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今日という日のために

作者: 竹内 昴

ふんわかと日々が過ぎようとしている。

今日という日は、なんと、穏やかに思えるのだろう。


孤独に悩んだ日々。

答えは簡単に出ないのに、勝手に「いつかは何とかなるはずだ」と思い込みながら、一人で憂鬱に沈んでいた。時間は、ぞんざいに扱っていいものじゃない。たった一度しかない命の重さを量るための道具みたいなものなのに、僕はそれを無駄に費やしてきたんじゃないか、と何度も思った。あれは、ほとんど悶絶に近い苦しみだった。


友人とも離れ、それぞれ別々の生活になった。

なのに、それを不思議に思うことさえやめていた。争いごとにならないように、自分を抑えこむことのほうを選んでしまったから。


「わからない……」


自分が歩んできた道を疑い始めてから、いったい何年経っただろう。

それが、今の僕という出来栄えだ。


恐怖は、もう自分の限界を越えていた。

鏡の中の自分の顔は、醜く歪んで見えた。

周りの人間の嫌な顔に対しても、まともな向き合い方ができず、ただ侮辱された、という反応しか返せなかった。


それでも、今日という日は、どこかに灯のような薄明かりで存在している。

「まだ消えていない証拠」みたいな気がしていた。




正直に言えば、僕は自分が人生を謳歌しているかなんて、まともに問えない。

意味を問うセンス自体が、どこか壊れているような感覚がある。常識とか、優越感とか、行儀のいいふるまいとか、そういう“人間のマナー”をまともに信じているふりをしながら、内心では恥を嘘で塗りつぶし、あれも違う、これも違うと、いら立ちを抱えたまま生きていた。


どこでもいいから逃げこめる場所で、自分の身を清めて、魂を取り換えたい――そんな都合のいい救済を夢みている自分を、もう一人の冷たい自分が見下ろしていた。酷なくらい冷静に。「おまえはただ操られてるだけだろ」と言うように。雑な信念しか持てない自分を、さらに上から見張る自分がいた。




今日という日が、残酷な日々の延長線のまま縛られていくほど、僕は自分のペースをつかめない。悪戦苦闘の計算だけが頭の中でぐるぐる回って、劣等感だけが肥大していく。根性なんてない。正直にいうと、誰かに慰めてほしい。人にもそれを期待して、自分にもそれを言い訳している。


失敗だって、本当は許容していいはずなんだ。

誰にでも失敗はある、っていう考えも、頭ではわかる。

だけど、僕のプライドはぐらぐら揺れている。根っこのところで、自意識だけが過度にふくらんで、煙たい態度になってしまう。そんな自分がいやで、消えてしまいたいと思う。幽霊や煙のような、輪郭のない存在になりたいと思う。


「なぜなんだろう?」


こんなに自信がないのに、なぜか他人に対しては尊大にふるまってしまう。

「自分は自分、人は人」なんて言いながら、内側ではだらしなく崩れていく。

「面倒くさい……」

気づけば、何もかもがそう聞こえる。


先入観だけで突っ走る、危ない思考のクセ。

マイナスの感情が先に噴き上がって、気分はどんどん暗くなる。ものすごくダークな世界に、ひとりで閉じこもる。




記憶の中にある、自分の言い訳。

あれはみんな、追憶に押しこめられた、子どもじみた口実だったんじゃないか。そう思うと、人はある程度、僕に愛想を尽かして当然だとも感じる。


強迫観念みたいに遅れてやってきた、“気づき”。

「ほんとうの自分」という言葉を信じようとするたびに、逆に、そこに自分なんていない気がしてくる。この世界は、はっきりした自分を持ってないと生きづらい場所なんだ、と痛感させられる。


自称・勘違い男。

告白する勇気すらなく、死にながら生きているみたいに、優柔不断で呼吸している。

「ちゃんと構えろよ」と自分に言い聞かせても、手ごたえがない。のれんに腕押し、というより、のれんに指先でそっと触れただけで、全部すり抜けていく感覚。


これが、今までの毎日だった。




それでも、今日という日は、ここにある。

灯のような薄明かりとして。


その明かりが何なのか、言葉にはまだできない。

胸を張って「希望だ」と言えるほど強くもない。

だって、僕はいまだに面倒くさくて、いまだに尊大で、いまだに弱いままだから。


だけど、その明かりは、たしかに見えている。

「消えてないよ」とだけ、教えてくれている。


この、今日という日のために、僕はまだ生きている。

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