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まえがき


「部活を作るわ」

 穏やかな昼下がり。学内ではすっかり変人夫婦として有名になってしまった生徒が二人、並んで中庭のベンチに座っていた。その変人夫婦の片割れである高校三年生の女子生徒、宝条 楓は、隣で読書をしてくつろいでいる男子生徒、日防 空の方を見もせずに、一方的に告げる。

「またトラブルか……。なあ楓センパイ。アンタ今年受験だよな」

「そうね。だから今年は目一杯好きにやるわよ」

 空は片手で持っていた本を閉じ、これまた隣の楓を見る素振りも無くそう訊ねた。空的には『いい加減おかしな事をするのはやめて、受験勉強をするなりして将来に目を向けたらどうだ?』と続けるつもりだったが、楓はそんな次の語を待てる程、我慢のきく性格はしていなかった。

「……なあ、どうせ俺を巻き込むつもりなんだと想像が付くから先に言っておくが、お前はお前の周囲に人が居ない理由を考えた事があるか?」

 空は大きなため息を吐き、本を楓とは反対側の隣に置いて腕を組んで問いを投げる。しかし楓は、そんな空の渾身の嫌味に「私についてこれない奴しか、今の私の環境には居ないからよ」と、堂々と答えてみせる。呆れながらもその考えに苦言を呈そうとする空を尻目に楓はベンチから立ち上がり、「それじゃ、放課後に第一多目的室に来てね」と言い残して立ち去る。

 見目だけは麗しい幼馴染の背中を見送り、隣に置いていた本を手に取って開こうとしたその時、昼休み終了間近を報せる鐘の音が空の耳を打つ。最近何度吐いたかも分からないため息をつき、本と自分の弁当箱を取って立ち上がり校舎に戻った。午後の授業は苦手な数学と英語だ。空はやる気無く挨拶を済ませると、早々に昼寝を始めた。

***

 放課後。計二時間弱の睡眠から目覚めた空は、スカスカな鞄を持って下校しようとして足を止める。

「あ……。第一多目的室」

 門から外に出る一歩手間で、楓が『部活を作る』と口走っていた事を思い出したのだ。なまじ学外に出ていなかったので、忘れていたという言い訳もできなくなってしまった(楓は恐ろしく勘が良く、空の話術では簡単に看破されてしまうのだ)。

 気怠さを飲み込み、空は踵を返して校舎に戻る。楓は約束をすっぽかすと、後がとんでもないのだ。具体的に言うと、とにかく拗ねる。完全にへそを曲げてしまった楓を天岩戸から引っ張り出す為には、にぎやかな騒ぎではなく諭吉が飛んで行くレベルのおもてなしが必要になってくるのだ。それならば、今日の数時間を溶かす方がコスパが良いからだ。

「遅いわよ」「遅いですよ、先輩」「遅いぞ日防」

 多目的室に着いた空がスライド式のドアを開けると、既に楓はそこに居て、更に見知らぬ美少女と、学内で駄目教師として有名な乾 叉夜が居た。空自身と合わせれば、人数は合計四人。部員三名と顧問の教師一人。そして部室の確保。部活を設立するのに必要最低限の条件が全て満たされている事に気が付いた空は、おとなしく諭吉を飛ばしておけば良かったと後悔した。

 多目的室に入り後ろ手でドアを閉めた空は、室内の面子を見渡す。見た目だけは満点な、少し年上のじゃじゃ馬幼馴染、文句なしの美少女、無精ひげを生やした無気力教師、そして万年落ちこぼれの男子生徒の自分。空は、正直、帰りたかった。

