心――

そして、いずれ訪れる衝突への無言の約束。

「なぜ貴様を衛兵が止めなかった、ヴァトラ!」

ドールヴェインが怒鳴り、周囲を見回す。

返事はなかった。

「いなかっただけだ」

イスタルは軽く頭を傾け、静かに言う。

「……あるいは、もう“いない”のかもしれないが」

唇に浮かんだのは、皮肉めいた笑み。

「今すぐ出て行け!」

怒りを必死に抑えながら、ドールヴェインが吐き捨てる。

レイマールが勢いよく立ち上がった。

あと一歩で、事態は全面衝突へと変わっていた。

「父上、お願いします……」

緊張を帯びた声。

「彼は、その価値もありません」

「イスタル」

レイマールは低く、しかし強く言った。

「ここは私たちに任せろ。事を荒立てるな」

「そうだ、その気取り屋め!」

ドールヴェインが吠える。

「消えろ!」

イスタルは笑った。

大声ではない。

短く、冷たい笑いだった。

その音は、どんな叫びよりも耳障りだった。

「理解しているさ」

彼はゆっくりと一同を見渡す。

「若き継承者殿は、諸君に支援を約束した。

……もしかすると、それ以上のものも、な」

一歩、前に出る。

「だが、一つだけ忠告しておこう」

声が、氷の囁きへと落ちる。

「――二度と、私の家族を侮辱するな」

広間の空気が、一気に重くなる。

「忘れるな」

イスタルは続けた。

「誰のおかげで、貴様らが面目を保てたのか。

そして、誰のおかげで――

貴様らの一族が、今も存在しているのかを」

「この……!」

ドールヴェインが動きかけた、その瞬間――

「もう十分です!」

ミレリンが立ち上がり、鋭く叫んだ。

その瞳は怒りに燃えている。

「これ以上の争いは、状況を悪化させるだけ。

今日はここまでにしましょう。

皆が冷静になるまで」


ドールヴェインは、数秒間イスタルを睨み続けた。

イスタルもまた、落ち着いた――満足げな視線で見返している。

やがてドールヴェインは立ち上がった。

「願わくば……」

冷たく言い放つ。

「貴様らが正気を取り戻し、

破滅を候補に選ばぬことを祈ろう」

彼は踵を返し、出口へ向かった。

「また会おう……」

イスタルが背中に声を投げる。

ドールヴェインは低く鼻を鳴らし、

扉を強く叩きつけるように閉めた。

残された沈黙は、

どんな言葉よりも重かった。


謁見の間を出た直後、

ドールヴェインは急停止した。

扉の前には、衛兵たちが倒れていた。

意識はない。

胸はゆっくりと上下している。

生きてはいるが、

まるで不自然な深い眠りに落ちているかのようだった。

「忌々しい怪物め……」

彼はかすかに呟いた。

拳を握り締め、

振り返ることなくその場を去る。

他の者たちも、次々と散っていった。

若き継承者ヴェイラは、真っ先に出口へ向かう。

今回、彼女が一人でいることに、イスタルは気づいた。

いつも傍にいるはずのヴェルゲルの姿がない。

イスタルは扉のそばに立ち、彼女を見送る。

「妙ですね、ヴェイラ様」

穏やかに声をかける。

「今日はヴェルゲルがいない。

いつもは……一心同体でしょう?」

彼女は立ち止まり、振り返った。

唇に浮かぶのは、かすかな、狡猾な笑み。

「そうかしら?」

彼女は言う。

「私はてっきり……

私たちの“愛”は、相思相愛だと思っていましたけれど」

「それとも、勘違いでした?」

「相思相愛?」

イスタルは、わざと考える素振りを見せ、微笑んだ。

「それはそれは……随分と気にかけていたのだな」

一拍置いて。

「つまり、今夜のお茶会に招待してくださる、と?」

その視線は丁寧でありながら、危険だった。

蛇のように。

ヴェイラは答えず、

小さく頷いて歩き出す。

扉の前で立ち止まり、

肩越しに言った。

「遅れないで」

そして姿を消す。

「もちろん」

イスタルは静かに答えた。


「……で、何のために来た?」

ヴェイラが去った後、レイマールは冷たく問いかけた。

「お前は、また全てをややこしくしただけだ」

その間に、ストルヴレイム家とオルクヴァルト家の当主も謁見の間を後にしていた。

広間には、ほとんど彼ら三人だけが残される。

「どうした?」

レイマールが促す。

「なぜ黙っている」

「言うことは特にない」

イスタルは微笑んだ。

「お前は本当に、物事を複雑にするのが好きね」

ミレリンが口を挟む。

「わざとじゃありませんよ」

イスタルは、芝居がかった真剣さで言った。

「ただ、あなたに会いたかっただけです、叔母上」

少し間を置いて。

「長くお姿を見ないと……寂しくなるもので」

「特に、その目が」

「その言葉は、他の女の子に使いなさい」

ミレリンは素っ気なく言った。

その視線は明確だった――彼の本心など、とっくに見抜いている。

「ですが、事実です」

イスタルは肩をすくめる。

「本当に、恋しかった」

「ところで……母上は?」

「忙しい」

レイマールが答える。

「いずれ会えるだろう。

それより――旅はどうだった?」

「問題ありません」

イスタルは短く言った。

「歩きながら話しませんか。道すがら説明します」

ミレリンとレイマールは視線を交わし、

言葉を交わさぬまま、彼と共に歩き出した。


宮殿の回廊には、静かな足音と、

淡々としたイスタルの声だけが響いていた。

まるで、ありふれた旅の話でもするかのように。

「計画は、想定以上にうまくいきました。

誰も――

あれが私の仕業だとは、理解できないでしょう」

レイマールは一瞬立ち止まった。

その眼差しは鋭く、重い。

この種の話題において、彼は常に過剰なほど慎重だった。

「本当に、そう言い切れるか?」

「こういう件に、小さなミスは許されない」

「断言できます」

イスタルは即答した。

ミレリンは、わずかに微笑んだ。

喜びではない。

冷静で、抑えられた満足の笑みだった。

「ならば、あとは見守るだけね」

彼女は言う。

「彼らが、自分たちの手で全てを壊すのを」

「その通りです」

イスタルは頷いた。

「確認ですが――

ストルヴレイム家は、我々を支持しない?」

「断言はできないわ」

ミレリンが答える。

「けれど、こちらにつく理由もない」

「では、オルクヴァルト家は?」

歩みを止めずに、イスタルが問う。

「私の見る限り」

レイマールが言った。

「彼らは候補を取り下げ、

ヴァルグレイム家に与するだろう」

イスタルは、わずかに目を細めた。

「……なるほど」

低く呟く。

「それなら――変えられますね」

「駄目だ」

レイマールは即座に遮った。

「お前のやり方ではない」

イスタルは一瞬立ち止まり、

それから肩をすくめた。

「分かりました。無理強いはしません」

穏やかな声。

だが――

そこに譲歩の色は、一滴もなかった。

三人は再び歩き出す。

前方には、大広間が見え始めていた。

再び全てが集う場所――

政治家、継承者、そして“駒”たちが集まる舞台。

イスタルは、軽い笑みを浮かべたまま、堂々と歩く。

他の者にとって、それは王冠を巡る闘争。

だが彼にとっては――

ただの一枚の盤面。

そこでは、

駒たちが自ら進んで、

彼の望む升目へと並んでいくだけだった。








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