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その初恋は何を殺すのか  作者: 田中菜優


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第2話『私だけの再会』

 あっという間にディゾーネ王国へ向かう旅路の準備は済み、プロディージョ国民への正式な発表も行われた。

 このようにして、婚約の取り決めが両国でなされてからわずか数日で、フィリシアレはプロディージョ国を出発することになった。


 王宮の入り口に馬車が停められ、第三王女宮の使用人たちをはじめとして、王である母、王配である父、第一・第二王女も見送りに来ていた。

 

 「フィー、しっかり務めを果たすのよ。」

 ミーナリエは、フィリシアレの手を取った。

 「ミーナリエ姉様、お任せください。」

 フィリシアレもミーナリエの手をそっと握りかえす。


 「ほら、トリシェル。あなたも」

 「フィー……幸せになってね。」

 「トリシェル姉様……」


 王と王配は、その様子を少し離れた場所から見ていた。

 「フィリシアレ、体に気をつけるんだぞ。」

 「はい、お父様。」

 「フィリシアレ、私はあなたに賭けることにしたのです。あなたに両国の平和がかかっていることを忘れないで。」

 「はい、お母様。両国の架け橋として努めてまいります。」

 王は静かに、それでも深く頷いた。


 プロディージョ国では、他国へ姫が嫁ぐことは非常に珍しく、王都の国民は第三王女の姿を一目見ようと街道に詰めかけ、その旅出を見守っていた。


 「国内では様々な声があがったようですね。」

 フィリシアレは、専属侍女のジータと馬車に乗っていた。

 「プロディージョはかなり閉鎖的な国だから……。王家の能力を外へ出すことに慎重な考えの国民が多いのは、お母様も予想されていたわ。」

 「あの……。」

 「どうしたの?」

 「これまでフィリシアレ様が話されていた未来の話に私の話はありませんでした。これまでは特に伺いませんでしたが、未来視の世界で、私はディゾーネ王国への同行を申し出なかったのですか?」

 「ふふっ……。ジータは申し出てくれたわよ。」

 「では……。フィリシアレ様がお辛い毎日を過ごされていた時、一体私は何をしていたのですか……。全くお役に立てていなかったということですよね。」

 「ジータ。そんなことはないのよ。私はこれまで、あえてジータの話は省いて話していたの。ルッツェリヒ様のことは我慢できなくてペラペラと喋っちゃったし、毎日、結構寝起きは騒がしくしてしまったけどね。私だって、きちんと考えていたのよ?」

 フィリシアレは、ツンっと少し鼻先を上げ、口先を丸めた。


 「お祖母様との約束で、本人には、その未来をあまり話してはいけないのよ。」

 「先代様との?フィリシアレ様と同じ能力をお持ちだったのですよね。」

 「そう。だから小さい頃、よく能力について教えてくださったの。」


 フィリシアレの祖母、ペルリタ・ディ・プロディージョは、先代の王であり、「未来視」の能力を持っていた。

 「お祖母様、お花が枯れてしまう夢を見たの。助けてあげられないの?」

 「フィリシアレ、それは悲しい夢を見ましたね。お花はどうして枯れてしまうのかしら。一緒に見に行ってみましょうか。」

 ペルリタはまだ幼い孫、フィリシアレの手を取って、庭園に向かった。そこでは庭師が花の手入れを行っていた。

 「先代様。王女様。おはようございます。」

 「おはよう。コルラード。お花の様子はどう?」

 「実は、プリムラの花に元気がなくてですね……。最近ずっと土が湿っているので、それが原因かもしれません。」

 「私、一生懸命お水あげてるのに……。」

 「フィリシアレ様?お水をあげていらっしゃるのですか?」

 「お水はたくさん飲まなきゃいけないのよって、トリシェル姉様がおっしゃっていたの」


 庭師のコルラードとペルリタは目を見合わせた。


 「フィリシアレ、この庭園はコルラードが、1番いい時にお水をあげているのですよ。お花はね、お水を飲み過ぎると苦しくなって枯れてしまうの。」

 「えっ……。」

 フィリシアレはスカートの裾をギュッと握りしめながら、プリムラの花を見つめる。

 「ごめんなさい……。私のせいだったのね……、ごめんなさい。コルラードも、ごめんなさい……。私が余計なことをしてしまったわ。」

 フィリシアレの瞳から涙が(こぼ)れた。


 コルラードは、微笑みながらフィリシアレに目線を合わせた。

 「フィリシアレ様、プリムラの花を大切に思ってくださってありがとうございます。そのお気持ちはこれからも大切にしてください。そうだ。これからはたまに、お花の水やりを一緒にやりましょうか。いつもだと王女様が大変なので、時折、水やりの際にお声がけするようにいたしますよ?」

