『見えない読者の存在』
気になってることあってさ、なんでみんな『数字』『評価』『ランキング』って"可視化されたもの"を大事にしてるの?批判とかをしたい訳じゃなく、ただ私が純粋に思ってる疑問。その"可視化されたもの"よりも"可視化されてない存在"が、本当の意味……物語を生み出す源として大事じゃないのかな?って思うんだ。
私はよく活動報告で『影で応援してくださる読者の皆様の存在も伝わってる』って思いながら書いてるんだけど、それは本当に伝わってるし分かるからなんだ。
よく考えて欲しいんだけど、有名になって売れた作品のほとんどって『見えない読者の存在』が大半を占めてるじゃん?もちろん、可視化されて『見える読者の存在』も支えなのも本当のこと。だけど、"可視化されてない"見えない読者の存在は有名になっても影でずーっと変わらない限り応援してくれる存在なんだよね。
え?なんでそんなこと言えるか…って。それはね、私が昔から…今でも『見えない読者の存在』だったからだよ。だから、影で応援してくれる読者の存在が痛いほど気持ちがわかるんだ(笑)
それと、物語を生み出す人に問うけど。あなたが本当に書く意味の原点って『見て欲しい!』『好きだから書きたい!』『私・僕にも書けるんじゃない?』ってその純粋な感情から来てる人がほとんどじゃないかな?
──それが今では『数字』『評価』『ランキング』っていう"可視化されたデータ"って形に毒されて"本当の意味で"『可視化されてない読者』の存在が毒に蝕まれて消えてないかな?
もちろん、ランキングや評価に数字は大事な指標の1つだし今の小説界隈じゃ書籍化するために必要なことだって思うよ。
けどさ、私はその指標が全てではないと思うんだよね。なぜ?って思うよね(笑)それはね…、さっきも言ったけど、作家が初めて書こう!て思った純粋な感情で書いてる作品が読者には刺さるんだよね。
読者ってさ、純粋な…心から書いてある作品に惹かれるんだ。『偽りの作品』と『偽りじゃない作品』って無意識に感じ取るから。だからね、評価やランキングは1つの指標としてまずは初心…『可視化されてない読者の存在』『見てるだけの人』を思い出して、そして自分が純粋な"書きたい!"って思った動機を元に書いてみるのはどうかな?そしたら違った景色が見えるかもだよ。
少し、話が逸れたけど。私が言いたいのはね
これからもこの先もずーっと『見えない読者の存在』がどんなに『可視化された存在』で評価されても大事だと思ってるってこと!
私の考えでは今まで可視化されてなかった『見えない読者を大切にする』ってのを1番大事にしてる考えなんだ。もちろん!表で応援してくれるのもすっごく嬉しいよ?でも、今まで"可視化されてない人達"の存在が消えてたなら作者には届いてるってことをずーっと変わらず伝え続けるって決意したんだ。だから、私は読者のみんなをひとりの人として見てるってよく言うんだ(笑)
これから先……『見えない読者の存在』が大切だって言う文化になってたら嬉しいな。って私は本気思ってるよ!!




