私と私だけ
第4章 私と私だけ
それは皇帝の葬儀の日だった。
大広間には、帝国の五大名家――ヴァルグレイム家、アルデクレイン家、ストルヴレイム家、ヴァルクフラード家、オルフヴァルド家――の代表が集まっていた。
場の雰囲気は張り詰めていた。特にヴァルグレイム家とアルデクレイン家の間には緊張が漂っていた。かつては理想的な同盟関係とされていた両家も、最近の出来事によって一瞬で崩れ、まるで砕けた水晶のようだった。空気には、ほんの一歩、ほんの一瞥が火花を散らすかのような緊迫感が満ちていた。
皆が、帝国に平和と秩序をもたらした偉大なる皇帝――その支配者――に敬意を表すために集まった。しかし同時に、静かに問いかける視線が大広間を覆っていた。次の皇帝は誰になるのか?そして、この国に待つのは混乱か、それとも保たれた秩序か?
会場は沈黙に包まれていたが、それは偽りの静けさにすぎなかった。厳かな儀式の背後には、不安、疑念、そして冷徹な計算が隠されていた。誰もが過去だけでなく、明日、自分がどの側に立つかを考えていた。
柱の間でささやき声が広がる。次期皇帝候補の話題だ。その中で最も多く名前が挙がるのは二人――ヴァルグレイム家のヴェルゲルとアルデクレイン家のイスタルだった。
それでも、大多数はヴァルグレイム家に傾いていた。彼らの歴史、力、そしてヴェルゲルの天才性が、彼に確かな勝算を与えていた。故皇帝の後継者であっても、それだけでは皇位の保証にはならない。帝国の門、ナドトルンの門をくぐった者こそが、真の支配者として認められるのだ。
そして、もう一人の存在――イスタル。
彼の能力は言葉で説明するのも難しく、その弱点を見つけるのはさらに困難だった。確実に言えるのは、彼はヴェルゲルよりも強いということだ。家柄の影響力はヴァルグレイム家ほどではなかったが、イスタルはすでに歴史に足跡を残していた。戦争での勝利、そしてハイク(霊力)の完全な掌握は疑いようもなかった。
アルデクレイン家は人形――思考し、話し、ほとんど生きているかのように振る舞う機械――の操作を専門としていた。また、彼らは風の元素を操る力も持っていた。一方、ヴァルグレイム家は黒い塵「プラシュ」を操り、進む道を焼き尽くす力を持っていた。
力の種類も、規模も異なる。しかし、イスタルの登場によってバランスは崩れた。人形と元素の制御により、彼は単にヴェルゲルと肩を並べるだけでなく、凌駕することさえ可能になったのだ。
若き天才ヴェルゲル。そして、第一に生まれる運命を持つ者――イスタル。民衆は彼らを永遠のライバルとして見ていた。
ほかにも候補者はいた。皇帝の息子エイリン、娘ヴェイララ、オルフヴァルド家のアルゲルド。しかし、どれほど名を轟かせても、人々の視線は再びヴェルゲルに戻った。
彼を囲む者たちが問う。
「帝国の未来に関して、どのような計画ですか?」
「この困難な時期、何をお考えですか?」
質問は矢継ぎ早に投げかけられ、微笑みは礼儀正しく、声はお世辞が混じっていた。しかし、ヴェルゲルはそれを見抜いていた。誰も帝国を思ってはいない。ただ自分の立場と、適切な時にどの側につくべきかを考えているだけだ。
「今日、このような質問には答えない。」冷たく言い放つ彼。
「我々は別の理由でここに集まったのだ。偉大なる皇帝の記憶を称えよう。」
彼の口調はあまりに落ち着いており、ざわめきは静まった。最もしつこい者でさえ黙り込む。
だが、ヴェルゲルには違和感があった。誰かが欠けている――その視線は幾度も入り口へと向いた。そして――扉が開いた。
イスタルが大広間に入ってきた。明るい髪、落ち着いた歩み、瞬時に空間を見渡す青い瞳。彼はまるで葬儀ではなく、ただの夕方の宴に来たかのようだった。
「おお、失礼。」軽やかに言い放つ。
「気にしないでください。私ひとりです。」
彼はすぐに叔母のエリセルのもとへ向かった。
「ご挨拶申し上げます。皆さん、少し緊張しすぎではありませんか?」
「遅刻よ。」不満げに彼女が言った。
「ん?いや、私としては時間通りだと思います。デザートはもう出ましたか?」
視線はテーブルを滑る。果物しかない。
「ふむ…少ないな。」彼はリンゴを手に取り、一口かじった。
「まあ、これで十分だろう。」
エリセルはため息を抑える。ヴェルゲルは終始、イスタルから目を離さなかった。イスタルはそれに気づき、微笑み、軽く手を振った。ヴェルゲルはすぐに目を逸らす。
ある者にとっては競争。
ある者にとってはゲーム。