 フィリシアレは顔を上げた。

 「いいの?フィー、邪魔じゃない?」

 「邪魔だなんて……。そんなこと誰が言うんですか?邪魔なんかじゃありません。大歓迎ですよ!」

 「良かったですね。フィリシアレ」

 「ありがとう。コルラード。お祖母様もありがとう。」


 「そんなことがあったのですね。」

 「お祖母様はその時、教えてくださったわ。未来視と言うのは、未来の可能性を見せてもらっているにすぎない、と。」

 「……。」

 「だから、ルッツェリヒ様の死も、決して決まっていることではないわ。未来は、現在(いま)の私たちが作るものよ。」

 「フィリシアレ様……」


 祖母のペルリタは、フィリシアレが7歳の時に亡くなった。「未来視」の能力を持つ王族はそう多くなく、資料もほとんど残されていないため分からないことが多い。


 「分からないことだらけだわ。お祖母様に聞きたいことがたくさんあるのに……。」

 「王子殿下は1年後に襲撃を受けて亡くなるのですよね?犯人は捕まったのですか?」

 「捕まらなかったわ……。ただ……王位継承争いが関係しているのは間違いないと思うの。」

 「王位継承……?確か、殿下は先代の国王陛下のご子息、王子であられるのですよね?」

 「そうよ。ディゾーネ王国では次の王は、血族内での指名制。だから現在、有力な王位継承候補は2人。現王の長男と、先王の長男であるルッツェリヒ様。」

 「なんだか、ややこしい状況ですね。」

 「そうなのよ。現在の王は、先代の王の子ではなく、先代の王弟の子なの。だから、ルッツェリヒ様とは従兄弟の関係になる。先代の国王陛下が亡くなった時、遅生まれだったルッツェリヒ様はまだ1歳にも満たなかった。摂政を立てると国が安定しないという意見が強くて、当時21歳だった王弟の長男がルッツェリヒ様の代わりに即位した。」

 「つまり、殿下が本来継ぐはずだった王位を従兄弟が継いだのですね。」

 「そういうこと。」


 実際、ルッツェリヒの立場はかなり危ういものだった。現王の息子は現在21歳で、ルッツェリヒは22歳。たったの1歳違いでわずかにルッツェリヒの方が年上である。現王の息子を次の王にしようとする勢力から見れば、ルッツェリヒほど邪魔な存在はいない。


 「ルッツェリヒ様が襲撃を受けてから亡くなるまで、私は彼のそばにつきっきりで、犯人探しをしていなかったし、亡くなった後の葬式以降のことは()()()で見られなかった。思い通りにはいかないものね。」


 フィリシアレとジータは、ディゾーネ王国について知っている情報を擦り合わせながら旅路を進んだ。母国プロディージョとディゾーネ王国は海を挟んでいるため海路も利用し、安全にゆっくりと進む。フィリシアレが母国を発ってから1ヶ月後、ついにフィリシアレ一行はディゾーネ王国の王都へとたどり着いた。


 「さすがですね、お嬢様。なぜそんなに元気なのですか?」

 「愚問ね、ジータ。何年この日を心待ちにしていたと思っているの?」


 1ヶ月もの間、決して楽ではない旅程であったにも関わらず、興奮した様子でカーテンの隙間から街の様子を覗くフィリシアレを見て、「我がご主人は本当にタフなお方だなぁ」と改めて感心するジータであった。


 「思い出すわ。未来で初めてディゾーネ王国に着いた時のこと。あの時は私がごねたせいで出発が遅れてね。そのせいで悪天候にも見舞われたから、王都に着いたのは予定よりずっと後で……。ルッツェリヒからしてみたら。私たちは突然やってきた感じだったわ。」

 

 「未来」では、馬車の扉が開くと、少し髪の乱れたルッツェリヒが立っていた。王宮での執務中、突如王女の王都入りを知らされ、急いで馬をとばしてきたのだ。

 その手には一輪の花が握られており、「お花がお好きだと伺ったので……。」と挨拶をしながら手渡してきたのだった。

 

 「あの時は突然だったのに、急いで花を用意してくれたみたいなの。一輪しかないことを謝っていたけれど、あんなに誠実な人。他にいないわ。」

 フィリシアレはうっとりとした笑みを浮かべた。

 「今回は順調でしたね、お嬢様。」

 「ええ。今回はディゾーネ側に伝えた旅程通りよ。王都入りの連絡も前日にしておいたし、今回は完璧だわ!」

 フィリシアレは「どうよ!」と自慢げに笑って見せた。

 

  馬車が止まった。待ち焦がれた瞬間がついに訪れる。

 「どうしよう。ジータ。私、すごく緊張してるわ……。ドキドキが止まらないの。」

 「(わたくし)が扉をお開けいたします。」


 ジータが扉を開く。その瞬間、花の香りがフィリシアレを包んだ。

 馬車を降りるとそこには、大輪の花で作られた花束を抱えるルッツェリヒが立っていた。

 ――ああ……、時間があったらこんなにも花を用意するつもりだったの?

 後ろに控える側近のエディスたちも花を抱えている。


 「お初にお目にかかります。ルッツェリヒ・フォン・ディゾーネと申します。お花がお好きだと伺ったので、花束をご用意させていただきました。ようこそ、ディゾーネ王国へ」


 ルッツェリヒが用意した花々はどれもフィリシアレの母国、プロディージョでも有名な花ばかりだった。初めて降り立つ異国の地で少しでも寂しくないようにとの配慮がじんと伝わってくる。

 

 ――ねぇ、ルッツェリヒ?私、あなたが愛しくてたまらないの……。どれほどあなたに会えるのを心待ちにしていたのか、あなたは知らないでしょう。今すぐにでもあなたに飛びつきたいのに、あなたの中に、まだ私はいない……。それがとても、とても寂しい……。


 フィリシアレは、姿勢を正し、上品なカーテシーを見せた。

 「素敵なお出迎えをありがとうございます。プロディージョ国第三王女、フィリシアレ・ディ・プロディージョでございます。只今より、ディゾーネ王国のため、精一杯努めてまいります。」

 そして……愛するあなたのために……。


 フィリシアレは、差し出されたルッツェリヒの手にそっと自身の手を重ねた。

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