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二頁「誘惑ババア」

「だからな? 植物にIQがある可能性も否定しきれないらしいんだよ」

「空先輩って、変な知識はありますよね……」

 『贖聴コウモリ』から数日が経ち、部室に通うのに抵抗感が薄れてきた空は、先に部室で寛いでいた奏とお茶を飲みつつ談笑していた。

 コウモリ以降、一応は相談者が来た事もあったのだが、全て怪異絡みではなく単なる勘違いだった。そのため楓は放課後になる度に荷物だけ置いて学校内の噂や困りごとに首を突っ込みまくっているのだ。

「というか、先輩は楓部長に付き合わなくて良いんですか?」

「良いんだよ。何か問題があれば楓の方から俺の所へ——」

 と、空が茣蓙の上で横になろうとした瞬間。扉が開け放たれ楓が叉夜に連行されて来る。

「おい日防。保護者の役を怠けるんじゃねえよ。ちゃんと手綱握っとけ」

「……ほらな?」

「た、たしかに……」

「先生、その野良猫はウチじゃ飼えないんで、元居た所に戻してきて下さい」

「誰が薄汚れつつも気高さを決して失わない純血種の野良猫よ!」

「何て突っ込めば良いんだよ。属性盛り過ぎだろ」

 子猫が親猫に運ばれるように、首根っこを叉夜に掴まれた状態で運ばれてきた楓は、しかしなぜかとても嬉しそうな表情をしていた。

「そんじゃ、三〇分後ぐらいに戻って来るから待ってろ」

「……? 分かりました」

 叉夜は楓を部室内に放り投げるように手放すと、短く言ってどこかへ行ってしまった。楓は楓で、普段なら雑な扱いに不機嫌になっていそうな所を、何故かご機嫌な様子で部屋を掃除し始めた。手際が悪過ぎて寧ろ散らかり始めているが。

「何でしょうね? 全部員が集まった一週間記念のパーティ……とか?」

「全員集まるまで一日も無かっただろ。それに一週間は祝い事をする程長い期間じゃない」

「たしかにですね……。じゃあ何なんでしょうか?」

「大方、『ちゃんとした怪異絡みの相談者が見付かった』ってとこじゃないか?」

「ああ、なるほど……」

 二人はそう言いながら楓が散らかしに精を出しているのを眺めていたが、視線を感じて振り向いた楓と目が合いそうだったので、空は視線を窓の外に移す。奏は対応が遅れ、楓に対し苦笑いを向ける。

「……来客があるんだから、掃除手伝いなさいよ」

「お前が汚さなきゃあ、そこそこ綺麗だっただろうが」

 楓の物言いに、空は外に目を向けたまま言い返して横目で楓の様子を伺う。楓は頭に疑問符を浮かべている。自身の掃除下手を自覚していないのだ。

「……ボク、お手伝いします!」

 二人の言い合いに割り込んだ奏は、自分のロッカーから謎の紙袋を取り出して男子トイレに走った。

「……なぜ?」

「気合を入れる為に服を変えたいんじゃない?」

「それもわりと謎なんだけどさ……。何で衣装がロッカーにあるんだよ」

「毎日コツコツ運んできてたわよ」

「運搬に何日もかけなきゃいけない程の数があるのか。……おい楓部長、掃除はその辺にしてやってくれないか。奏の仕事がドンドン増えるから」

 楓は会話しながらもテキパキと掃除の邪魔をしていた為、空は思わず楓を制止した。

「空……私の事を馬鹿にし過ぎよ。いくらアンタが部室を汚す才能に満ちていたとしても、私レベルになるとあっと言う間に綺麗サッパリ掃除しちゃうんだから」

「おい。今さり気なく俺の事馬鹿にしただろ。良いか? 今この部屋が汚れてんのは、どっかの馬鹿部長が掃除と称して散らかしまくってるからだよ!」

「全く、しょうがないなぁ空一般部員は……。テッテレー、『お掃除セットー』。はい一般部員君。これで部室を、綺麗にしておいてね?」

「だから大御所を持ち出して来るな‼ あとその秘密道具、そこらのスーパーにでも平気で売ってるだろ! 未来でも、秘密でも何でもねえじゃねえか!」

「チッ。君の様な勘の良い部員は嫌いだよ」

「ネタがキメラ過ぎるだろ……」

「見えるわ、私にも汚れが見える」

「ヘルメット付けてないし、即死させてやろうか?」

あーだこーだと言いながら、結局空は掃除セットを受け取って楓と共に掃除を始めた。しかし楓の汚し速度は通常の三倍ほどもあり、空が必死に動いても精々がこれ以上汚さないようにする程度であった。

