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その初恋は何を殺すのか  作者: 田中菜優


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第6話『恩人』

 「未来視」の影響で、観測する時間軸がだんだん周囲とズレていたフィリシアレは、幼い頃から王族の中でも非常に浮く存在であった。

 

 同じ能力を持つ理解者だった祖母、ペルリタ・ディ・プロディージョが亡くなってからは、未来の話をしてしまわないよう気をつけるうちに、家族との会話も減っていった。

 次第に人との付き合い方がわからなくなってしまったフィリシアレは、塞ぎ込んだまま時を過ごすようになる。

 

 「未来視」が発動した場合、フィリシアレ自身は覚醒のタイミングをコントロールできない。そうなると、規則正しく時程が進む学校にも通うことができず、結果として同年代との交流が少なくなり、親しい友人はできなかった。

 「未来視」の中の自分も、今の自分と同じようにいつも一人。

 この先の人生もずっと、一人。

 

 ――そう思っていた。

 

 ある日、「未来視」の自分に突如、婚約者ができた。


 相手の名は、ルッツェリヒ・フォン・ディゾーネ。

 

 「未来視」の中の自分も、現実の自分と同じくあまりにも臆病で、全てのことに怯えていた。

 きっとこの人もすぐに離れていってしまう。結局一人ぼっちになるなら、これ以上期待して、傷つきたくはない、と。


 しかし……今度は違った。


 ルッツェリヒは毎日、性懲りもなく部屋へやってくる。「入ってもいいでしょうか。」という問いにフィリシアレが答えないからなのか、中には入ってこない。

 扉の前で、今日会ったことや、街・庭園の様子などをしばらく話して去っていくのだ。いつになったら飽きて来なくなるだろうか、と来た回数を数え始めたのだが……。いつの間にか数えるのも忘れて「今日は何の話をしてくれるのだろう」とルッツェリヒの来訪を当たり前に思うようになっていた。

 

 「未来視」は1人視点である。視ている間は、それが「未来視」であることを自覚できない。まさにその時に存在しているような感覚なのだ。しかしいったん目覚めると、それが未来のことであったと本能的に分かり、起きた出来事を客観視できるようになる。


 ルッツェリヒの視点で考えると、突如、王女と婚約させられ、肝心の王女は自室に引き篭り続けている状況。毎日、根気強く話しかけるも、まともな返事は返ってこない。

 明らかにフィリシアレの身勝手である。

 こうなると、フィリシアレは未来の自分に無性に腹が立ってきた。

 

 ルッツェリヒの話には様々な人が出てくる。他者との関わりをとても楽しそうに話すルッツェリヒに影響されて、フィリシアレも外の世界や人と関わることに興味が出てきた。すると、現実のフィリシアレも人と関わるようになり、性格はみるみる明るくなっていった。それに、寂しくてたまらない日も、なんだか憂鬱な日も、眠りの先にある世界に行けば、優しく語りかけてくれるルッツェリヒがいる。そのこと自体も、フィリシアレを強くしてくれた。


 それが現在のフィリシアレを形成している。

 つまり、ルッツェリヒ・フォン・ディゾーネは、未来のフィリシアレだけでなく、現在のフィリシアレにとっても人生の恩人なのだ。

 


 「フィリシアレ様、おはようございます。」

 カーテンから白い光が差し込む。ジータがカーテンを開けたようだ。

 「おはよう、ジータ。」

 公爵邸に移って3日目の朝。昨晩も「未来視」はなかった。

 

 「公爵様から朝食のお誘いが来ております。」

 「分かったわ。」

 今日は、ルッツェリヒが一日中屋敷にいる。公爵邸に移った当日は夕方で、主要な部屋を案内されて寝るだけであったし、2日目はルッツェリヒが早朝から王宮へ出かけたために、夜しか顔を合わせることができなかった。

 

