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並んだアルカナ(1)

叫べ!

ちなみに別に叫ばなくて良い。

とにかく僕は叫びたくなるような気持ちになっていた、しかし僕は叫ぶのが嫌いだった。そこで、どこかの誰かにこの感情の発散を肩代わりして欲しくなったという訳だ。

更に重ねて深掘るならば、そうした意味の無い纏まりの無いとりとめの無い散乱した思考に沈む事で、現状から、現実から、幻想へと逃避していた。

俯瞰した自己分析ごっこは一旦止めて、視点を僕の精神世界から現実世界へと戻そう。

この世界に産まれ落ちた時に引っ付いてきた『聖女』体質を巡って、色々とあった過去の事をレッドローチさんにお話していた。

別に「貴方様にお話しする話題なんてこの世界の何処にもありません事でしてわよ!」と突っぱねる事は可能なのだが、僕は既に美味しい紅茶とお茶菓子をご馳走になっている。

しかも「熱すぎるのが苦手で、もう少し時間が経ったら飲みます」と言ったら、後ろに控えていた美人なメイドさんを呼んで冷ましてくれたのだ、フーフー息を吹きかけて。

その恩に報いるべく過去の傷を抉り出して並べて揃えて晒したのだが、あろう事かその傷の中でも殊更痛みの強い部分である当時の僕の心情を述べよという問いが出てきてしまった。

当時の事がトラウマ未満嫌な思い出以上となっている僕としては語りたくないのだが、ここまでのもてなしを受けて口をつぐむのはほとんど騙りのような物に該当するだろう。

僕は鈍重になってしまった唇をゆっくり持ち上げ────

「レイヴンさん、あまり人の古傷をほじくるのは……」

横から嗜めるような声が掛かった。

この人は確かレッドローチさんのサロンメンバーである、天文学の天才だったか。

レッドローチさんのサロンに誘われる条件はただ一つ、天才であることだ。性別年齢出自を問わず、何か秀でた能力を持つ者、一般的に天才と呼称される人々と交流するのが趣味らしい。

さながら人間コレクションだがなんせおもてなしの質が高いので、よっぽどの偏屈者以外は快諾してコレクトされる。

サロンメンバーとしての活動も、レッドローチさんに呼ばれた日に彼女の私物である館へ赴き、食事やお茶会を共にして寝泊まりするだけという破格っぷりだ。

無論当然、ただそこに存在しているだけで価値を見出され生活を保証されるような、ずば抜けた才能がある人物しか誘われない訳だが。

「すまないねゴアさん。『聖女』はやっぱり珍しいから、彼女も興奮しているんだ」

聖女。

300年に1人現れるか現れないかぐらいの確率の突然変異人間。何故か女性のみに発現する、無制限の魔法。何故か僕に付属してきた、人が言うには"祝福"らしいこの体質。

僕のは別に人の役にも立たない、強いて言うなら食料危機の解決だけれど僕も向こうもそんな方法では大して幸せにはならないので、やっぱり役立たずな不良品だ。

「ああ、(わたくし)ったらごめんなさい、過去の話が想像以上に面白くって、熱中してしまいましたわ」

「いえいえ、むしろすみません、ここまでもてなされておいて……」

「それでは話題を変えて本題へ、あなたに与えられたのはどのような祝福なのですか?過去の聖女は湖を炭にしたり、屋敷3邸分もの大きさの宝石を降らせたりしたそうですが。」

「お、それ俺も興味ありますね」

天文学の天才である男の人、確か名前は……ディーテ・ビシュテンさんも被せて問う。

この屋敷には他にも天才が招かれているが、なにぶん天才であるが故に色々とやるべき事が多く、今のお茶会で卓を囲んでいるのは彼と彼女と僕だけだ。レッドローチさんの背後に僕の紅茶を冷ましてくれた美人メイドさんも居るが、ずっと立っているので卓の人数にはノーカウント。