「すみません。着替えに手間取っちゃいました!」

 いたちごっこを繰り広げる二人の元へ、メイド服を着た奏が戻って来る。息が上がってしまった空は救世主とでも言わんばかりに奏を見る。

「ケテ……タスケテ」

「奏聞いてよ、空の掃除が下手過ぎて全然終わりが見えないのよ」

「お前な、いい加減にしろよ……?」

 空はそろそろ我慢の限界だった。

「……分かりました。ボクに任せて、お二人は休んでいて下さい‼」

 床があまり見えない程に物が散乱してしまった部屋を見回すと、奏は袖をまくって頼もしく言い放つ。空は安堵の、楓は若干不満の色を孕んだため息を吐いて掃除の邪魔にならない様に茣蓙の上に退避する。

「よーっし。てやあぁぁ‼」

 やる気に満ちた表情の奏は、気合を入れて掃除を開始した——。


「おーしお前ら、相談者第二号を連れて来たぞ。って眩し⁉」

 叉夜が扉を開け、男子一人を伴って部室に入ろうとした瞬間、男子と叉夜の二人はあまりの眩しさに目を閉じる。奏が掃除した部室はあまりに綺麗過ぎて、鏡面のように輝いていた。

「あ、先生。 お疲れ様です。後ろの方が相談者さんですか?」

「おう、そうだ。そうだが礼装、お前どこに居る? 眩し過ぎて目が開けられん」

「ムスカ状態になるわよね……。分かるわ」

「サングラスが無ければ、即死だった」

 奏の問いかけに応える叉夜だが、部屋が眩し過ぎて目が開けられずに両手で光から目を保護していた。一方、奏と楓と空の三人は、奏が用意したサングラスをかけて平然とお茶を飲んでいた。

「先生と、相談者さんも使いますか? サングラス」

「使う。というか、使わなきゃまともに目が見えん」

「つ、使いたいです……」

 まだいくつかサングラスの用意があったらしい奏は頷き、すぐに取り出して叉夜と男子生徒に一つずつ渡す。二人はすぐさまサングラスをかけて椅子に腰かける。

「ちょっと待っててな。今お茶用意するから」

「あ、お構いなく……」

「あのねえ……。お茶淹れるのは俺なんでしょ、先生」

「ピンポーン」

 叉夜は即座にスマホを取り出してゲームを始める。指を忙しなく動かしつつ男子生徒に言うが、その言葉を聞いた空は不満そうな表情で立ち上がるとお茶の用意を始めた。

「それじゃ、相談内容を教えてもらおうかしら?」

「メモの用意はできてます!」

 空がお茶を淹れている間に、楓と奏は男子と向き合って早速本題に入ろうとする。楓は偉そうに、奏はメモ帳とペンを手にして二人とも前のめりに目を輝かせている。前回のコウモリ以降マトモな怪異絡みの案件が無く暇だったからなのだが、男子生徒はそんな(見た目だけは)美少女の二人が近い距離に居るのが耐えられず椅子を少し後ろに引き、椅子に座り直して話し始めようとする。

「えっと——」

「はい。茶が入りましたよっと」

 しかしその瞬間、空が男子生徒と楓の間に割り込ませるような形で湯呑を置き、男子の方を一瞥だけして楓の隣に座る。

 男子は気まずそうに咳払いをすると、気を取り直して話し始める。

「これは、ここ数週間、俺が毎日経験してる事なんだけど……。俺の家、マンションの四階にあってさ、俺の部屋には窓が付いてて、外が見えるようになってるんだ。夜の街を行き来する人の様子とか、同じ場所のはずなのに、普段見ている昼間と夜中とで全然見え方が違ったりするのが面白くて、よく深夜に外を見てるんだ。……ある日、俺が普段の様に深夜の街を見ようと思ってカーテンを開けると、居たんだ。窓の外に」

 男子生徒は、湯気が立ち上っている湯呑を両手で持って悪寒を堪えていた。空はその様子に只ならぬ何かを感じたし、奏も真面目な表情で右手を顎に当て、左斜め上を見て何かを考えている。真剣に聞きつつ、自分の持っている知識の中で当てはまる怪異を探しているのだろう。叉夜はいつの間にか部室から出てどこかへ行ってしまっている。

