第3話『瞳』
フィリシアレたちはひとまず、王宮に滞在することになった。
王宮に向かう馬車の中では、疲れと感動からか、フィリシアレはすっかり興奮しきっていた。贈られた花の感想を語り続け、ルッツェリヒが時折相槌を打つという状態が続く。
側近のエディスは若干引き気味でその様子を見ていたが、普段の寝起きの興奮状態を知っているジータは、今日も我が主人はお元気、と仏のような笑みを浮かべていた。
王宮に着くとルッツェリヒは、フィリシアレとジータをそれぞれが滞在する部屋に案内した。
「王女殿下、ジータ殿、お疲れでしょうから本日はゆっくりとお休みください。陛下への謁見はまた明日、ディゾーネの王族が集まる朝食会にて、と言われております。」
「承知いたしました。」
「ありがとうございます。では明朝、お迎えに上がります。」
丁寧に礼をして、ルッツェリヒは扉へと向かった。
「あの……」
「はい。」
思わず呼び止めてしまったものの、続く言葉がなかなか出てこない。
「……また明日。」
「はい。また明日。」
少し驚いた様子のルッツェリヒは微笑んで、部屋を後にした。
フィリシアレはすっかり浮かれていた。想像していた以上に素敵な再会。ぼんやりしているフィリシアレを横目に、ジータは身の回りをサッと整える。
もちろん王宮にも侍女はたくさんいた。しかし皆、専属侍女であるジータを尊重し、必要な手伝いのみをするという、なんとも配慮が行き届いた状態だった。
「ぞんざいに扱われる可能性も考えておりましたが、随分と丁寧で驚きました。」
「ルッツェリヒ様がご準備くださったんだもの。素晴らしいに決まっているわ。」
すっかりルッツェリヒの虜である。
「ああ早く公爵邸に行きたい……」
「明日の朝食会で国王陛下をはじめとする王族の皆様にご挨拶なさった後、公爵邸に移られるのですよね?」
「そうね。さっそく他の王族と対面だわ。」
フィリシアレの部屋をあとにしたルッツェリヒは国王の元へ向かった。
「姫はどうだ?」
「はい。非常に活発で聡明なお方のように感じました。」
「そうか。其方の進言で本日の謁見はなしとしたから、明日の朝食会で会うのが楽しみだな。」
「はい。」
「陛下、私もお会いするのが楽しみです。」
入ってきたのは王妃ティリカ・ディゾーネだった。
「ルッツェリヒ、姫を大切にするのですよ。」
「はい。王妃殿下。」
国王への謁見を済ませたルッツェリヒは王宮内の自室に戻った。
馬車から降りてきた王女の表情……。あれはどういう感情だったのだろう。
「あんなに感動してくれるとは思わなかったな……。」
花束を受け取って、満面の笑みを向けてきた王女の姿は、予想とかなり違っていた。馬車の中でも、随分と花に詳しいのだなと感心してしまっていた。
知らぬ土地へ嫁ぎにきた王女。落ち込んでいる様子はなく、むしろ嬉しそうにしているのはなぜなのだろうか。
「フィリシアレ王女……。どういう人なんだろう。」
翌朝、目を覚ましたフィリシアレは、朝食会への参加のため、持ってきたドレスに着替えていた。
「昨晩はいかがでしたか。」
「見なかったわ。」
「未来視」の中で、葬式を終えてから、未来を映す夢を見なくなっていた。
「このまま見られなくなる、ということもあり得るのかしら。」
覚えている限りで、未来が見られないという状況はこれまでに無かった。その先は私にとって重要でないから見られない、ということなのだろうか。
「メイクも完成しました。お美しいです。」
透き通る美しい桃色の髪は綺麗にまとまり、黄金色の瞳に合わせたアクセサリーは白い肌に映えている。
「王女殿下。お迎えに上がりました。ルッツェリヒです。」
扉を開けると、フィリシアレの瞳が揺れた。ルッツェリヒは、白に銀色の刺繍が入った騎士服が非常に似合っている。昨日の服も同じようなものだったのだろうが、ルッツェリヒの瞳に吸い込まれてよく見えていなかった。改めてしっかり見ると、その姿にときめきが止まらず、しばらく沈黙が続く。すると、
