第4話『思惑は揺れる』
婚約式は滞りなく進み、パーティーはまもなく始まる。
ルッツェリヒは段取りの最終確認のため、一時退席。部屋には、フィリシアレとジータ、ルッツェリヒの側近エディスが残る。
エディスは、ソファに座るフィリシアレの正面に腰掛け、ジータがフィリシアレの前髪を整えるのをじっと見ていた。
エディスの髪は暗めの茶髪なのだが、目の前にシルバーブロンドのジータがいると、一層、その色は深く見える。
「エディス、と呼んでもいいでしょうか。」
「もちろんです、王女様。それに、私に敬語は不要ですよ。」
エディス・ケルン。ルッツェリヒの最側近であり、護衛でもある。元々は王室騎士団の所属。その腕を見込んだルッツェリヒのスカウトを受け、騎士団を辞めている。
有力侯爵家の三男で、幼少期からルッツェリヒの友人でもある彼は、いずれはルッツェリヒに仕えたいと考え、色々と修練に勉学にと励んでいた。それゆえ、引き抜きに二つ返事で応じたらしい。
非常に優秀な騎士であり、優秀な秘書官でもあるというとんでもない人材だ。身内だけの場所では、ルッツェリヒにかなり砕けた話し方をしているようだが、まだ私を身内と捉えていないのか、未だ丁寧な口調で話しているところしか見ていない。
「私のこともフィリシアレと呼んでね。」
「承知いたしました、フィリシアレ様。実は……想像していたイメージとはかなり違って、驚いています。」
「あら、どんなイメージだったの。」
「もっと落ち込まれているかと……。」
前の「未来」でなら、正解だ。
「ルッツェリヒ様は素敵な方だと聞いていたから、落ち込む理由なんてなかったわよ?」
「それはそれは……。」
エディスの信頼を勝ち取れていないらしく、時折探りを入れてくるような感じがする。
エディスはルッツェリヒの重要な味方の一人である。未来、ルッツェリヒが襲撃された時、エディスは王宮からの呼び出しでその側を離れていた。そのことを悔やみ続ける姿を、フィリシアレは知っている。
「少しずつ、信頼を勝ち取っていくわ。しっかり見張っていてね。」
フィリシアレの堂々とした言葉に、エディスは、参ったな……と苦笑いをした。
もうしばらくして、ルッツェリヒが段取り確認を終え、フィリシアレを迎えにきた。
「お待たせしました。フィリシアレ姫。行きましょう。」
準備が整い、ついに会場へ足を踏み入れる。中はディゾーネの社交界。ここでうまくやらなければ、ルッツェリヒの盾とはなれない。
ルッツェリヒの腕に通した腕が緊張で強張る。
「フィリシアレ姫。大丈夫ですよ。本日はパーティーを楽しんでください。」
――真っ直ぐなその言葉にどれほど救われているか。
「ありがとうございます。」
フィリシアレに笑みが戻る。
「ルッツェリヒ・フォン・ディゾーネ王子殿下。フィリシアレ・ディ・プロディージョ王女殿下のご入場です。」
扉が開き、拍手に包まれる。
同時に貴族たちによる品定めが始まった。
「プロディージョの姫。どのような方かと思えば可愛らしいお方だな。」
「王子殿下のカフリンクス、王女の瞳と同じ色じゃないか?」
「王女様のドレスも王子殿下の色じゃない?もうそんなに仲がよろしいの?」
「プロディージョって、かなり閉鎖的な国だったわよね。」
「ついにルッツェリヒ王子殿下にも婚約者ができて良かったな。」
「良かったかどうかは、王女次第だろう。」
2人が会場を進むたび、貴族の囁き合いが社交界を揺らす。
――この場には、ルッツェリヒの味方もいれば、敵もいる。しっかりしなければ……。
ルッツェリヒとフィリシアレが会場前方の階段を登りきると、静寂が訪れる。
乾杯の挨拶は、ルッツェリヒの仕事。
「此度、私ルッツェリヒ・フォン・ディゾーネは、プロディージョ国のフィリシアレ王女と婚約した。皆からの祝福に感謝している。今宵はパーティーを存分に楽しんでくれ。ディゾーネ王国とプロディージョ国の新たな縁に、乾杯。」
フィリシアレとルッツェリヒの元に、次から次へと貴族が挨拶にやってくる。
ほとんどの貴族はフィリシアレの反応を気にしている様子だ。
ある程度、挨拶の波が去ると、ダンスの時間になった。最初に踊るのはもちろん、主役であるフィリシアレ達。