 そして……。楓は、湯呑を持って目を閉じ、何かに怯えている様子の男子生徒の肩をガクガクと揺すっていた。空は慌てて止めに入る。

「お、おい楓お前なぁ……」

「何よ。途中で話すのをやめたからじゃない」

「い、いいんだ。空。……窓の外には、目を疑う程の美人が居たんだ。それも、やけに露出の多い格好で」

 空が楓を男子から引き離すと、男子はお茶を啜ってから息を吐き、冷静さを取り戻して言いうと続きを話し始める。しかし空は男子と面識が無く、『何で俺の名前を知ってる?』という疑問を抱く。が、話し始めてしまったものは仕方ないので取り敢えずその疑問は置いておく。

「って待て。何だそのうらやま」

「あぁん?」

「それは恐ろしいな……。その女性はどうしてそんな所に?」

 聞き捨てならない事を言う男子に、詳しく話を聞こうとする空。しかし楓が軽蔑の念がこもった声で問いかけて来た為、慌てて真面目な風を装って質問する。

 横から奏の苦笑いが聞こえ、楓の視線が痛い程突き刺さるがそんなのは気のせいという事にしておく。

「……その女性はどうやっているのか、空中で横になっていて、窓に張り付いて俺を誘惑してくるんだ。……けど、どう考えてもおかしいだろう⁉ マンションの四階だぞ! 何で外に人が居るんだよ……。今はまだ耐えれてるけど、もし招き入れてしまったらって思うと、怖くて……」

 男子の手は再び震え始めた。どうやらギリギリで踏みとどまっているらしく、その女性を自室に招き入れてしまうかもしれない、と怯え切っている。

 空も少し考えてみる。自分の部屋の窓の外。そこに露出度の高い美女が居て、自分を誘惑している。窓を開けないだろうか?

 いや、自分なら開けはしないだろうが、数週間も耐えられる自信は無い。空は行動にはしなかったが、本能と戦い続けている男子に内心で敬礼した。

 不意に奏が動き、湯呑を持っている男子の手を掴むと自身満々に言った。

「安心してください。その怪異、ボク達が蒐集しますっ!」

「私の決め台詞……」

 その様子を見ていた楓がボソッと呟いたのを、空は聞き逃さなかった。

数時間後。空達、怪異蒐集部の三人は男子生徒の家に泊まりに来ていた。

「ええっ⁉ あの子男なの⁉」

「そうなんだよ。可愛くて気付かなかったろ?」

「彼氏とか居るのかなぁ……あ、いや、そもそも恋愛対象どっちなんだろう?」

「お前もしかして、可愛ければ……」

「うん。付いてても良い派」

「だから誘惑にも耐えられたのかもしれねえな」

「……最低。上がり」

「あ、楓てめえ! お前がハートの8止めてやがったのか‼」

しかし男子生徒の部屋に入ったのは奏一人だけで、楓と空、そして相談者である男子は別室で待機となった。もし奏が対処に失敗した時のために待機するのが仕事だと言われた三人だが、やる事も無かった上に『電子機器は、あまり使わないで下さいね』と言われたてしまったため、三人でトランプの七並べに興じていた。

「しかし良かったのか? 唐突に泊まりに来ちゃって」

「良いんだよ。元々今日は、母さんと父さんが二人だけで温泉旅行に行く予定だったから」

「ご両親だけで?」

「うん。二人の結婚記念日なんだ、今日。『三人目の子供が手のかからない位の年齢になった事だし、新婚旅行延長戦じゃあ‼』とか言って今朝出かけて行ったよ。はい上がり」

「仲の良いご両親ね」

「うん。それにしっかり育ててくれてる。感謝しか無いね」

「ご両親大事にしろよ。……ほい」

「うわ、もう配り終えてる。早過ぎない?」

 時刻は二三時四五分。三人の中で絶望的に腹の探り合いが下手な上、運が絶望的に悪い空は毎回ドベで、幼い頃から楓にやらされていたカード配りの技術を遺憾無く発揮していた。

「配るのは得意だぜ」

「空は昔っからトランプとか弱かったものね」

「うっせー。次は勝つ」

 そう言いつつ三人はまた七並べを始める。


「恐らく、相談者さんの仰っている『美女』というのは、『誘惑ババア』と呼ばれている怪異でしょう」

「「誘惑ババア?」」

 相談者が部活(室内ゲーム部)に向かった後、三人で今回の怪異について話し合った。その際奏はメモを見つつ、怪異についてこう話した。

「はい。ここ三〇年で発生したと考えられている怪異で、『蠱惑的な見た目で男性を惑わせ、応じてしまった相手をどこかに連れ去ってしまう』と言われていますね。因みに女性を惑わせる『囚虜ジジイ』というのも存在しています」