「……悪いことは言わないから、こんな奴が作る部活になんて入らない方がいいよ」

「いえ。ボク、ちゃんと自分の意志でここに居ますから」

 せめて美少女だけは……と考え、助け舟を出すつもりで話しかけた空の思いは、屈託の無い笑みで粉々に粉砕された。

 しかしボクっ娘か。かわいい。すごくかわいい。彼女は先ほど俺の事を『空先輩』と呼んでいたし、一年なのだろうか? なんにせよ、この子だけは何とか助けねば。

「いやぁほんと、やめるなら今だよ? 今ならまだ引き返せるから」

「……空先輩は、ボクが一緒の部活に居るのは、嫌ですか?」

「嫌じゃないです」

 嫌なはずが無かった。むしろ、変な敬語まで出るほど嬉しかった。

「——よし、できた‼」

 空と美少女の会話がひと段落つくと、ずっと何かに集中していた楓が一切れの紙を掲げて叫んだ。その紙にはデカデカと『怪異蒐集部』の文字が。その様子を見ていた美少女は嬉しそうに拍手をし、叉夜は大あくびをし、空は困惑した。

「楓」

「先輩」

「楓センパイ」

「『部長』を付けなさい」

「楓センパイ部長」

「長ったらしいわ」

「どうしろと」

「学校では『先輩』を、部活中は『部長』をつけなさい」

「……楓部長」

「何かしら? 空『一般部員』」

「副部長じゃねぇのかよ。いや違う。何だよ『怪異蒐集部』って」

 言いたい事を言う前に話の腰を何度もへし折られた空は、やっとの思いで部活名が書かれた紙を指さして楓に尋ねるが、楓は勝ち誇ったように笑い、空以外の二人の顔を見る。

「異論はあるかしら?」

「異論ありません先ぱ……部長」「異論なーし」

「よろしい。……民主主義に基づき、この部活の名前は『怪異蒐集部』とします」

 空以外の二人はアッサリと部活名に賛成の意を表する。美少女はちゃんと納得している様子だが、叉夜に関してはスマホを弄りながら返事をしていた。校内の、しかも生徒の前で堂々とスマホを弄るその姿は、駄目教師と呼ぶに相応しい態度だった。

「いや別に名前に異論は無いけどさ。何をする部活なんだよ。怪異譚でも集めるつもりか?」

「なんだ。わかってるじゃない。空一般部員」

「高三にもなって何言ってんだ楓! 正気か⁉」

「言ったじゃない。『今年は目一杯好きにやる』って。あと部長ね」

「しまった! コイツ端から正気じゃねえ‼」

 空は頭痛を覚えた。

「それから空一般部員。あなたには、当部活の活動記録をつけてもらうから、そのつもりで」

「その呼び方やめろよ。第一、俺が副部長じゃなければ誰が」

「空先輩。副部長はボクです……」

「そうなのか。……でも、どうして君が?」

「奏は簡単な除霊ができるのよ。だから彼が副部長なの」

 そう言って、楓は美少女を手で指す。

「? 何言ってんだ。こんな可愛い子が男な訳ないだろ?」

「えっ」

「えっ?」

「は?」

「ま、この見た目じゃ無理ないだろうな。っつーか突っ込むとこ、そこか?」

 第一多目的室改め怪異蒐集部の部室内を見回した空は、周囲の態度は、言外に『目の前の美少女が女性ではなく、男性である』と示していた。空は目を剥いて美少女(美男子?)を見る。ジロジロと足から頭までをそれこそ舐める様に。

「……礼装 奏といいます。一年生の、その……男子です」

 見つめられて恥ずかしいのかそれとも怖いのか、目を伏せて手をモジモジさせながらその美男子は言う。空は思わず「あ……ご、ごめん」と謝って目を横に逸らすと、奏の隣に立っていた楓と目が合う。楓は軽蔑するような視線を空に向け、何も言わずにたたずんでいる。

「——そっ、それで! いつ活動開始なんだ、この部活は?」

 空は目をバタフライするかの様な勢いで泳がせ、声を上ずらせながら話題や空気を変えようとして叫ぶ。楓が不機嫌なこの空気感は不味い。これから一年間拘束される上に万札を手放す事になったら目も当てられない。必死に明るい雰囲気にしようとし、楓と叉夜を交互に見る。