「王女様、とてもお美しいです。」
とルッツェリヒが少し赤くなった。
「殿下の方が!……素敵です。」
「ありがとうございます……」
そんなやりとりを見ながら、少しむず痒くなるエディスであった。
手を差し出してエスコートするルッツェリヒに連れられ、朝食会の場に向かう。
「ルッツェリヒ王子殿下、フィリシアレ王女殿下がお越しです。」
侍従が中の国王に告げ、広間に入る。
すでに他の王族は席についていた。
「お初にお目にかかります。国王陛下。プロディージョ国から参りました、第三王女、フィリシアレ・ディ・プロディージョでございます。」
フィリシアレは深く礼をした。
「ディゾーネ王国国王、ハルテルド・フォン・ディゾーネだ。王女、よくぞ参った。さあ、こちらへ来なさい。他の王族を紹介しよう。」
国王に促され、フィリシアレとルッツェリヒは、席についた。
朝食会に参加している王族はルッツェリヒを除いて3名。国王、王妃、そして王子。
「王妃のティリカ・ディゾーネよ。こちらは息子のレイフェル・フォン・ディゾーネ。」
「お会いできて光栄です。レイフェル・フォン・ディゾーネと申します。ぜひレイフェルとお呼びください。」
レイフェル・フォン・ディゾーネ……。現在、ルッツェリヒと同じく王位継承の可能性が高い王子。国王が次期王を指名していないため、王子には序列がついておらず、レイフェル、ルッツェリヒ双方が「第一王子」と名乗れない。また王子レイフェルは、いずれ起こるルッツェリヒの襲撃において、最も疑惑のある人物だ。
「王妃殿下。レイフェル殿下。私こそお会いできて光栄でございます。陛下、皆様、昨年は母国プロディージョの危機に際し、ディゾーネ王国から多大なご支援を賜りましたこと、改めて御礼申し上げます。」
「良い良い。我が国もプロディージョ国と良縁を結べて非常に良かったと思っている。これからはルッツェリヒと共にディゾーネ王国を支えてくれたまえ。」
「はい。陛下。」
「さぁみな、朝食をとろう」
朝食会は和やかな雰囲気で進んでいく。このまま何もなければいいのだけれど……。
「ところで……。プロディージョ王室の姫は何やら特別な力があると聞いたのだけれど、本当なのかしら。」
王妃が能力について触れてきた。予想はしていたが、ここまで早い段階で踏み込んでくるとは思わなかった。陛下の前では誤魔化せないと考えたのだろうか。
レイフェルも王妃の言葉に続ける。
「プロディージョの姫が他国に嫁ぐのは初めてのことと聞きます。そのせいなのか、王室に代々伝わる能力については噂程度でしたね。」
能力について隠し過ぎれば信頼を得られない。しかし正直に全てを話してしまえば、ルッツェリヒを守る際の障害になるかもしれない。ここは……。
「私自身もまだ分からないことの多い力ですので、私の未熟さゆえ、正確に言葉でご説明することが難しいと思われます。いずれ私の力がお役に立てる場面が訪れた際、実際にお見せいたします。」
これが今の最善。実際、分からないことが多いというのは事実である。嘘はついていない。力を隠したいという意図が伝わらないよう、自然な笑顔を作ってみせる。
レイフェルは、フィリシアレに微笑みかけた。
「その時が楽しみですね。王女。」
「未来」でも、非常に感情を読み取りづらい人物であったが、再びあい見えるとやはりそこ知れぬ不気味さがある。レイフェルの銀色の瞳に見つめられるとなんだか見透かされているような気分になる。
少し冷えた空気を変えようと思ったのか、ルッツェリヒが会話に入ってきた。
「陛下、王妃様、レイフェル様。私は、これからだんだんとお互いを理解していこうと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。」
