けむり
3人(正確には使役2人と1柱)にめちゃくちゃ怒られた天護。
「どうしていいかわからんかったんや…」
蒼「でもお嬢さんは絶対、天護様に惚れていたと思いますけどね…でないとあんな声で話さない…」
天護「おまん、聞いてたんか!」
蒼「だって気になったんですもん!天護様のお嫁さんになってくれるかなって!」
天護「嫁なんか・・・」
橙「じゃあなんでそんなに落ち込んだ顔しているんですか…」
云壇「あの子ね、いつも愛嬌があるのに…今朝は今の天ちゃんと同じような顔してたよ。」
天護「おまん、あの子の名前知ってるんじゃないのか。教えてくれ。」
云壇「やーだーね!教えるわけないでしょ、気になるなら自分で聞きな。」
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一方つゆは駅で電車を待っていた。
少しの間、地元へ帰るつもりで小さいスーツケースに当面の服などを詰め朝のうちに移動を始める。
大阪までは6時間強、早く出ないと日が暮れる。
「朝起きたら隣にいなくて、“会いたくなったら鈴を鳴らせ”ってこれ…ONSのあとの社交辞令だよね、SATCで見たことある気がする。」そう心の中で思っていた。
残酷にも駅舎からは天護の神社の鳥居が見える、古びてはいるが荘厳なその鳥居。
「猪さん…」そう呟いた時、つゆも大変な事に気づく。
「…あーーーー!」つゆもここでやっと助けて貰ったのに名乗り忘れていた事、
そして名前を聞いてない事に気づく。
「何してんのわたし…ひどい女だ…淫乱と思われた?だからテレポートさせられた?」
後悔先に立たず、してしまった事は消せない。
ローカル線の緩慢な速度で自分を罰しながら、遠ざかる鳥居をみつめていた。
もう何度か行き来してるこのルート、慣れてはきたが大阪につく頃にはいつも疲弊している。
それでも大阪に帰ってきた理由、それはひとつ。
百戦錬磨の飲み友達に愚痴りたいからである。
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その街の近くのビシネスホテルにチェックインし、シャワーを浴び、夜出かける仕様に着替える。
「飲むしかない。もう飲むしかない。」日がすっかり落ちてからハイヒールを履いていつもの店に行く。
そして何百回も開けてきたそのドアを開けるなり…「ねぇ!!」と叫ぶ。
カウンターのなかにいたのはいつものバーテンでここの店主。
ヨンド君「うわ、びっくりした。つゆちゃん、引っ越したんじゃないの?」
つゆ「まだ改装はこれからだから。でも、やらかした。」
ヨンド君「田舎暮らし始めて世界最速でやらかしたんやない?なにしたん。不倫?」
つゆ「そんなんするわけないっしょ」
事情を説明するつゆ、相手は異型で多分神様であることは…もちろん伏せて。
その間に何人かの常連も集まってきて、みんなに笑われる。
リコ(常連客)「なにそれ?初めて会って名前も聞かずって…自己破壊的すぎない?お酒のんでた?」
つゆ「飲んでない!その時はもっとポジティブだった…なんていうか、ほんと惚れちゃったって感じ…きっとしない方が後悔するかなって…こんなのキュンするの…いつ以来かな…」
すっかり酒が回っている。
リコ「あれ?つゆちゃん彼氏いたよね?」
つゆ「出張行ってる間に浮気されて、別れたの…。」
リコ「その彼にはキュンしなかったの?」
つゆ「いま思ったらそう好きでもなかったみたい。別れても一滴も泣かなかったし。」
リコ「じゃ、最後に好きになった人は誰だね?」
つゆは思いを巡らす…グラスの氷を見つめながら「思い出せない…」と呟く。
ヨンド君「…次会う予定は?」
つゆ「会いたくなったら会いに来て的な一行の置き手紙があった…」
リコ「じゃあ、もう一回会ってみたら?で、その時の態度で見極めるってのはどう?」
つゆ「…でも“あれは社交辞令だったのに、ほんとに来たんか”って思われない?」
リコ「そんなの気にしなくていい、もう一回会ってみるべきよ。それで塩なら、もう会わない。」
つゆは納得したのか、してないのか…うーんと唸り
とりあえずその日は歩けるうちにホテルに帰る。
熱いシャワーを浴び、ベッドに潜る。
