表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第三話 剣士の因縁

三日後――寺で。


「今日はいい酒が手に入ったんで、持ってきたぜ。」


七乃助は座布団に腰を下ろし、目の前の和尚に酒瓶を突き出した。


「三日ぶりだのう、七乃助。」

和尚は微笑みながら湯呑を差し出す。


「え?坊主は酒飲んじゃいけないんじゃなかったっけ?」


七乃助はわざとらしく酒瓶を引いた。


「何を言うか。これは“般若湯”と言って、貴重な薬じゃ。さあ、はよう注げ。」


和尚は駄々っ子のように湯呑を差し出した。


「般若湯?貴重な薬?おぬしもワルよのう。」


七乃助はにやりと意地悪そうに笑って、湯呑に酒を注いだ。


和尚は笑いながら酒を口に含み、ぐいと飲み干した。


「うーむ、旨い。良い薬じゃ、体が温まる。」


「仏像の前でよくそんなことが言えるな……まあ、俺も般若湯、いただくか。」


七乃助も手酌で湯呑に酒を注ぎ、一息で飲み干した。


二人の談笑は、やがて一時間ほど続いた。


「和尚とバカ話してると、なんか少し気持ちが楽になるよ。」


七乃助がふと漏らした本音に、和尚は穏やかに笑った。


「それなら、もっとお前の話を聞かせてくれ。お前の過去をな。」


七乃助は少し苦笑いしながら、


「まあ、笑える話じゃないが……話そうか」


と、ぽつりと言った。


和尚は、目の前の男が何か重いものを抱えていることを感じていた。

救いを求めている。酒なしでは語れぬほどに――。


七乃助はゆっくりと語り始めた。


「俺は、秋月藩の中でも屈指の剣士だった。もう一人、強い剣士がいてな……

名を鬼原郷哲おにはらごうてつという。」


「郷哲と俺は、お互いに切磋琢磨しながら、剣の道を追い続けていた。

あるとき、“最強の剣士”を決める試合が行われることになった。」


「お殿様や藩士たちが見守る中で、木刀による試合が始まった。

勝者には、剣術指南役の座が与えられるという。」


「試合は互角だった。間合いを測り、駆け引きしながら技を交わし、

郷哲の目は、まるで獲物を狙う猛獣のように鋭かった。」


「剣さばきは洗練され、速さと力強さを兼ね備えていた。

木刀が交差するたび、乾いた音が響き、観衆の息が詰まった。」


「郷哲は突然距離を詰め、右から斬りかかってきた。

俺はそれを受け止め、間合いを取り直した。」


「体勢を低く構えて左から打ち返したが、郷哲はそれを読んでいた。

すぐさま身を引き、かわされた。」


「お互いが技を出し尽くす中で、郷哲は流れるような連続攻撃を仕掛けてきた。

まるで生き物のようにしなやかな剣だった。」


「俺はなんとか防ぎながら、わずかな隙を狙って切り返すことを考えていた。」


「……だが、運命のいたずらが起きた。」


「試合の最中、郷哲の草履の鼻緒が切れた。

その瞬間、彼は足を踏み外し、バランスを崩した。」


「俺はその隙を逃さず、一撃を放った。

木刀が郷哲の肩をかすめ、彼は顔を歪めた。」


「俺が勝った。だが、郷哲の目には怒りと悔しさが宿っていた。」


『こんなのは試合じゃない! 真剣で勝負しろ!』


「彼はそう叫んだ。誇りが、傷つけられたのだ。」


それを見ていた殿様は、厳しい口調で制した。

「命を賭けるつもりか。真剣で戦えば、どちらかが死ぬぞ」


それでも郷哲は怒りに震え、試合場の端に置かれた自分の真剣へと歩み寄ろうとした。

抜こうとするその気配に、周囲の藩士たちがすぐさま駆け寄り、数人がかりで取り押さえた。

その表情は、俺の脳裏に今も焼き付いている。


……そして数日後、郷哲は何も告げず藩を去った。

それきり、誰も奴の行方を知らない。



和尚はしばらく黙って深くうなずくと、やがて目を細めて言った。


「……この般若湯、よう効くのう」


七乃助は鼻で笑い、酒瓶を持ち上げて無言で和尚の湯呑に酒を注いだ。

その音だけが、仏間に静かに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