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第四話 因縁の対面

夕方。いつものように、七乃助は浮花町の月夜屋で酒に浸り、

座敷でだらしなく横になっていた。


そこへ、町の住人・与平が息を切らせて飛び込んできた。


「七乃助さん、大変だ! 黒羽織の男が“この町で一番強ぇ奴は誰だ”って聞いてきたんだよ」


与平は、軽い冗談のつもりでこう答えたという。


「強ぇ奴なんていねぇが、昔は武士で、今は飲んだくれてるが、

 酒だけはめっぽう強ぇのがいる。“だらくや七乃助”ってんだ」


七乃助という名前を聞いたその男は、目の色を変え、鬼のような形相で与平に詰め寄った。


「七乃助。その男は、どこにいる」


勢いに呑まれた与平は、つい口を滑らせてしまった。


「つ、月夜屋にいるよ。毎晩そこで飲んでる」


黒羽織の男は、部下を二人引き連れて、今まさにここへ向かっている。


「俺は近道を通って先に知らせに来たんだ。あの男……ただもんじゃねぇぜ」


月夜屋で酒を飲んでいた棟方飛翔丸も、ただならぬ殺気を感じ取り、そっと刀に手を添えた。



数分が過ぎた頃、月夜屋の戸が音を立てて勢いよく開いた。

立っていたのは、黒羽織をまとった男。その背後には、無言で従う二人の部下。

男が一歩、店内へ足を踏み入れた瞬間、それまでのざわめきがぴたりと止み、空気が凍りつく。


黒羽織の男は、ゆっくりと座敷に目を向けた。

そこには、だらしなく横たわり、手酌で酒をあおっている七乃助の姿。


男は歩を進めながら、冷ややかな目を向け、にやりと口元を歪めた。

「ふっ……見事に堕落したもんだな、七乃助」


その声に、七乃助の手がぴたりと止まる。

盃を置き、体をひねって静かに男を見上げた。


姿は変わっても、面影は残っている。

そして――その声に、聞き覚えがあった。


「……こんなところで会うとはな。鬼原郷哲」

七乃助は、苦笑しながらそう答えた。


そのやり取りを、棟方飛翔丸は息を呑んで見ていた。

(……あの無防備な姿勢のままじゃ、師匠が確実に斬られる)


彼は静かに椅子から立ち上がり、気配を殺すようにして、

一歩、また一歩と二人へとにじり寄っていった。


その瞬間だった。

鬼原郷哲の左手が、鯉口を切る。


と同時に、七乃助が畳に置かれていた刀を手に取ると、

くるりと身を翻して(ひるがえ)座敷の奥へと転がる。横一線に鬼原郷哲の刃が七乃助をかすめた。


七乃助は片膝で床を踏み、(さや)を抜き放つと、刀を構えた。

鈍く行燈の灯を反射させながら、刀は鬼原郷哲に向けられた。


すべては一瞬の出来事であった。 


その左手、真横から棟方飛翔丸が鬼原郷哲に斬りかかろうと、

間合いを詰め、刀を抜こうとした――その瞬間。


「やめとけ、小僧。お前の腕では俺は斬れぬ」

鬼原郷哲が飛翔丸を横目でにらみつけながら、低く言い放つ。


続けて、鬼原の部下二人が刀を抜き、飛翔丸に正眼の構えを取った。


店内は騒然となり、客たちは戸口へと駆け出した。

逃げきれなかった者は壁際や柱の陰に身を隠し、ざわめきと足音が店内を満たす。


「いいか、俺はこの町を乗っ取る」

鬼原郷哲が、ざわつく酒屋の中に声を響かせた。


「これからお前たち町民は、鬼原組に上納金を払え。払えぬ者は――斬る。

奉行所に駆け込んでも無駄だ。たんまりと賄賂をくれてやった。やつらは見て見ぬふりを決め込んでいる」


その言葉は刃のように、客たちの心を切り裂いた。ざわめきはぴたりと止まり、誰一人声を上げられない。


その時、七乃助がゆっくりと立ち上がり、鋭い目を鬼原に向けた。


「ふん……堕落したのは、俺だけじゃなかったらしいな」

間を置いて、冷たく言い放つ。


「ともに剣の道で高めあった同志が、ヤクザに成り下がるとはな、鬼原郷哲。――幻滅したぜ」


鬼原は鼻で笑った。


「何とでも言え。力がすべてだ。欲しいものは、力で奪う」

そう言いながら、刀の切っ先をゆっくりと七乃助に向け直す。


「一週間だけ時間をやる。町中に知らせて、上納金を用意しろ。賭博場も作る。

むしろ、これからは鬼原組がこの町の治安を守ってやる。……安い上納金だと思うがな」


鬼原郷哲は刀を鞘に収めると、薄ら笑いを浮かべて言った。

「お楽しみは、これからだ――七乃助」


鬼原はそのまま背を向け、悠然と酒屋を後にする。

従う部下たちは、七乃助と飛翔丸に正眼の構えでじりじりと後退しながら、無言のまま店を出て行った。


「あの状態から鬼原郷哲の刀をかわすなんて凄いですよ師匠」と飛翔丸は七乃助に駆け寄った。


「師匠?お前を弟子にしたつもりはないんだがな」七乃助は苦笑いしながら刀を鞘に収めた。


「さて、これからが大変だぜ。この町を救えるかーー」

七乃助は真剣な表情で座敷に座りこむと腕組みをして考え込んだ。





月夜屋の外、夕闇が町を包み始める路地裏。

一歩先を歩く鬼原の背に、部下の一人がそっと声をかけた。


「鬼原親分……一週間も猶予を与えて、大丈夫なんですか?」


鬼原は歩みを止めず、険しい表情のまま応じた。

「飲んだくれてはいるが、七乃助の剣の腕は衰えてはいない。


仲間を呼び寄せ、十分な体制を作らないと――痛い目にあうぞ。

……こちらにも“猶予”が必要だ」


その言葉に、部下たちは息を呑み、黙り込んだ。

夕闇の中、鬼原の影が、じわりと不気味に伸びていった――。


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