「フィリシアレ王女殿下。私にあなたと最初のダンスを踊る栄光をくださいますか。」
「もちろんです。」
優しく差し出された手を取り、中央へ向かう。
「まだこの国のダンスはご存知ないと思いますが、私がリードするのでご心配なさらないでください。」
小声でルッツェリヒが言う。
「ありがとうございます。」
御礼を述べたものの、フィリシアレは未来の社交界で全く踊れなかった経験から、あらかじめディゾーネ王国のダンスを本で読み、練習しまくっていた。
音楽が流れ始めると、フィリシアレは見事な動きを見せた。
――ルッツェリヒ様は踊りも完璧なのね。
さすが王子と言ったところ。ルッツェリヒのリードも完璧である。会場の視線は再び、2人に注がれる。ご令嬢たちのうっとりとした視線が熱い。
ファーストダンスを終えると、ルッツェリヒは貴族たちに囲まれてしまったので、フィリシアレはしばらく1人になった。
ルッツェリヒから離れると、貴族たちは話しかけてこない。
――逆鱗に触れたらいけないと思っているのか。他の家門の様子見をしているのか。
ディゾーネに存在している公爵家は5つ。ルッツェリヒの持つ公爵位。現王妃ティリカの出身家門メレンドリエ。シュネーベルグ。ヴァルトシュタイン。シュデラハイム。加えて、公爵家に気兼ねしないのはパトリア辺境伯。
だが、この面々は最初に挨拶に来たあと、特に近づいてくる気配がない。そうなると、格下の家門が、1人でいるフィリシアレに接触するのはリスクが高い。
もし不用意に話しかけて王女の機嫌を損ねたら、高位貴族の不興をかってしまうかもしれない。それは皆避けたいらしい。
ちょうどルッツェリヒに、休憩を取るようにも言われていたので、少し席を外すことにした。
会場を出て、王族関係者専用エリアへ向かう。
「……ティオボルド殿、お待ちください!」
――ティオボルド……。
声はどうやら専用スペースに向かう途中の廊下からしている。
角から覗くと、何人かの貴族が話をしていた。
――確か、ティオボルドって……。
レイフェル殿下の側近、ティオボルド・シュネーベルグ。シュネーベルグ公爵家の次男。
――彼がいるから、あんなところまで入れたのね。
一緒に話しているのは、ウィルフリード侯爵、ウェスリー伯爵、ビルモス伯爵。
この3人は、未来でルッツェリヒの葬式に参列している。
その際、レイフェルの即位について話し、エディスの反感を買っていたので顔と名前を覚えていた。
「一体、陛下はどういうおつもりなんだ。よりによって精霊王の娘をルッツェリヒ殿下の婚約者に据えるなど……。」
「まさか、ルッツェリヒ殿下を次の王に指名なさるのではなかろうな。」
「それでは困るぞ……。ティオボルド様。レイフェル殿下はなんとおっしゃっているのです?」
ティオボルドは、壁に寄りかかりながら黙って3人のやりとりを見ていたのだが……。
「まぁまぁ……。落ち着いてくださいよ。レイフェル殿下は落ち着いておられますよ。プロディージョとの同盟は国の重大事項。しかし殿下には既に婚約者がいた。だからまだ婚約者のいなかったルッツェリヒ殿下をプロディージョの姫と婚約させた。それだけでしょう。」
「それだけであったとしても、これを機にルッツェリヒ殿下の勢力が拡大したらどうするのです。」
ティオボルドのため息が漏れる。
「レイフェル殿下は、現在の国王陛下のご子息。それだけでルッツェリヒ殿下よりも優っているではないですか……。何を恐れているのです。くれぐれも余計なことはなさらないでくださいね。レイフェル殿下にもお考えがある。我々はそれを信じるべきでしょう?」
ティオボルドの圧に、3人は押し黙る。
「……レイフェル殿下の一番おそばにいるティオボルド様がそうおっしゃるのであれば、まぁ……。周りにもそう伝えましょう……。」
――レイフェル殿下派はかなり焦っているようね。それにしても精霊王の娘ってどう言う意味……。
「どうなさいました?」
振り向くと、そこにいたのは――レイフェル・フォン・ディゾーネ。
「レイフェル殿下……。」
――盗み聞きをしているのがばれた?
