第4話『選択と祈り、そして目覚め』
――雨の音が聴こえる。
遠く、優しく、心を撫でるような雨音。
木の扉を開けたその先で、理沙は小さく息を吸った。
まぶたの裏に光が差す。
冷たかった身体が、少しずつ温もりを取り戻していく。
何かが、胸の奥で確かに“鼓動”を打った。
それは、病院の一室だった。
消毒液の匂い、機械の電子音、そして――
あたたかな指が、理沙の手を握っていた。
「……っ……」
指が、わずかに動いた。
「……理沙……!」
その声は、夢で何度も聴いた声だった。
理沙がゆっくりとまぶたを開けると、そこに――透がいた。
白いシャツ。濡れていない制服。
生気の宿った瞳で、涙ぐみながら笑っていた。
「……うそ……」
理沙の唇がかすかに動く。声にならない声。
でも、透には届いていた。
「助けたよ。……君が、川に落ちたって聞いて、迷わず飛び込んだ」
「……でも……あなたは……もう……」
「そう。僕は一度、死んだよ。あの河川で……一年前に」
透は、理沙の手をぎゅっと握った。
「だけど、君が僕を“生きた存在”として強く想ってくれた。その想いが、魂の鎖を引き戻したんだ」
「魂の……鎖?」
「理沙が、生きたいって願ってくれた瞬間……
君の心が、僕の魂に触れた。あのとき、君が僕の手を引いたんだ。現実に、もう一度」
理沙の目から、涙があふれた。
「……そんな……私が?」
「うん。君が選ばなければ、僕はずっとあのまま“雨の日の図書室の幻”でしかなかった。
でも君が“生きる”って決めて、僕のことを想ってくれたから、僕の魂も“この世界”を選べたんだよ」
理沙は、透の指に自分の指を絡める。
あたたかい。
夢の中のような冷たさは、もうどこにもなかった。
「ねえ……あれは、全部……幻だったの?」
「さあ……でも」
透は、理沙の額にそっとキスを落としながら、囁いた。
「君が引き戻してくれたこの体温は、ちゃんとここにある」
「……うん」
理沙は、涙を拭って微笑んだ。
「“生きる”って、痛くて怖いけど……
あなたに触れられるなら、それが現実で、奇跡でもいい」
その日の夜、病室の窓を打つ雨は、やさしかった。
透明な雫が、静かに流れては光に滲んでいく。
その雨音の中で、ふたりは手をつないだまま、眠るように寄り添っていた。
手のひらの中にある体温は、確かに“今”を生きていた。
そして――
雨が上がった空に、ほんの少しだけ、星の光が滲んだ。