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一方、山深い神社のなかで猪神・天護がひとり、離れの縁側に座り夜空を眺めていた。
「儂はなんで…あいつは帰ってくるんか…」
それを母屋から覗いている蒼…。
橙は洗濯を畳んでいる。
蒼「なあ橙、大阪まで行ってみない?」
橙「云壇様が言ってたろ、彼女に決めさせろと。私もそれが最善と思う。」
蒼「でもこのままやと天護様、日課の儀式もなんも出来ないんじゃない?」
橙「大丈夫、我らが天護様を信じろ。」
蒼「…落ち込みすぎて変な毒虫いっぱい集めてるけど。」
橙「は?!!…天護様!」洗濯物を放り出し、離れまで走る。
忠実な使役の2人は神の負のオーラが集めた百足や毒蛾、毒蜘蛛を追い払い
やっとのことで両脇を抱え立ち上がらせ、布団に寝かせる。
橙「きっと帰って来られます、元気をだしてください。」
蒼「そうですよ!」
天護「儂はあいつの顔から笑顔を消してしもたんや、云壇が言ってたろ。人を護るために在る神失格やし…男としても失格や…」
橙「恋路というのは一本道ではないと聞きます。そういう時を乗り越えてこそ絆が…」
蒼「買い出しで行く大きな街でもよく喧嘩してるカップルもみますし!ね、橙!」
橙「そうですよ!だからこれから挽回しましょ。さあ明日も早いのですからおやすみください。」
天護はその大きな身体からは想像できないくらいしゅんとしていた。
天護「…おやすみ」
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大阪は今日も眩しいほどの秋晴れ。
つゆ「頭痛い…」二日酔いのつゆは頭痛薬を飲んで、とりあえずメールをチェックする。
二日酔いでも恋煩いでも、仕事はしないといけない。
いくつかの返信をし、昼過ぎまでホテルの部屋で仕事をした。
そして一息ついた時、昨日の友人のアドバイス「次会った時の態度で決めるべき」を思い出していた。
「次って…」
ホテルの開かない窓の部屋にいても息が詰まると外に出て気分転換を図る。
でも思考の迷路はいつも彼に戻って来る。
「猪さんって何食べるんだろ…甘い物すきかな…」
気付いたら一番お気に入りのケーキ屋さんに来ていた。
そこで日持ちするものをいつくか買う。
お気に入りのお店のなかでも一番のお気に入りは「和三盆と黒豆のロールケーキ」
これは冷蔵庫保存で寿命は3日。
他のものは焼き菓子のため1週間から10日は持つ。
「これ、渡すならあっち帰らないと…」そう、これは覚悟を決める口実でもある。
もし覚悟が決まらなくても自分で食べればいいと思っている。
スマホで電車を調べてみる…今すぐに出れば本日中に村に戻れるがその頃にはきっと辺りは暗くなっている。
「……この鈴鳴らすの…参道の入口でもいいのかな。夜の山って怖いから1人で登っていけないしな。」
頭の中に天護の姿が浮かぶ。
あの大きな身体、熊に体当たりする勇気、広い背中…夜を共にした時のぎこちなさと甘さ。
思わず少しにやけてしまう、それくらいしっかり恋に落ちている。
「うーん…やっぱり今から帰ろう。で、行くかどうかは帰りながら決めよう。」
ホテルに戻ると出発準備とチェックアウトを済ませ
「お菓子買いすぎ…重い…」自分に突っ込みながらリュックとスーツケースを持って
よいっしょと歩き出す。
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天護の日常は朝早くに神様として儀式を行い、午後は山の中の様子を見ている。
植物、動物、昆虫、鳥たち…そして山に入る者。または土の状態、天気…色んなものを見護る。
それが神様の仕事である。
橙「やっぱり元気はないな…」
蒼「そうだね…」
そんな時、なにか思いついたように2人に声をかける。
天護「お前達、今度はいつ買い出しにいく?」
天護は云壇のように人に化ける事が出来ないため、人里に出るのはこの人型使役の2人の仕事。
橙「村にですか?街にですか?」
天護「どっちでもいい。」
橙「まだ決めていませんが、何かご入用で?」
天護「いや…なにか…あのおなごがもし戻って来てくれた時に…」
蒼「天護様…!!前向きになられているのですね!さすがです。感動しちゃいます!」