「少し休憩をしようと思いまして。」
――冷静を装うのよ、フィリシアレ。
「そうですか。」
表情が読めない。
「王女殿下。せっかくなので少しお話ししませんか。」
「ええ。」
レイフェルは、フィリシアレにテラスへ出るよう促す。
従う他ない。
テラスに人影はなく、2人きり。
「ルッツェリヒ様とはいかがですか。」
「すごく良くしてくださって、感激しています。」
「そうですか。」
何を企んでいるのかわからないので警戒が必要だ。襲撃の際、エディスがルッツェリヒのそばを離れたのは、レイフェルが王宮に呼び出したからだった。これが偶然だったとは思えない。
「精霊王の国、あなたの国はそう呼ばれていることをご存知でしたか。」
先ほどの話に同じようなフレーズが出てきていた。盗み聞いていたか、確かめようとしているのだろうか。
「いえ……。なんのことでしょうか。」
「私もその由来をよく知っているわけではないのです。ただ……。プロディージョ王家に代々伝わる能力がそれに関係しているのではないか、と私は思っています。王妃様からの問いをうまくかわしていましたが、私は非常に気になるのですよ。あなたにどんな素晴らしい能力があるのか。それがルッツェリヒ殿下に……何をもたらすのか。」
レイフェルが近づく。怯んではダメだとフィリシアレの体に力が入る。
「フィリシアレ王女。」
不意に声がした。フィリシアレをいつだって安心させてくれる声。
声の方を見ると、ルッツェリヒがテラスに入ってきていた。
「レイフェル殿下、あなたもこちらにおられましたか。」
「……はい。王女殿下が退屈なさっていたのでお話し相手を、と。殿下がいらっしゃったので私はこれにて。」
レイフェルはフィリシアレ、ルッツェリヒ双方に礼をして去っていった。
「退屈させてしまったようで、申し訳ないです。」
「いいえ。ルッツェリヒ様もご休憩ですか。」
「なかなかフィリシアレ姫が戻られなかったので、心配になりまして……。」
「ふふっ、逃げないですよ?」
「……そういう意味ではないのですが……。」
ルッツェリヒが来たと言うだけで先ほどまでの緊張が嘘のようだった。
考えてみれば、ルッツェリヒは能力について、これまで一度も尋ねてはいない。ここまで噂になっているということは、気にならないわけがないのに。
「ルッツェリヒ様は聞かないのですか?私の能力について……。」
「レイフェルに聞かれたのですか?」
「……。お見通しですね。」
「……すみません。」
「なぜルッツェリヒ様が謝るのですか。私は……大丈夫です。」
「能力についてですが……。気にならない、と言ったら嘘になってしまいますね。」
ルッツェリヒは、少し困ったような表情をしている。
「気になりはしますが、まだ出会ったばかりなのに、全てを語るのは難しいと思っています。だから話してくださるまで気長に待とうかと。」
『全てを語るのは難しい』これはきっとルッツェリヒの方もだと思った。フィリシアレには一年の間、共に過ごした記憶があるとはいえ、まともに話せるようになってから失うまでが短すぎて、ルッツェリヒについて知らないことも実は多い。
「先ほど、プロディージョが精霊王の国と呼ばれている。そう聞きました。」
「プロディージョでは呼ばれていないのですか。」
「初めて聞きました。」
「プロディージョ国は、精霊の祝福を受けている国である、と私たちは習います。しかし、なぜそう言われているのか実はよく分かっていないのです。慣例的にそう言われているだけで……。これまで他国との交流を最小限にしていた国ですから、多少誇張されて伝わっている可能性もあるとは思います。」
