第六話 浮花町の決意
夕方になり、七之助と飛翔丸は、
月夜屋の酒場の座敷に腰を下ろしていた。
店の片隅、ほの暗い灯りの下に浮花町の地図を広げ、
鬼原組の襲撃に備えた策が静かに交わされている。
女将が音もなく徳利を置くと、七之助はそれを受け取り、無言でお猪口を満たした。
ひと口、酒をあおる。口の端にわずかな笑みが浮かぶ――この後の騒ぎを思ってのことだ。
「……これで、なんとか行けそうだな」
そう呟きながら、七之助は徳利を手に取り、飛翔丸のお猪口にも酒を注ぐ。
「……うまくいけば、ですね」
飛翔丸もお猪口を干し、静かに目を伏せた。
そこへ、戸口が開いて与平が入ってきた。
七之助がちらりと顔を向けて問いかける。
「どうだい、町の連中は……例のやつ、うまくいってるか?」
与平はにかっと笑って、力強くうなずいた。
「ええ、鬼原との立ち回りを見て、
あんたがただの酔っ払いじゃねぇって、ようやく皆が気づいたらしくて。
女子供まで手伝うって言って、今じゃ町全体が動いてますよ」
しばらくすると、また店の戸が開き、棺桶屋の宗兵衛と花火屋の甚八が入ってきた。
宗兵衛が先に口を開く。
「罠の仕込みは、だいたい目処が立ちましたぜ。
落とし穴は町の若い衆がせっせと掘ってくれてます。
下に竹槍を差し、板をかぶせて、砂利と砂で隠せば出来上がり。もう少しです。
しかしまぁ、こんなでかい墓穴を掘るのは、あっしも初めてですぜ」
「そうか、ありがとうよ」
七之助はうなずいて、酒を一口含んだ。
続いて、甚八が口を開いた。
「こっちも火薬の仕込みは順調です。
あとは本番で外さねぇよう祈るだけだ。
でもねぇ、花火の筒を横に構えて、四寸玉(約十二・一センチ)を人間に撃ち込むたぁ……
考えたこともありませんでしたよ」
「すまねえな」
そう言って、七之助は肩をすくめて笑った。
「おっと、あっしをお忘れで?」
いつの間にか店に入ってきていた薬屋が、にやりと割って入った。
「七之助さんの言った通り、下剤を鬼原組の若い衆に売りつけてまいりましたよ。
どうやって売るかニ、三案は考えていたんですがね……
向こうから“売ってくれ”って言ってきたんで、こっちとしては万々歳でした」
「ほう……向こうから、か。それであんたは、なんて言ったんだ?」
七之助が興味深げに目を細めると、薬屋はおどけた調子で答えた。
「この薬を飲めば疲れ知らず、元気もりもり。
まるで若返ったかのように感じられます――ってね。
実際は下剤で、下のほうからもりもりぴーぴー出ちゃいますけどね!」
七之助は、思わず酒を吹き出した。
「――さて、こっからが本題だ。
薬屋が鬼原組の若い衆から聞いた話によると、敵は総勢九十人近く。
七之助は改めて浮花町の地図を広げながら語る。
「手順はこうだ。まずは、西の大通りから東の大通りまでが肝心。
この西の大通りの入り口と東の入り口には、町の連中が落とし穴を掘ってる。
棺桶屋が張り切ってな。
底には竹槍が何本も突き出てる――踏み抜けば、串刺しもう這い上がれねぇ」
七之助は、地図の該当箇所に指を置きながら続けた。
「これで始末できるのは……二十人前後だろうな。
残った敵を、花火屋の筒鉄砲花火で打ち倒す。
こいつは五列に筒が固定されていて、
胸元に飛んでいくように大工屋が協力して作ってくれた仕組みだ。
何人死ぬかは想像もつかねぇが……ニ、三十人てとこか」
七之助は不精髭をさすりながら言った。
「薬屋の下剤が効いてくるのが、このころだ。
鬼原組の若い衆が腹を下して弱ってるところを、町の連中が竹槍で一突き。
「東から来る奴らは、お前に任せたぞ、飛翔丸。南の敵は俺がやる。
与平は屋根の上から様子を見てくれ。手薄なとこがあったら呼んでくれ。
そして、数が減ってきたら、奴が動く。
鬼原郷哲――あいつは最後に出てくるはずだ。
取り巻きを連れて、俺を狙ってくる。
そうなったら……空き地に誘導してくれ。あいつだけは、俺がケリをつける」
七之助は徳利を傾け、最後の一杯をお猪口に注ぎながら、にやりと笑った。
「ま、うまくいきゃ祝い酒だ。失敗したら――そのときゃ棺桶屋、頼んだぜ」
棺桶屋の宗兵衛は肩をすくめて苦笑いしながら、
「勘弁してくださいよ、あっしも棺桶の中かもしれませんぜ」
皆の間にクスッとした笑いが広がった。