「じゃあ、母さんと父さんは?」イスタルが尋ねた。
「話し合い中よ」
「またか?」彼は微笑んだ。「ヴァルグレイム家と?」
肩をすくめ、まるで自分には関係ないかのように振る舞う。
「行って、人々と話してちょうだい」エリセルは強く促した。「ヴェルゲルのように」
「放っておいて」イスタルは落ち着いた声で答えた。「自分の望むものは分かっている」
彼は軽く頭を傾けた。
「そして、それを成し遂げる力もある。あるいは破壊する力も」
エリセルは固まった。冗談ではない。
「顔色が悪いぞ?」彼は微笑んだ。「冗談だよ。壊したりはしない」
間を置き、付け加えた。
「美しさは大切にする」
「知ってるわ」彼女は静かに答えた。
恐れてはいなかった。むしろ――愛していた。自分なりのやり方で。たとえその愛が奇妙で危険なものであっても。
「散歩してくる」彼は言った。
「馬鹿なことはしないで」
「今日は――しない」
一瞬、彼は少年でも後継者でもなく見えた。まるで広間に皇帝が現れたかのようだった。
イスタルは人々の間をゆっくりと歩き、礼儀正しく挨拶した。足取りは自信に満ち、入室前から計画していた通りの場所へ向かっていた。
ヴェルゲルは目を離せなかった。誰かの言葉に応じていても、視線はイスタルから外れない。だが、一瞬でも気を逸らすと、彼はすぐに姿を消す。
ヴェルゲルは素早く振り返った。
「何か探しているのか?」背後から声がした。「緊張しているようだな」
ヴェルゲルは歯を食いしばる。
「気のせいだ」
「ふむ?そうか?」イスタルは軽く微笑み、頭を傾けた。「まるで、主人を突然見つけた子犬のようだ」
「言葉には気をつけろ」ヴェルゲルは冷たく言い放った。
だが声の張りが彼の緊張を隠せなかった。
「おお?俺が君を監視しているのか?」イスタルは驚いたふりをした。「面白いな…君がそんなに注意深く俺を見ていたとは知らなかった」
「もう言った」
イスタルはさらに広く微笑んだ。
「じゃあ、俺は行くとしよう…」
一歩踏み出したが、何か大事なことを思い出したかのように止まる。
「ああ、そうだ」無頓着に付け加える。「ちょっと気になっただけだ。聞いたところによると、君は…男の子と遊ぶのが好きらしいな」
空気が凍りついた。
「火遊びはやめろ」ヴェルゲルが即座に遮った。
「これは火遊びか?」イスタルは落ち着いて確認した。「それとも、ただ焼ける真実か?」
「話は終わりだ」
ヴェルゲルは鋭く振り返り、広間の反対側へと進む。
「いつもこうして逃げるのか、それとも…」
イスタルは言いかけたが、ヴェルゲルは爆発した。急に振り返り、手を振り上げて――
「やめろ!」
二人の間にアリフィア――ヴェルゲルの妹――が立った。
「落ち着いて!」
「どけ」ヴェルゲルは冷たく言い、彼女を押しのけた。
「ここがどこか忘れないで」彼女は声を荒げず、毅然と言った。「戦場ではないのだから」
彼女はしばらく彼を見つめ、声を潜めて付け加えた。
「感情的すぎるわ。あなたには似合わない」
そしてアリフィアはイスタルの方に向き直った。
「イスタル、やめて。彼を挑発しないで」
ヴェルゲルは深く息をついた。言葉は一つもなく、振り返りそのまま去っていった。
「で、なんでそんなことしたの?」彼が人々の中に消えたあと、アリフィアは不満げに尋ねた。
「ちょっと興味が湧いただけさ」イスタルは肩をすくめる。「まさか彼、こんなに…神経が弱いとはね」
「行きましょう」彼女は淡々と言った。
「もしかして告白の準備でもしてたのか?」イスタルは胸に手を当て、芝居がかった仕草を見せる。「せめて精神的な準備くらいしてほしかったな」
「黙ってついてきなさい」
イスタルは微笑むだけで、彼女の後を追った。
バルコニーは光に満ちていた。
下に広がるアーヴェンダルは、生き生きとして温かく、喧騒があり、二人の間の沈黙とはまるで別世界だった。
アリフィアは石の手すりに寄りかかり、目を閉じた。
陽光が肌に触れ、まるで落ち着かせようとしているかのようだった。
彼女はイスタルの存在を感じた――それでいて、彼があまりにもまっすぐ、あまりにも遠く立っていることを知っていた。まるで二人の間に深い溝がすでに横たわっているかのように。
「また黙ってるわね」彼女は静かに言った。「会話を避けるのがあなたのお気に入りの方法?」
「言うことがなければ」彼は冷静な口調で答えた。「沈黙が一番だ」
彼女は彼を見つめた。
その顔は落ち着き切っていて、冷たく完璧で、ほとんど美しくさえあった。だからこそ最も恐ろしい。