「……精霊。」
「私たちはお互いに知らないことが多い……。そうだ。公爵邸に移って、落ち着いたら街歩きをしませんか。まずはこの国を知っていただきたい。そして少しずつ、あなたの国やあなた自身のことも教えてください。」
「はい。」
彼は純粋にこの国が好きなのだろう。ルッツェリヒがいなくなった未来の世界では、きっと次の王はレイフェルになったはずだ。だが今回は、ルッツェリヒを王座に据えてみせる。これは恩返しの一環でもあるが、真に守り抜くために、ルッツェリヒを王位継承争いに勝利させる必要がある。葬式の際、その死を悼む領民は多かった。あれだけ領民から慕われている人が王となれば、ここはより素晴らしい国になる、とフィリシアレは確信していた。
「会場に戻れそうですか。あなたと話したいのに声をかけられなかったお方が多いようで……。」
「そうですね。戻りましょう。」
ルッツェリヒを王にするためには、功績を上げる必要がある。また、妻となる私も確固たる地位を築き上げなければならない。しっかりしなければ、とフィリシアレは気が引き締まる思いでいた。
――その日の夜。王宮・執務室。
「ルッツェリヒ殿下、報告にあがりました。」
ルッツェリヒとエディスは、会場に忍ばせていた部下、アインス、ミーナ、フォンゼルの3名から報告を受けていた。
「フィリシアレ王女殿下は、廊下でレイフェル殿下派の会話をお聞きになったようです。」
「その後、レイフェル殿下が王女殿下に能力について尋ねられており、精霊王の国に触れております。」
「途中でご退席された王妃殿下は、レイフェル殿下のご婚約者ニコレ様と、レイフェル殿下との婚姻について話されていたようです。」
「レイフェル殿下の地盤を固めるため、ニコレ嬢との結婚を急がせているのかもしれないな。」
報告についてエディスも意見を述べる。
ルッツェリヒは窓の外に浮かぶ月を眺めていた。
「レイフェルは私に任せてくれ。王女に近づいた理由は見当がついている。また、私とフィリシアレ姫の婚約期間中にレイフェルとニコレ嬢の婚姻が実現する可能性は低いだろう。が今後、ニコレ嬢とフィリシアレ姫が顔を合わせた際に、何か状況が動くかもしれない。フォンゼルは陛下につき、何かあれば報告。アインスはレイフェル派に流れている噂を全て拾ってきてくれ。ミーナは引き続きフィリシアレのそばに控えていて欲しい。」
「ルッツェリヒ様。王女殿下の専属侍女なのですが……。」
「ジータ殿か。」
「おそらく只者ではないかと。こちらの気配に敏感に反応しています。」
「そうか。ミーナのことは、近いうちフィリシアレに紹介するよう計らおう。それまではもう暫く陰から守ってほしい。」
「承知いたしました。」
3人は深く礼をしてそれぞれの持ち場へと戻った。
「エディス。王女に探りを入れたな。」
「そりゃあね。出会って3日であんなにハートが見えてちゃ、何か裏があるのかと思っちゃうじゃない。」
「ハート?王女は異国の地での寂しさを懸命に隠しているのだろう?」
エディスの目がまるくなる。
「……信じられないな。いつもの鋭い王子殿下はどこにいってしまわれたのか。」
「……?まあともかく、彼女をこの争いに巻き込みたくはない。」
「それは難しいでしょうね。」
「いずれは話さなければならないだろうし、無関係でいられないのは分かっている。だができるだけ長く、平穏に過ごしていただきたいと思うんだ……。」
ルッツェリヒは、月に照らされて黄金色に輝くカフリンクスを、優しく撫でた。