3人で少しの間、考える。
「うーーーん…」
蒼「あ!!!」
天護「なんだ」
蒼「云壇様が“お嬢さんはコーヒーが好き”と言ってました。」
天護「それだ、それ買ってきてくれ。」
橙・蒼「御意!」2人は膝を付いてそして消える。
天護「コーヒーな、コーヒー…」
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つゆは肩に大きなリュックが肩に食い込みながら、スーツケースを引きずりながら
村がある県の主要駅まで戻ってきてた。
「長いのはここからなんだよいね…日が暮れる前に着きますように」といい、ローカル線に乗り換える。
こんな時間では村に近づくほどもう誰も乗ってない、電車もそもそも1両編成である。
家からの最寄り駅に着く、そこからは徒歩で帰る。
タクシーなんかはもちろんないし、人すら通っていない。
「瞑想しながら歩くのなら短いくらい。」そう言い聞かせて歩き出す。
駅を出てしばらく進み、国道沿いを歩いて居る時…後ろからクラクションを鳴らされた。
振り返ると、軽トラに乗っていたのはご近所の伊藤さんだった。
伊藤「おう、こんな時間に何しとる。そんな大荷物で。」
つゆ「こんばんは、今大阪から戻りまして…」
「わしは息子んとこ行ってたんや、乗ってけ」と言ってくれたので、お言葉に甘える事に。
伊藤「車ないんか?」
つゆ「そもそも免許持ってなくてですね…」
伊藤「それはあまりにも無策やの、ここでは車なしでは生きてけんぞ」
つゆ「たしかに…今日は助かりました。ありがとうございます。」
話してるうちにすぐつゆの家に到着、車は早い。
つゆ「あ、これどうぞ。お気に入りのお菓子屋さんで買ってきたんです。もしよかったら。」
伊藤「こないだもうたのもうまかったわ!これも甘いんか。」
つゆ「これは和三盆だから甘いけど、そんなに甘くないですかね。」
お気に入りの和三盆と黒豆のロールケーキは全部で5本買って、しっかり保冷剤も入れていた。
だからリュックが重かった。
伊藤さんは荷台に載せてたつゆのスーツケースを降ろし、
「ケーキありがとな、じゃおやすみ」と言って去っていった。
つゆ「優しいな、ほんと…」
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家に帰って、やっと荷物を置いて、ため息をつく。
「いや、ホントに遠いわ…」
しかし問題がまだひとつ、カバンから鈴を取り出して見つめる。
夜は9時を回っている、もちろん外はもう真っ暗。
「今行ったら迷惑かな…いや、来るかどうかも分からないし。こんな小さい鈴そもそも聞こえないかもだし。参道って入口でもいいのかな…暇だし…行くだけ行ってみる?…そうだ、そうしよう。じゃあ…鈴持って…ケーキも一つだけ。あと…これとあれと…」
今帰ってきたばかりだけど、気持ちが抑えきれないつゆは行くことにした。
玄関を出て家の周りをくるりと回って、裏手にある山。
この山を10分ほど登ったところに参道の入口がある。
そこで鈴を握りしめ「本当に聞こえるの…こんな小さい鈴の音なんて…」と、
半信半疑になりながらも鳴らそうとした時…
2人の男が後ろから近づいてきた。
「は…人?」こんな時間に人に会うとは、
しかも若い男2人に会うとなんて思ってなかったつゆは警戒心がマックスになった。
すぐスマホを取り出し、110番にいつでも掛けられるようにスタンバイ。
「こんばんは…」警戒心をなるべく消した声で挨拶をする。
「その鈴…」オレンジ色の髪の方がなにか言った。
「な、な、なんでしょう」つゆは近くに武器になるような物が無いか視線の端で探していて忙しい。
なんせ今持ってるのは鈴とケーキ、あと洗面道具の詰まったポーチくらいでどれも武器にはならない。
「もももももももももしかして…」青い髪の方がなにか言おうとしている。
そう…2人は天護の命令でコーヒー豆を買いに出てた、橙と蒼。
2人はつゆが鈴を握っている事に気づき、一歩近づく。
「その鈴…!も、もしかして…!?」
「な、なんでしょう…これはただのお土産で…金目の物ではないです。渡せないですよ!」
警戒心レベルが上がり、思わず鈴を鳴らした。
シャンシャンシャン!!