「何でジジババ?」

「さあ……?」

 怪異のネーミングに悪意を感じた空は、素朴な疑問を奏に投げる。すると奏は空の質問に困ったように笑った。可愛い。

「対処可能なの? その怪異」

 空と奏のやり取りを途切れさせるように楓が口を挟む。楓本人は意識していないつもりだが傍から見ればわりと違和感のある話しの始め方だった。

「ええ。可能ですよ。霊感がちょっとでもあれば誰にでもできますが——」

 奏は敢えてその違和感には触れずに話を続ける。空はそもそも違和感を覚えてすらいない。

「「ですが?」」

「あん?」

「何よ」

「……お二人には霊感が無いので、今回はボクに任せてもらえませんか?」

 空と楓の言葉が被り二人は顔を見合わせてガンを飛ばし合うが、奏はそれに構わず言った。


「ん……。危な、寝そうだった」

 いつの間にか、男子生徒の使っている勉強机に突っ伏してしまっていた奏は身体を起こし小さく欠伸をする。時刻は零時を回っているが、隣からは楓の「ロイヤルストレートフラッシュ!」という声と、空の悲鳴が聞こえてくる。『どうしてだよぉぉ』と言っている様だ。

「空先輩と楓先輩は仲良いなぁ……。いいなあ」

 誰も居ない部屋の中で一人、楓と空の関係を羨む声が漏れる。

礼装 奏は幼い頃に三回だけ、空と楓の二人と遊んだ事があった。

霊感がある事が障害となっており、友達が出来ずに公園でボーッとしていた奏は、たまたま『ヒーローごっこ』をしていた楓に付き合わされていた空に、遊びに誘われたのだ。


「バイカー……キイィック‼」

「ぐぼぁあっ‼」

 一〇年前の夏休み期間。奏が小学一年生だった時の事。

 一学期の期間中に友達を作る事に失敗した奏は、女装などはしていない普通の恰好で公園のベンチに腰掛けていた。遊んでいる男子と女子が楽しそうなのを眺めていたのだ。

 女子の方が何度か男子に攻撃しながら立ち回り、突然一切の手加減容赦無く男子の方に跳び蹴りをかました。

男子はそれを上手い事いなしつつ大袈裟な悲鳴をあげて吹っ飛び、あろう事か奏の方に来た。奏は思わず足を上げて躱す。男子が奏の足元に転がって来ると、動かず数秒硬直する。

「……なぁお前! 俺らと遊ばないか⁉」

男子はいきなりカッと目を見開くと、立ち上がって奏の手を取り話しかけて来た。

「えっ……⁉ で、でも……」

 突然の申し出に、奏は戸惑い目を逸らす。無論驚いたというのもあるが、それ以上に『見たくない』と思ったのだ。その男子に『憑いているもの』を。

 奏の霊感というのは基本、近くの人間やものに憑いているものや、その残滓しか見る事は出来ない。しかしその代わりというのか何なのか、条件に当てはまっているものであればほぼ確実に見る事が出来てしまう。

 その上、憑いているものはこの世に未練や恨みを遺して死んでいった者達であり、そういう連中は死んだ時そのままの姿だったり、怨が形を持って対象に憑いているのだ。

必然、小学生には堪えられない程壮絶な最期のものや見るに堪えない醜い風貌のものもある。それ故奏はこの時、男子を見まいとした。

「……大丈夫か? 今日暑いもんな。ちょっと待ってろ」

 しかし男子はそれを何か別の理由だと勘違いして、被っていた帽子を軽く叩き、土を落としてから奏に被せて走り出した。呆気にとられて呆然としていると、先程の女子を伴って男子が戻って来た。

「ほら飲め。水分はちゃんと摂れよな」

「う、うん……」

 男子は『日防 空』と書かれた水筒を奏に差し出した。躊躇いながらその水筒を受け取って少しだけお茶を飲んだ。よく冷えた緑茶はとても美味しかったが、申し訳無く思った奏は飲むのをやめ、思わず男子の方に目を向けた。

すると……男子の近くには何も居なかった。正に『空』だ。

「……もう良い? ならベンチの上に横になって。濡れタオルがあるから、それで身体冷やすわよ。空、手伝って」

「へいへい」

 もう片方の女子は、なぜか『仮面バイカー楓』と書かれた無地のお面で顔を隠して濡れタオルを奏の腋や項辺りに当てて身体を冷やしてくれた。空の近くに何も見えなかった奏は混乱気味に楓も見る。すると楓の周囲にはポツンと、おかっぱ頭の女の子が見えた。その女の子はとても穏やかそうな見た目をしていた。

