終末死相(1)
晩餐も終わったので自室で適当に寛いでいたが、昼寝のせいでどうにも寝付きが悪い。
部屋の窓から外を眺めてみると、満ちている訳ではないが多少幅広の膨れた月がある。そういえば最近は月なんか見てなかった、今は膨れている途中なのか欠けている途中なのかどちらだろう──もう何日か観察すれば分かるだろうが、明日にはこんな事どうでも良くなっているのだろうなという確信がある。
サイカさんに構ってもらいにでも行こうか、と思い立ち外に出た。
そういえばヴィクちゃんはもう寝ているだろうか、職業柄夜型そうだが──
そんな事を考えると自然、視線がヴィクちゃんの部屋へと向いた。
向いた先には当然の話だがドアがあって──そして、一枚の紙片がピンで留められている。
『お仕事中で〜す 開けないでください』
「……………」
人の屋敷のそんな事して良いのか。
そして身勝手なのを承知で言うと、すごく嫌だ……
しかしそんなのは──前述した通り身勝手でしかなくて、でも嫌で……
「うぅ………」
体調が悪くなりそうな現実は一旦見なかった振りをする事にして、サイカさんの部屋へと向かう。
「居ますか……?」
ドアを叩く。
不在のようだった。
時間帯を考えるに夜食とでも洒落込んでいるのだろうか。
となると例の大きいテーブルの所だろうか──しかしサイカさんなら、伝奇小説の強敵っぽくバルコニーなんかで月光浴してワインでも飲んでるかもしれない。
なんにせよ──屋敷探索だ、ワクワクする事に。
そこまで歩き回る必要は無く、第一候補地点の食卓にサイカさんは座っていた。ワイングラスを片手に、アテとしてチーズや干し肉をつまんでいるらしい。
食事中も思ったが、彼女の座り方は──
「不遜、ねぇ。私ほどの実力と地位を持っている学者ならばそれは不遜というより寧ろ、"弁えてる"と表現するのが正しいと思わないかい?」
「一理ありますね」
特に、そうやって会話をショートカットしてしまう程の心理学力とか──心理学ってそういう物なのだろうか?
「何にしても特例だからねぇ、天才は。例えばディーテだって凄いものだよ」
そう言ってサイカさんは、横に座っているビジュテンさんを手で示す。
「俺?ああ……"アレ"は凄いとは自負してるけどここじゃ披露出来ないなぁ」
こちらもまたワインを片手にしているが、色が赤紫ではなく透明度の高い黄色だった。この屋敷には何種類のワインがあるんだろう。
「確かに気になるねぇ。ミヤゲー、ここってワインいくつ揃えてるんだい?」
「42、お望みでしたら増やします」
斜め後ろにしゃなりと控えるオーダーさんが、簡潔に答え、
「ふぅん」
多いと思ったのか少ないと思ったのか分からない相槌を打つ。
「へぇ、そんなに……あっ、それでなんだがね。俺は星を見ると今居る場所と時刻を計算出来るんだよ。……昼とか曇りの時は無理だけど」
「星を見ると?どういう事ですか?」
「星の動きってのは決まりがあるんだよ、この季節この時間この場所ならこの星がこの位置……っていう知識があれば、あとは観測して計算するだけだ」
「だけって言っても、膨大すぎるよアレは!最中を"読ませて"貰った時はほんとパンクするかと……ああ、君は知らないだろうけど前にそういう実験をしたんだよ」
「聞いた感じだと出された式を解くだけみたいですけど、それが文字通り星の数程ですか……」
「"理論上は可能" "ただし時間は考えないものとする"って感じだねぇ、あれは心底恐れ入ったよ」
「いやぁ〜そんなに言われちゃいますか、星バカやってきた甲斐あるなぁ〜」
学者同士気が合うようだ、酒精が回ってるのもあるのか、二人とも楽しそうだった。
「そう、酒精といえば」
聞くや(読むや?)否や、サイカさんが僕へとにじり寄る。