「ぼ、ボクも気になりますっ!」

 空の視線を受け、奏も同調してくれる。叉夜は我関せずといった様子であくびをしている。

「……相談者がいつ来るか次第よ。私達は相談を受けて、それに怪異が関わっているなら活動をする。って感じね」

「な、なるほどなー。……うん? でもそれって、いつ相談者が来るか分からなくないか?」

 不機嫌な表情の楓の話に疑問を感じ、空が質問する。しかし楓は空の疑問を無視し、机に向かって、また何かの作業を始めてしまう。完全にではなくとも、へそを曲げてしまったようだ。

 面倒だなぁ……。

「評判になるまでは、叉夜先生がPRをして、相談者を募るみたいですよ」

「そうなのか。じゃあ先生がどれだけ慕われているかも大事そうだな」

 楓の態度に顔をしかめていると、奏が隣から声をかけてくる。奏は周囲の人の感情や状況をよく見ているようで、さっきから空に心地よいフォローをしていた。そしてその様子を見て、楓は少しずつ不機嫌になっていた。

「安心しろ。すでに相談者は一人確保済みだ」

 机の上でスマホを操作しながら叉夜は空と奏に言い、ゲームに区切りを付けてスマホをしまい大袈裟なため息を吐くと、横目で空を見る。『ドヤッ』という効果音が聞こえてきそうなどや顔だ。

「それなら今日にでも活動開始できそうですねっ! 楓先輩!」

「え? あー……うん。まあ活動は明日からね。今日はちょっとやる事があるもの」

「やる事って何だ?」

「ここを部室にしなきゃいけないでしょ」

 空と奏からの質問に、ようやく気分が切り替わったらしい楓は、『怪異蒐集部』と書かれた紙を二人に見せて言う。『第一多目的室』を部室にする為にも、教室の表札を始めとして色々と教室内を魔改造する必要がある、と考えているらしかった。


***


「つ……つかれた」

「なっさけないわね。男のくせに」

「いつの時代の価値観だよ。それ男女差別って言うんだぞ」

「あのー、ボクも一応男の子なんですけど……」

「あーあ。楓お前、後輩に対する配慮が足りないんじゃないのか?」

「何よ。私に文句でも? 一般部員のクセに生意気だぞぅ?」

「やめとけお前! その小学生は大御所だぞ!」

 夕暮れ時、空と奏と楓の三人は肩を並べて帰路についていた。実に三時間ほどを部室の改造に費やし、座敷のある部屋へと生まれ変わった部屋は、空からすると『胡散臭い部屋』になってしまったわけだが、楓と奏は満足そうだったので口をつぐんだ。

 偶然にも同じ帰り道だった三人は、夕日を背にして赤土の道を歩く。点在している程度の数の街灯が点きはじめ、夜の訪れを感じる。空は、春の季節の夕暮れ時が好きだった。遠くに見える地の果てから、夜空が昇って来るのだ。

「空はこの景色、好きよね」

 隣の楓が、空の心境を見透かしたように遠くの空を睨みながら言う。楓はこの景色が嫌いなのだ。

「お前は嫌いだよな。田舎っぽいからか?」

『田舎なんだって実感するから』と言っていたのを思い出し、意趣返しのつもりで空は言う。しかし楓は一度だけ空の顔を見ると、真顔に戻って「そうね」とだけ答える。

「あ、ボクの家こっちなので……」

「「ん。また明日」」

「あ?」

「何よ?」

「ふふ……あははっ! お二人はすっごく仲が良いんですね! お疲れ様でした。また明日!」

 そこからしばらく歩いていると、分かれ道で奏が空と楓の二人とは別の道を指して言う。二人は全く同時に右手をあげ、全く同じタイミングで全く同じセリフで奏を見送る。奏はそれがツボにはまったらしく、(空視点だと)ものすごく可愛く笑ってから手を振り、笑顔を浮かべて帰っていく。

「……奏って本当に男子か? 制服も女子用だし、とてもそうは思えないんだが」

「気になるなら本人に確認させてもらえば? 何ならスカートめくりでもしてみる?」

「小学生か。そんな事しねぇよ……。センシティブな問題だし」

「あっそ」

そんな他愛のない話をしながら、日が落ちきった家までの道を二人は歩いた。

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