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第七話 開戦

朝もやが町を薄く包んでいた。時刻はだいたい卯の刻。いよいよ開戦の日だ。


浮花町の屋根の上。露に濡れた瓦に身を伏せながら、与平と文吉はじっと西の通り入り口付近を見張っている。


「鬼原組の連中が来たら、七之助さんに知らせてくれよ」


与平が声を潜めて言った。肩をすくめ、まだ薄暗い町の気配をうかがうように目を細める。


「けど兄貴よ、薬屋は鬼原組の若い衆に“元気が出る薬”って言って、毒でも売っちまった方が、人数減らせて良かったんじゃねぇか?」


文吉が疑問をぶつける。


与平は口の端を吊り上げ、鼻で笑った。


「馬鹿言え。景気づけに元気薬だと思って飲んだ薬が毒で、その場でバタッと死なれたらどうする?

死人が出りゃ、あいつら作戦を変えて、今度は倍の人数で押しかけてくるぞ。町ごと焼き払う勢いでな」


文吉は目を見開いたが、すぐに納得したように頷いた。


「なるほど……倍の人数で烈火のごとく襲われたら、ひとたまりもねぇ。厄介だ」


「そういうこった。町に着いた頃に下剤が効いてくりゃ丁度いい。腹の痛みと冷や汗で頭も回らねぇし、戦どころじゃなくなる。そしたら町人が竹槍でブスリよ」


与平の口ぶりは軽いが、その裏にある読みは鋭かった。


「七之助さんは、やっぱり策士だな……」


文吉が感心してふっと笑った。


そのとき――与平の目が細くなった。


「いよいよ来やがったぞ、鬼原組の野郎どもが……。七之助さんに知らせてこい、文吉」


「あいよ!」


文吉は慣れた足取りで、ひょいひょいと家々の屋根を渡っていった。


朝もやの向こう、黒づくめの一団がじわりと町の端に姿を見せた。


文吉は屋根から素早く飛び降り、足音を忍ばせながら七之助のいる長屋へ駆けていく。


「七之助さん、鬼原組が来ました。西の通りの入り口付近です!」


七之助は鋭い目で文吉を見据えると、静かに立ち上がった。


「よし、町人を大通りに出して鬼原組を挑発し、落とし穴に誘い込め。焦って飛び込んでくるところを一網打尽だ」


その言葉が伝わるや否や、合図の太鼓が「ドン」と一つ、町に鳴り響いた。


戸が一斉に開き、竹槍を手にした町人たちが、まるで訓練された兵のように次々と大通りへと集まり始めた。男も女も、老人も若者も、一人残らず覚悟を宿した目で進み出る。


やがて、朝もやの向こうから黒装束の一団――鬼原組が姿を現した。町人たちを睨みつけながら、じりじりと間合いを詰めてくる。


その中の一人が、低く叫んだ。


「この町は鬼原組が支配する。……お前たちの返答はどうだ?」


町人の一人が一歩前に出て、真っ直ぐに叫んだ。


「私たちは、あんたらの言うことなんざ聞かない! びた一文、金は納めない。この町は、あたしたちが守る。死んでも守る!」


続けて別の町人が拳を突き上げる。


「ここは浮花町だ! てめぇらの好きにはさせねぇ!」


鬼原組の前列にいた大男が鼻で笑い、ゆっくりと刀の柄に手をかけた。


「甘く見りゃ、調子に乗りやがって……。いいだろう。全員、切り捨ててやる」


その言葉を合図に、町人たちは竹槍を構え直し、一斉に前へ突進した。


鬼原組も刀を抜き、怒声を上げて駆け出す。


だが――その瞬間、鬼原組が地面を踏みしめた足元の板がばきりと割れた。

連中は次々と落とし穴に転落し、悲鳴とともに、十二人が底に仕掛けられていた竹槍で串刺しとなった。


それを見て踏みとどまった者たちは落とし穴を避けて横をすり抜け、町人たちに向かって突っ込んでくる――


……が、そのとき異変が起きた。


「うっ……腹が……! ぐうぅ……!」


鬼原組の若い衆たちが次々と腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべ始めた。


「腹が……あの薬のせいか……!?」

一人が青ざめた顔で呟く。


ようやく気づいた。これは、仕組まれていたのだと。


「ちょうど下剤が効いてきやがったな……!」


七之助が叫ぶ。


「今が好機だ。全員で、弱ってる奴らを竹槍で突けぇ!」


「もうダメだ……漏れるぅぅぅ……!」


四十人の若い衆が一斉に足を止め、もんどり打つようにしゃがみ込む者、腰を抜かして地べたに転がる者、足を震わせながら後退する者……。もはや戦闘どころではなかった。


それを見た町人の一人が叫ぶ。


「今だ! 動けないうちに、全員、突けぇ!」


町人たちが雄叫びを上げて一斉に突進する。


逃げようにも、腹を押さえながらではまともに動けない。

鬼原組の若い衆たちは、次々と竹槍に倒れていった。


やがて、大通りには、悶絶する鬼原組の呻き声と、竹槍を突き立てる町人たちの怒号が、入り混じって響き渡った。


「東の大通りの入り口も、同じような状況です! そちらも同じように対処を!」


飛翔丸が、別の町人たちへ向けて指示を飛ばす。


敵は大通りだけでなく、北側の細い路地や南側の裏道からもじわじわと忍び寄ってきていた。

北の路地では、敵が刀を抜き放ち、風を切る音を響かせながら駆け抜けてきた。


飛翔丸は迫り来る敵の太刀を身をひねってかわすと、右肩から左腰へ袈裟斬りを見舞った。


刃が肉を裂く感触を確かめる間もなく、左足で地を蹴って逆袈裟を振るう。


さらに突進してきた敵には、真向から唐竹割り。血煙が舞う中、

即座に返す刃で横一文字に斬り払う。


最後の一人には、地を這うような切上げを浴びせ、鋭い一閃で沈めた。


一方、南側の裏道から、太い腕をした大男が現れた。肩まで届く髪を乱し、獣のような息を荒く吐きながら、手には人の頭ほどもある大斧を握っている。


七乃助が一歩踏み出した瞬間、大男は吠えるように大斧を振り下ろしてきた。咄嗟に受けた七乃助の刀が、ギィンと甲高い金属音を立ててしなった。


「ちっ……こいつは厄介だぜ」


七乃助は苦笑いを浮かべつつも、じりと体勢を整える。


大男は吼えるように再び大斧を頭上に振り上げると、雷のような勢いで振り下ろした。


七乃助は瞬時にかわすと大斧は地面に突き刺さった。大斧の背を足で踏みつけて動けなくすると、その隙に、刀が鋭く閃いた。


「一発は重いが動きが鈍すぎる」


七乃助が低く呟いた声とともに、刃は大男の首筋の動脈を正確に斬り裂いた。


ぶしゅっと血が噴き出し、大男はもんどりうって地面に崩れ落ちた。


「山で木でも切ってりゃ死なずに済んだんだぜ」

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