「うむ。ところで、1年ほど婚約期間をおくということは、2人とも把握しておるな。」
婚姻までの準備はさまざまであることに加え、プロディージョの王女が初めて外国に嫁ぐ、ということで調整が必要なため、婚姻は1年後ということになっている。ルッツェリヒが亡くなったのは、結婚式のわずか2週間前のことであった。
「結婚式はまだまだ先だが、婚約式は予定通り明日行う。婚約式後のパーティーには、国内の貴族を招待する予定だ。滞りなく頼むぞ、ルッツェリヒ。」
「はい。陛下。」
婚約式。「未来」では、フィリシアレは不調でパーティーに参加しなかった。おそらくルッツェリヒが陛下を説得し、来賓の相手も一人でこなしていたのだろう。そんな苦労も当時の私には考えられていなかった。
……本当に愚かだったわ。
「陛下。ディゾーネの皆様にご挨拶の機会をくださり、ありがとうございます。」
――今回は、私が隣にいるわ。ルッツェリヒ。
神経を使う朝食会を終えたフィリシアレは、ルッツェリヒと婚約式の衣装選びをすることになった。
「事前にいただいていた採寸の情報とお好きな色を元に10着ほどオーダーメイドでご用意しました。」
ルッツェリヒが指し示した衣装棚には様々な型のドレスが並べられていた。そのドレスは全てルッツェリヒの私財で用意したものらしい。
――本当に真面目な人……。
「婚約式まで時間がなく、実際に王女様のご意見を伺いながら製作できず申し訳ありませんでした。後日、またドレスを贈らせていただきますので、今回はこちらからお選びいただけますか。」
「殿下。十分過ぎるほどです。ご配慮、ありがとうございます。ところで、私のことはフィリシアレとお呼びください。」
「わかりました。フィリシアレ姫。私のことも、ルッツェリヒと呼んでください。」
「はい。ルッツェリヒ様。」
再び、あなたの名を呼べる。そのことがたまらなく嬉しい。
「本当にどれも素敵なドレスですね。」
用意されたドレスはどれも青系のものであった。フィリシアレが色の好みを聞かれた時、ルッツェリヒの瞳の色を答えたためだ。
――ルッツェリヒは気づいているかしら……。
ルッツェリヒは現王の従兄弟という、その複雑な立ち位置からか人間関係に苦労したらしく、人からの好意に鈍いところがある。ドレスについても、青がお好きなんだな……、くらいにしか思っていない可能性が高い。ルッツェリヒにとっては昨日はじめて会ったばかりの人であるから、当たり前と言えば当たり前なのだが……。
「ルッツェリヒ様はどれがお好きですか?」
「私ですか。」
「ルッツェリヒ様のお隣に立つのですから、ぜひ好みを聞いておきたくて。」
「……。」
少し悩んだ様子のルッツェリヒは、衣装棚から1つドレスを取り出した。そこにはフィリシアレの好きな花がデザインされていた。
「……花がとてもお似合いだったので、このドレスはどうでしょうか。レースの部分に少し黄金色をあしらっているのも、美しいかと……。」
――私の瞳の色……。
「素敵です。それにしますね。」
「……はい。」
ルッツェリヒは嬉しそうにしていた。
「ルッツェリヒ様はどのようなお召し物なのですか。」
「私は、ドレスに合わせて青の刺繍が入った服を着ます。」
「私から贈り物をしても?」
「贈り物ですか?」
フィリシアレはジータから箱を受け取り、中身を出して、ルッツェリヒに差し出した。
「カフリンクスです。ぜひ身につけて欲しくて……。」
フィリシアレの瞳と同じ黄金色の宝石のカフリンクス。我ながらアピールしすぎだと思うが、道中浮かれて買ってしまったのだから仕方がない。
「……ありがとうございます。明日が楽しみですね。」
ルッツェリヒは受け取ったカフリンクスを、じっと眺めていた。