 初めて見ても嫌な気持ちにならない人を見付けた奏は、跳び起きて『ボクも遊びたい‼』と言い、混ぜてもらった。その後は二回ほど遊んだが、奏の家の事情で引っ越す事になってしまった。高校進学を期に地元に戻った時、空と楓の二人と再会したのだ。


「……まぁ見た目も変わったし、一〇年前に三回遊んだ程度の他人の事なんて覚えてるハズ無いけどね」

 誰にでもなく一人呟く。時刻は午前零時一〇分。

「奏、まだ異常無いか?」

 隣の部屋から空の声がする。耳をすませば楓の寝息も。奏はクスッと笑うと、揶揄う様に答える。

「はい。空先輩は何敗したんですか?」

「うげっ……お前聞いてたな?」

「聞こえて来ただけですよ」

 と、その時。『コンコン』と、窓を軽く叩く音がした。

「……空先輩、来たみたいです」

「怪異か」

「はい。何かあったらそちらの部屋に行くので、楓先輩を起こしておいて下さい」

 そう言い終えると、奏は返事を待たずに窓の近くに寄り、カーテンを一気に開け放つ。

「……居た」

 窓の外、手を伸ばせば届きそうな位置にその怪異が佇んでいる。聞いた通りに派手で露出の多い服装、白いがほんのり赤らんだ肌、黒く艶のあるストレートな長髪。スラッとしているが過度でない程度に肉の付いた肢体。恐らく、多くの日本の男性が思い浮かべる『蠱惑的な美女』が、怪異の外見だった。

 誘惑ババアは奏を見ると不思議そうに首を傾げた。女性にしか見えなかったので戸惑っているのだ。

「安心して。ボクは男の子だよ」

 誘惑ババアの表情の理由を察した奏は、誘惑ババアに見せつけるように上着を脱ぎインナー姿になる。すると誘惑ババアは珍しそうに奏をジロジロと見た後、結局奏を窓の外に手招きした。

「……対抗策無しで応じれば持って行かれる。けど」

 奏は窓を開け、躊躇無く誘惑ババアに右手を伸ばす。誘惑ババアは醜く笑うと、奏の手を引っ張ろうとして右手を掴み——誘惑ババアの左腕が弾け飛ぶ。

『……ッ⁉』

「驚いた? オリジナルの呪言を、ペンで書いておいたんだ」

 奏は、彫刻刀で爪に掘った『善導若輩者』という文字を見せ、見下すように笑みを浮かべる。

「ボクはすっぴんだけど、年配者は厚化粧しなきゃいけないから大変だねえ? 『おばさん』」

『——‼』

 そう言った瞬間、誘惑ババアが声にならない叫び声を上げると皮膚がデロデロに溶け出し、その内側から醜い老婆が姿を見せる。

「来た……‼」

 奏は読んでいたと言わんばかりに数歩後ろに下がり、持って来た棒状の何かを取り出して構えると飛びかかって来た誘惑ババアに向けて振るう。

『ギャアアアアッ⁉』

 誘惑ババアは激高し過ぎて奏が振るった棒に気が付かなかったようで、上半身と下半身で真っ二つに分かたれる。

「……神社で清めてもらった岩塩でつくった、対霊体用の剣だよ。刃は無いけど実体の無い霊体ならよく効くでしょ? 『岩塩剣』って所かな」

『グウゥ……』

「それとさ」

 苦しんでいる誘惑ババアの目の前に立ち、奏は先程脱いだ服を再び着てしゃがみ、誘惑ババアの耳元に囁きかける。

「ボク、男の人が好きなんだ」

『ふざけ……』

 怒りの表情を浮かべた誘惑ババアだったが、その後何が出来るでもなく霧散した。それは消滅した訳では無く、撤退しただけではあるが、一度こうして撃退された場所・相手に対して再び接近する事は基本無いため、依頼はこれで完了したと言えるだろう。

「……よっし。撃退完了!」

 奏は岩塩剣を持って来た時に入れていた袋に戻し、ガッツポーズをとる。

「おい奏大丈夫か⁉ すげえ音してるぞ!」

「入るわよ⁉ ドア開けるからね‼」

 その直後、空と楓が揃ってドアを開けて部屋に突入してくる。奏は二人の勢いに若干驚きつつ振り返ってピースサインを見せ、ニッコリ笑う。

「大勝利です‼」


***


「……以上が、『誘惑ババア』についての顛末である。と」

 数日後、自室で『怪異蒐集部活動記録帳』の二頁目を記し終えた空は、少し考えて最後に少しだけ書き加える。

『……しかしその後、件の【誘惑ババア】は俺の元へ来るようになってしまった』


***


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