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並んだアルカナ(4)

「君は処女か?」

ウィークェンドちゃんの次に挨拶をしたウェイブ・ラフフェイクさんは、出し抜けにそんな質問をしてきた。

「……えっと、それは、どういった意図で?」

当然の話だが僕は困惑した。軽い自己紹介を済ませるや否や、ラフフェイクさんに部屋の中央へ置かれた椅子を指差して「そこに座るように」と言われ、言われるがままに座るや否やこの質問だ。

「ん?ああ悪いすまないごめんなさい。絵を描こうと思ってね、君をモデルとした絵をだ。絵を描かない画家は居ない、当然だがね。そして描くには深掘る必要がある、対象となる人物をね。だから君はただ黙って私の質問に答えれば良い。いや、黙ったら答えられないのか。黙らずにペラペラとスラスラとつらつらと、私の質問に正直に正確に明確に明朗に答えるんだ」

ラフフェイクさんは捲し立てる。エプロンに黄やら黒やらの絵の具が飛び散り、まるで警戒色のようだ。それと威圧的な口調が相まって、どこか攻撃的な雰囲気を感じさせる。

しかしおそらく、いつでも誰にでもこうなのだろうなという感じもまたしており、結果的にさほど悪印象ではない。

「答えるんだと言われましても、めちゃくちゃ答えづらい質問ですよそれ」

「女同士なのだから構わないだろう、こんなのは軽い恋バナだよ」

「恋バナの一番重い部分ですよこれ」

「良いから回答したまえ、この私の素晴らしき芸術のためだ。絵を描く上で対象物の理解を深めるのは最も大切な部分なのだから」

そもそも僕は描く事に了承してはいないのだが、ラフフェイクさんは既に大量の絵の具をカチャカチャと物色していた。画家、中でも天才画家なのだから当然なのだが、ものすごい種類だ。

「まあ良いですけれど……えっと、これって女同士は勘定に含みますか?」

「ふむ、確かに判定の難しい所だ。まあ含むとしよう」

「なら処女じゃないです」

僕は素直に答える事にした。妹や恋人が死んだ時の話を語るよりは、幾分か楽だからだ。

それに天才画家が自分を絵に描いてくれるというのは、正直とても気になる。

「家族、或いは恋人が死んだ事は?ちなみに私の予想だとあるね、そしてそれをまだ引き摺っている、君の目はそういう目だよ。君は目を伏しているのではなく、目で喪に服している」

「……あります、あと後半も合ってます」

あれ、もしかすると僕は今回も古傷を(つつ)かれる感じなのだろうか?よくよく考えると画家の観察眼が悪い訳ない、見られると困る所だらけの僕には非常に不味い状況と言えるだろう。

「ふむ、まだ痛む部分だろうからここは控えておこう。大切な人を失うというのは多様なシチューエションが想定されるが、どうせ抱く感情は皆似たり寄ったりだ。次、君は自分に点数を付けるなら幾つだ?100点満点で」

「0です」

「ふん、予想通りでつまらん答えだ。次、この世界に点数を付けるなら幾つだ?」

僕は顎に手を当て、少し考え込む。

「65ぐらい、ですかね?なんとなくですけれど」

「それで良い、君が世界をなんとなくでどう思っているのかを問うたのだから。次、座右の銘は持っているか?」

「『メイクアップに時間を掛けてもブレイクダウンは一瞬』僕の妹の言葉なんですけど、妙に耳に残ってます」

「下らん駄洒落だ。次、初対面の人の何処を見る?」

「あまり意識した事はありませんが、普通に顔ですかね」

「ああ実に普通だね。最後だ、殺人行為をどう思う?」

「すべきではない、というか、すべきではない事であって欲しいと願っています」

「平凡な感性だ、君の事は大体分かったよ。仮に分かっていなかったとしても、今後私の中で君にどういう印象を着せるか、どういう印象に帰するかが決定したよ」

「では質問を終える。次に君の大まかなフレームと細やかなディティールを掴む、服を脱ぎたまえ」

「……理屈は分かりますけれども、その、僕としては些か気恥ずかしいです」

これは嘘だ、物凄くとてつもなくこの上なく気恥ずかしい。

「ああそうだろうね、君は恥じらいを覚えて躊躇うだろう。そうして恥じらい逡巡したその後、躊躇する理由に対して天才画家が描く自分の絵への興味、私という顔の綺麗さとプロポーションの良さが一定の水準を超えている人間に体を撫でくり回される事への快楽を天秤に掛ける。その天秤は後者へ傾き、君は私が体を撫で回す事を了承する。だからそんな無駄な時間を過ごすのはお互いの為に辞めた方が良い事が分かるだろうという問いだ、いや、君がいくら無駄な時間を過ごそうが私は構わないのだよ。しかしこの私、天才画家たるこの私が無駄な時間を過ごし生涯の内に描ける絵が一枚でも減ってしまうような事があったらどうするのだという問いだ。いやこれは正確では無いな、一枚でも減ってしまうような事があったら君がそれをどう思うかなんていう些細な事を抜きにして私は憤るし世界だってその損失を嘆くだろう、ああついでに私の絵が大好きな可愛い弟子だって悲しみ咽び泣くだろう、それは許されない事だ。当然だがこの許されるかどうかを決定しているのは天才たるこの私だ。今この部屋に居るのが私と君の二人である以上、多数決で今後の事を決めるなら確かに許されるか許されざるかを半分決める権利が君にはあるが、天才と凡人の元に決定権なんぞは平等ではない。詰まる所だ、黙って全裸になれ」

僕は長めのお説教を食らう。

確かに変に勿体ぶって迷ったのは認めよう、僕は心の奥底で(最終的に僕はこの提案を了承するだろう)と思い、しかしその上で渋るポーズを取った。

これは僕が変に駆け引きをしようとしたのではなく、16歳の女学生は全裸になって体を触らせろと要求されたら嫌がる物であるという一般的な良識との照らし合わせを行った結果だ。僕は良識的な人間でありたい、あらねばならないという意識を持っていて、その発露があの脱ぎ惜しみである事を主張したい。しかしここでそんな事を言うのも、なんだか自分は善人であろうと努力しているんだぞ、というひけらかしのように思えるのでやめておく。

「……すいません、脱ぎます」

「ああそれから」

ラフフェイクさんは僕に絵筆をピッと向けた。

「質問し忘れていたことがある、君は人を殺した事があるかい?」

僕は答える。

「間接的に殺したのは勘定に含みますか?」

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