 「ジータ。そういえば、昨日はどうだった?夜聞けなかったから気になっていたの。」

 朝の支度をしながらジータに昨日のことを尋ねた。

 昨日は屋敷の仕事を学ぶため、フィリシアレとは別行動をとっていたのだ。


 「メイド長のイルーゼさんが丁寧に案内してくださいました。私は基本フィリシアレ様の身の回りのお手伝いをさせていただくので、屋敷全体の業務にはあまり参加しないことになったのですが、仕事内容自体は把握いたしました。」

 「さすがね。」

 「今はフィリシアレ様の専属侍女は私だけですが、公爵夫人になられる以上、追加で新たに侍女を置く必要があるようです。おそらくそのお話も公爵様からなされるかと思われます。」

 「分かったわ。」

 未来(いぜん)は、フィリシアレが受け入れなかったため、侍女が増えることはなく、専属侍女はずっとジータだけであった。

 ――どんな人がなるかしら。

 

 「それと……。」

 「どうしたの?」

 「王宮でもここでも、どなたかフィリシアレ様を見ているようです。敵意は感じないので公爵様側の人間だとは思いますが。」

 「……そう。ルッツェリヒ様がつけたのなら構わないわ。」

 「公爵様にお尋ねしないのですか?」

 「私が知っておかなければならないことなら彼はきっと話す。話さないのなら、私が知る必要はないということよ。ルッツェリヒに害をなすものには容赦しないけど、そうじゃないならそのままでいい。それに……、未来視の中で得た情報から心当たりがあるしね。」

 ルッツェリヒは、フィリシアレに護衛の意味で人をつけたことがある。今回もそのような意図だろう。

 「関係性ができていない状態で、護衛をつけると言って、嫌がられる可能性を考慮したんだと思う。嫌がられたとしても、王国側としては護衛をつけたいだろうから、嘘をつくよりも、一旦影から守って後々話そうということじゃないかしら。」

 「そういうことですか。」

 「ルッツェリヒ様からの信頼も得なきゃダメね……。」

 フィリシアレは、先日のパーティーでのことを思い起こす。

 「……私、ルッツェリヒ様から頼りないと思われたかな。」

 

 レイフェル王子に一人で対応できなかったこと。それがずっと引っかかっていた。

 「……テラスに来てくださったときは嬉しかったけど。助けられていてはダメなのに……。」

 ぶつぶつ反省しながら朝の支度を済ませたフィリシアレは、ルッツェリヒの待つ大広間へと向かった。


 「おはようございます、フィリシアレ()。」

 「おはようございます、ルッツェリヒ様。」

 

 ルッツェリヒの顔色を確認する。今日も体調は良さそうだ。

 昨日、フィリシアレはアマリエに相談し、ルッツェリヒに毎日薬草茶を煎じて出してもらうことにした。

 今後はもっとしっかり健康状態を確認できるよう、フィリシアレも準備を進めている。

 

 「公爵邸の居心地はいかがでしょう。何かあればおっしゃってください。」

 「皆さんとても温かく迎えてくださり、過ごしやすいです。ありがとうございます。」

 「それなら良かったです。今後も気になることは遠慮なく言ってくださいね。」

 「ありがとうございます!」

 軽く会話をしていると料理が運ばれてきた。

 「食べましょうか。」

 「はい。」

 

 公爵邸の料理は本当にレベルが高い。昨日、副料理長のカールに少し食生活について話しただけだというのに、もうフィリシアレ好みの味に調整されている。

 「本当に美味しいです……。昨日、カールとは話しましたが、料理長のお弟子さんらしいですね。」

 「そうですね。料理長のドフテンは、自分がいなくても大丈夫だろうかと、心配していたようですが、カールの腕前も素晴らしいんです。」

 ルッツェリヒの言葉に反応して、カールの口角が上がったように見えた。

 