「僕に関してはそういう伝説的な逸話が無いって時点でお察しというか、本当に地味なもんですよ。ただ怪我や病気がすぐ治るってだけです。誰かを治すことも出来ませんし」

「まあ!治癒魔法といえば燃費が悪い上に必要な器具が複雑すぎて実用性が皆無という事で有名ではありませんか、どの病院でも学問でどうにかする方が効率が良いという理由で採用されていないとか」

「所謂"技術上は可能ですが"枠の魔法ですよね、対象が限定的なだけで凄いじゃないか」

「いや、難しい事をやってるってのは分かるんですよ。ただ、凄いけど人の役に立たない技術に果たして価値はあるのかと僕は常々思っていて……」

半分嘘だ。これと16年付き合ってきた僕の中で既に結論が出ている、無価値であると。

「それでもやはり憧れてしまいますわ、私達一般人と違って魔石も無しに魔法を使えるなんて」

「俺は複雑な技術ってのはそれだけで一定の芸術性を帯びてくると思うな。というかそんな考えを抱くって事はだよ、ゴアさんの根底には人の役に立ちたい考えがあるって事じゃないか。美徳だよそれは」

ビシュテンさんは無精髭を撫でながら僕をフォローしてくれた。同年代の娘が居る事もあって、レッドローチさんや僕にとても優しい良きおじさんだ。

「そうかもですね、ありがとうございます」

なんて心にも無いことを言って会話を終わらせておく。善い考えを持っているならそれだけで偉いなんて、随分無茶なアクロバティック理論での擁護を言わせてしまった。

「是非見てみたい……のですけれど」

「見せるには怪我する必要があるからね……宴会芸感覚で見せてって言える物でも無いさ。無理しなくても疑ってる人なんかいないよ」

「ああ、全然良いですよ」

二人とも良い人だし、そもそも僕は傷に慣れている。

僕は席を立ち、二人が見やすい位置へと移動した。

「いやいや、本当に無理しなくて良いんだよ。というか俺としては自分の娘ぐらいの子が自傷に走るのを……

僕は自分の右手を床に着け、指に全体重を乗せる。べキャベキャッと、カルシウムの塊が破断する音が響いた。

「まあ……!」

「おわぁ……嫌な音……」

僕の指が本来の可動域を大幅に超過して歪曲する。痛みはまだない、この手の(手だけに)怪我は痛すぎて最初の数秒は全く痛みを感じないという、奇妙な逆転現象が発生するのだ。

僕は乗せていた体重を緩め、手を二人の前に差し出す。

見る度に思うが僕は手が綺麗だ、怠け者だから。

そんな綺麗で()()()()()()()()()右手を見た二人は、何だか微妙な表情をした。

高そうなカーペットに血を撒き散らすのは悪いと思ってこの方式にしたが、もう少し派手やり方で見せた方が良かっただろうか。

「確かにこれは凄いですね……」

「確かに凄いがねゴアさん……いつか治るからってそんなに体を痛めつける事は無いぞ」

「そうですか?僕は良いと思いますけど」

特に僕のような、生きているだけで周囲を困らせる人生を送ってきた奴は、ちょっとした宴会芸で場を盛り上げるぐらいの事は出来なければ。

ああでも、グロテスクなのが苦手な人だって居るな、確かにその辺の配慮はしっかりしなければならないだろう。

「その……ありがとうございます、私の我儘に付き合ってくれて。お茶、良い茶葉使ってますのよ、ぜひ引き続き堪能して下さいね」

「ええ、一口飲んだ時からずっと美味しいなと思ってました」

主に美人メイドさんのスペシャルなおもてなしのお陰で。僕は馬鹿舌なので、味の違いは知らない。

そういえばメイドさんは楽しんでくれたかなと表情を見てみる。

変わらず綺麗な澄まし顔だったが、口角がさっきより少し下がっているような気がしなくもなかった。

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