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第2話『真実と罪と、優しさの匂い』

 神埼透という名前を、検索してはいけない――

 そう思いながらも、理沙の指はスマホの画面をなぞっていた。


 「神埼透 水難事故 高校生」


 ……画面に浮かんだ検索結果。

 その中の一つ、地元のニュースサイトの見出しが、目に突き刺さる。


 《高校三年生、神埼透さん 河川敷で水死》


 去年の七月。ちょうど今ごろの時期だった。

 遊びに来ていた友人たちを庇って、濁流に流された――


 理沙の手が、震えた。


 ……信じたくなかった。

 でも、あの雨の日の静けさと、透の身体の“温度”を思い出すと、どこかで納得している自分もいた。


 「じゃあ……じゃあ、あの日の傘の下で……」


 思い出すのは、ほんの数十センチの距離。

 彼の息遣い、肩が触れたときの感触――確かに、そこに“温もり”はあったはずだった。


 


 その日の放課後も、雨だった。


 理沙は迷った末、図書室へ向かった。

 “また彼が現れるかもしれない”――怖くて、それでも会いたかった。


 そして、彼はそこにいた。


 窓辺で本を読んでいる姿は、昨日と同じ。いや、違った。今日は、どこか儚げだった。


 「……来てくれたんだね」


 声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げ、優しく微笑んだ。


 理沙は歩み寄り、透の正面に座った。何も言わず、本を開くふりをしたまま、しばらく彼を見つめていた。


 「透先輩……」


 「うん?」


 「……あなた、死んだんですか」


 言葉が空気を裂いた。


 透の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。

 そして、静かにうなずいた。


 「……そうだよ」


 「どうして……ここにいるんですか?」


 「わからない。ただ……気づいたら、この図書室にいたんだ。雨の日だけ、ね」


 「……幽霊、ってことですか」


 「……たぶん、そういうことになるのかな」


 理沙は唇を噛みしめた。

 涙が浮かぶのを、なんとか堪えた。


 「じゃあ……じゃあ、あの時、私と触れ合ったのも……嘘?」


 「嘘じゃない」


 透は、はっきりと答えた。


 「君のことは、見た瞬間から気になってた。声をかけるつもりなんてなかったけど……目が合った時、無性に話したくなったんだ。初めてだった、こんなふうに感じたの」


 「……それは、“生きてた時”じゃない」


 「……うん。でも、気持ちはほんとうだよ」


 彼の声は、静かだった。

 だけど、その静けさは、理沙の心をざわつかせた。


 「……幽霊と、恋なんて……」


 「……そうだね。叶わないことかもしれない」


 透は立ち上がり、窓の外の雨を見つめた。


 「……でも、君といると、雨の音がすごくあたたかく聴こえる」


 「……ずるいです、そういうの」


 理沙は席を立ち、彼の背中にそっと手を伸ばした。


 指先が触れた。確かに、そこに“存在”はあった。だけど――


 「……冷たい」


 それは、まるで水のようだった。

 温もりではなく、透きとおるような冷たさ。


 「理沙……ごめん。君の体まで、冷たくしてしまうかもしれない」


 「それでも、触れていたいって思うのは、ダメですか」


 「……ほんとうに、優しいね」


 そう言って、透は理沙の手をそっと包んだ。

 冷たい。でも、優しい。

 ふたりの手が重なり、静かな雨音だけが世界を満たしていた。


 「……もし、私と結ばれたら」


 理沙は小さく、震える声で言った。


 「あなたの魂は……このまま、消えてしまいますか?」


 「……きっと、そうなる」


 「……嫌です」


 理沙は、涙をこぼした。


 「そんなの……ずっと一緒にいたいのに。やっと見つけたのに……」


 透は、静かに微笑んだ。

 それは、どこか悟ったような、諦めのような、けれど心からの笑顔だった。


 「でも、僕は……君に出会えたから、もう十分だと思ってるよ」


 「そんなの……ずるい……」


 雨音の中、ふたりの距離がゆっくりと近づく。

 唇が重なる直前、理沙の心が叫んだ。


 ――お願い、時間よ止まって。

 ――この冷たさを、永遠に感じていたいから。


 そしてふたりは、静かに唇を重ねた。


 


 ……その瞬間。


 理沙の身体を、深い冷気が包みこんだ。


 心臓の鼓動が、遠くなっていく。

 手足が痺れ、息を吸っても、空気が薄い。


 「――っ!」


 意識が、ふわりと浮かび上がっていく。

 目の前の透が、少しずつ霞んでいく。


 「理沙……ダメだ、戻って……!」


 透の声が、遠くで響いた。


 そして、世界が、ゆっくりと闇に沈んでいった――。

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