「君、飲める口だろう?」
この人、子供に
「うるさいねぇ、どうせもう飲んだ事あるんだから良いじゃないか。君の体質上高揚はすれど体へのダメージは無いんだろう?」
「う……ビ、ビジュテンさん!あなたぐらいの娘が悪い大人にお酒を飲まされそうになってます!助けてください!」
「体に害はないなら好きにすれば良いと思うけど……本人が嫌だってんならやめてあげたらどうです?」
「君はねぇ!乗り気だけど社会からの目線が怖い時にワンクッションの拒絶を挟んで『嫌がったのに押し切られた』という免罪符を得ようとするのはやめたまえ!そんな事しなくても、大人の酒盛りの中子供が飲んでたらどの道私たちに監督責任が行くんだから!」
「なっ……!は、はあ!?サ、サイカさんあなた……!〜〜〜〜っ!」
「ちょちょっ、サイカさん……」
「ゴア様」
恥ずかしさで半分涙目の僕にミヤゲさんがそっと、薄い赤紫で満ちたグラスを差し出す。
「お嬢様が好まれている銘柄です。ワインだけでなく舌の感じ方もまた年代によって変わる物、今だけの味をお楽しみ下さい」
オーダーさん……台詞もかっこいい……
「や……ヤケ酒をしてやります!」
僕は高らかにそう宣言した。
自室のベッドに居た。
どうも酔いが回って寝た所を、オーダーさんに運んでもらったらしい。
何故なら、自分の手でシーツをこうもピンと張って掛ける事は出来ないからだ。
「おはようございますっと……」
どうやら今日は顔を拭いてもらえないようだ、置かれた水差しで顔を洗い、横に掛けられていたタオルで顔を拭く。
朝食はもう始まっているだろうか──昨日食べたあれはすごく美味しかった、今日もきっと美味しい。
テーブルにつくと、ヴィクちゃんを除いた全員が揃って着席していた。
「あれ、皆居るんですね。昨日の朝はもっとバラバラだったのに」
「ゴア様、まずはこちらを」
カタリと皿が置かれる、パンで肉と野菜を挟んだものだった。
「あっ、ありがとうございます……」
「今は何も言わずにそちらを食べて下さいまし、食後のコーヒーも要るかしら?」
いつもより何だか声のトーンが低いレッドローチさんが尋ねる。
「あっ、欲しいです。ありがとうございます」
「俺らの事は気にせずゆっくり食べてくれていいからね」
「まあ、急いだ所でどうこうという事でもあるまい」
どうにも全体的に雰囲気が重い、食べ終わったら何があるんだ……?
というか食べ辛い、5人にじっと見られながらする食事なんて初めてだ。どうにも気を張ってしまい、野菜の切れ端を皿へ少し食べこぼしてしまう。
こういう時ってテーブルマナー的にどうしたらいいんだろう。
「摘んで戻しても構わないんじゃないかねぇ?そこまでうるさい奴なんて居ないしさ」
ただ一人、変わらずニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべているサイカさんからアドバイスを貰ったので、そうする事にした。
多少舌が火傷するのを気にせずコーヒーをグキュっと急ぎ目に飲み干し、僕は言う。
「ご馳走様です、えっと……美味しかったです。それで……何があったんですか?っていうか大事な話ならヴィクちゃん──ウィークェンドちゃんも待った方が良いんじゃ……」
「こほん」
レッドローチさんが咳払いをして、一度深く瞬きをする。
そして、宣言した。サロンのリーダーとして、館の主として。
「私の運営するサロンのメンバーであるヴィティーク・ウィークェンド氏が死亡していました。私、レイヴンはレッドローチ家の名に掛け、この件の真相を突き止めます」
「えっ……」
絶句──何も言うべきか分からず、僕はただ、だらしなく口を開ける。
そうして平穏が終わって──始まる、平穏では無い事が。