 料理長のドフテン・ベッカーは婚約式後のパーティーを取り仕切っていた。連日働いていたため、しばらくの休暇を与えたらしい。

 ――イェルクの話だと、料理長も元はルッツェリヒ様のお母様に仕えていたのよね……。

 元々ルッツェリヒの母、レイネに仕えていた使用人は皆、現在主要な職務の長を占めている。


 食事が終わるとルッツェリヒから提案があった。

 「今日、何か決まった予定がなければ、先日のパーティの時にお話した街歩きをしようかと思っているんです。どうでしょう。」

 「嬉しいです。ぜひ行きましょう。」

 「では午後、準備ができたら、玄関にお越しください。お待ちしております。」


 自室に戻ったフィリシアレは、ワンピースの中でも最も形が気に入っている服を選んだ。

 街歩きなので、動きやすく、過度に目立たない服が相応しいが、好きな人の隣を歩くのだから少しでも可愛くありたい。

 ジータのヘアメイクにも気合が入った。

 

 「お待たせしました。」

 玄関で待っていたルッツェリヒは、白いシャツと硬めの青いズボンにコートを羽織っていた。

 決して派手な服装ではないが、気品が滲み出ている。

 

 「とても素敵です。ルッツェリヒ様。」

 「私が先に言いたかったですね。フィリシアレ()もとても素敵です。」


 ルッツェリヒは、自身の左手の袖口を触っていた。

 「本当はいただいたカフリンクスを付けたかったのですが、今日は街に人が多いので目立たない方がいいとエディスに言われてしまいまして……。」

 元々、街に出る機会が多いルッツェリヒのことを街の人間はよく知っているので、完全なお忍びではないものの、警戒は必要だ。

 

 「気にしてくださったのですか。大丈夫ですよ。付けようとしてくださるそのお気持ちが嬉しいです。」

 気にして袖口をまた触るルッツェリヒに、かわいいな、とフィリシアレはにやけてしまった。

 

 「ルッツェリヒ様、ところでそちらは……。」

 ルッツェリヒの後ろには、女性の騎士が立っていた。

 「ご紹介しますね。こちら、ミーナ・ベッヒレ卿です。」

 「公爵様の部下、ミーナ・ベッヒレと申します。」

 「実は、ミーナにはフィリシアレ()の護衛をずっと頼んでいました。護衛の意味とはいえ、あなたに断らず人を付けたこと、お詫び申し上げます。」

 ルッツェリヒが頭を下げ、それに合わせてミーナも頭を下げる。

 「そんな。謝る必要なんてありません。護衛を付けていただけて、心強いです。ありがとうございます。」

 ミーナはフィリシアレの言葉に少し驚いたような反応を見せた。

 

 「王女殿下。本日は他にも数名、離れた位置から護衛いたします。また、今後も王女殿下を護衛する御許可をいただけませんか。」

 「よろしくお願いしますわ。ベッヒレ卿。」

 「恐れ入ります。」

 

 「ミーナには、いずれフィリシアレ()の専属になってもらおうかと考えています。」

 「それは、護衛でということですか?」

 「ミーナは伯爵家の生まれですので、身の回りのお手伝いも可能です。ご許可いただければ、いずれはミーナを2人目の専属侍女としておそばに置いていただけないかと。」

 ――護衛を侍女として置くのね。

 場所によっては、護衛が近くに控えることが難しい。だがそれが侍女であれば、常に側にいても不思議はない。

 

 ミーナ・ベッヒレ。()()では、フィリシアレというより、ルッツェリヒのそばにいたイメージである。

 フィリシアレとは、あまり接点がなかった。

 

 「ベッヒレ卿がよろしければ、私はもちろん構いませんよ。」

 フィリシアレも、ルッツェリヒの味方がすぐそばにいるのは心強いと思った。

 

 ミーナはフィリシアレの言葉を聞いて、深々と頭を下げ、ルッツェリヒは、その様子を見て安心したようだった。

 

 「フィリシアレ()。相性もあるかと思いますので、だんだんミーナと過ごす時間を増やしていただき、段階的に進めようと思います。」

 「はい。」

 ――ルッツェリヒは、いつだって私に選択の時間をくれる。

 

 未来(かつて)はいなかった2人目の専属侍女。これがどう影響するのか……。

 フィリシアレは「未来視」とは違う展開に、少しずつ考えを巡らせていた。

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