「平静そうには見えないわ、イスタル」
「君は見たいものを見ているだけだ」
アリフィアは手すりを握り締めた。
「私は、痛みを抱える人を見ている」
彼はわずかに唇の端で微笑む――温もりのない笑みで。
「痛みは弱さだ。もうとっくに手放した」
「違う」彼女は首を横に振った。「ただ、他の誰よりも深く隠しているだけ」
イスタルはようやく彼女に向き直った。
視線は冷たく、鋭く、まるで敵の妹ではなく、チェス盤の駒を評価するかのようだった。
「君は心配しすぎだ」
「だって、ほっとけないんだもの!」彼女の声が震えた。「自分を壊しているの、見えてないの?」
「大げさに言うな」
「大げさなんかじゃない!」彼女は一歩踏み出した。「ただ…あなたのことが心配なの」
一瞬、彼の中で何かが砕けたように見えた。だが、それはただ光が角度を変えただけだった。
「やめろ、アリフィア」彼は静かに言った。「救えないものに執着するな」
「もし私があなたを救いたくなかったら…?」彼女は囁いた。「ただそばにいたいだけだったら?」
彼は黙った。あまりにも長く。
「僕たちの運命は決まっている」ついにイスタルは口を開いた。「家族によって。立場によって。この世界によって。
そばにいることは、その中には含まれていない」
「もし私が、このルールを破ってもいいと同意したら?」
彼は鼻で笑った。
「それで、どうなる?」
「そのままでいいの」彼女は落ち着いて言った。
「結果が怖いのだろう?」思いがけず、彼は硬く答えた。
イスタルは彼女を鋭く見つめた。
「怖いと感じたくても…馬鹿げた行動はしない」
「あなた、ただの臆病者ね」彼女は静かに言った。「口だけじゃなく、せめて一度…行動してみて」
彼女は手を差し伸べ、そっと彼の手首に触れた。指先は温かかった。
「ここにいるわ、イスタル」
彼はその手を毒でも見るかのように見つめた。
「…たしかに、君の言う通りかもしれない」彼は冷たく言って手を引いた。「僕は、待つに値する人間じゃない」
「待たない」彼女は静かに答えた。「私が選ぶの」
イスタルは背を向けた。
「なら、君は痛みを選ぶ」
振り返ることなく歩き去った。アリフィアは一人残された。
太陽はまだ輝き、街は日常を営んでいた。だが心の中は空っぽだった。
彼女は、イスタルが消えた宮殿の暗い回廊を見つめ、初めて理解した――時に最も冷たい人間は、ただ自分を温めることを許さないのだと。
どんなに運命を書き換えようとしても、一歩踏み出すごとに新たな過ちが生まれる。そして、それらは容赦なく私たちを奈落へと引きずり込む。
イスタルの謎めいた魅力は、拒むよりも引きつける力の方が強かった。
冷たい瞳は果てしない世界を覗き込み、落ち着いた声は叫びよりも危険だった。
イスタルは宮殿のアンフィラーダを進み、応接室へと向かう。
自分でも何が彼の進路を変えさせたのか分からなかった――気まぐれか、予感か。
その道を遮ったのは、アヴェロン――年長の兄だった。
血で繋がった関係だけではなく、互いに覆い隠した憎悪も共有していた。
「もし応接室に向かうつもりなら」アヴェロンは冷たく言い、道を塞いだ。「君に居場所はない」
イスタルはゆっくり立ち止まった。
微かに、しかし確かな笑みを浮かべて。
「おや、兄さん…」静かに言った。「本気で僕にそんなことを言えると思ってるのか?痛い思いをさせたくないぞ」
「目の前にいるのは、アルデクレイン家の未来の家長だ」アヴェロンは緊張した声で返す。
イスタルは一歩踏み出した。
「もし君がこれ以上僕を苛立たせるなら」声のトーンは一度も上がらないまま、
「未来の家長が横たわることになる。愚かさをさらすな」
「あなたはやりすぎだ!」アヴェロンは激昂した。「公式には王位候補ですらない。父は君に甘すぎる。兄として、僕は――」
イスタルはあまりに突然隣に現れ、アヴェロンは身を震わせた。
彼は身をかがめ、耳元で囁いた――
「愛しき兄よ…」
「君が今ここで息をしているのは、血のつながりがあるからだけだ。
そのおかげで、君の心臓はまだ鼓動している」
彼は軽くアヴェロンの肩を叩いた――ほとんど友好的に――そして先へ進んだ。
アヴェロンは微動だにしなかった。
その瞬間、イスタルはヘイクを解放した。
冷たい大洋の深淵。
胸を締め付ける圧力。
まるで存在そのものが、ゆっくりと、しかし確実に君を潰そうとしているかのような感覚。
空気は重く、思考は空っぽになった。
アヴェロンは一言も発せず、体も思うように動かなかった。
力の差は明白だった。




