スピネルの宝石言葉は「内面の充実、安全」
【X企画】X(旧ツイッター)の企画でPRの数に応じて小説を書くことになり22000字ほどの作品となりました。だいたい肥前文俊先生が元凶です。
ということで、まったくゼロから何も考えずに書いてます。
とりあえず22000文字が目標ですので、それまでお付き合い願えれば幸いです。
『宝石の姫君たち』というソシャゲ化した乙女ゲームがある。
元は漫画だかアニメだか、あまり背景の詳細は知らないけれど、ゲームにもなったくらいなのでそこそこ知名度はあったのだろう。
内容はよくあると言えばよくあるパターンで、宝石を擬人化というか、中世ヨーロッパ風の世界で、そういう名前が付いた王侯貴族の令嬢にプレゼントやらイベントやらで好感度をあげてオトす。
で、オトした後は放置かと言うと今度は育成パートやら戦闘パートやらがあって、攻めてくる魔物を相手に“宝石の乙女”だけが持つ、“聖なる煌めき”だけが対抗できる唯一の手段……という取って付けたような理由で、五人一組のユニットとして前線送りにされるというゲームである。
ちなみに“宝石の乙女”には、無料ガチャで排出される半貴石(宝石には一歩及ばないが、それなりに愛好家はいる)と、課金とそれに類する手段でしか出ない本家本元の貴石・宝石であるお姫様たちがいる。
まあキャラが増えるにしたがって、だんだんとその境目も曖昧になっていたのだけれど……。
ともあれ貴石として代表的なのが、四大宝石に上げられるダイヤモンド、ルビィ、サファイア、エメラルドで、彼女たちは騎士団団長である主人公が所属するブリリヤント王国の王女であったりとか、周辺国の王女様であるという当然のように重要な役割を担っていた。
あと途中から非戦中立を標榜していたクリソベリル大公国も主人公の活躍のお陰で味方について、公女であるアレキサンドライトも四大王女に並ぶ存在として頭角を現すことになる。
他にもトパーズやジルコン、アクアマリン、キャッツアイ、トルマリン、ガーネット、ペリドットなどが公爵家や侯爵家、辺境伯家、伯爵家の令嬢として登場して、まあそれなりに優遇されるわけなのだけれど、ここで問題となるのがだいたいが子爵や男爵、場合によっては騎士爵の令嬢というバックボーンが弱い半貴石の無課金令嬢。
序盤の攻略パートでは、見た目がストライクという子もいて(イラストや立ち絵など明らかに貴石の子とは力の入れ方は違うけれど、たまに絵師が頑張ったのか、たまたま偶然かで性癖に刺さる外観の子もいて)、せっせと好感度を上げて騎士団に入れる……まではいいのだが、レベル上げをすればあっという間にカンストするし、その割にステータスはへっぽこだし、本当に序盤だけしか使いものにならず、おまけに無料ガチャからは同じキャラが毎日のように排出されるので、
「なんかもういいや」
となって、途中からは顔を見た瞬間にお帰り願う邪魔者と化すまでが、決まりきったルーチンワークのようなものだった。
で、長々と前置きが長くなったけれど、その日、日課であった訓練のさなかに木剣で痛打され、頭を打って寝室に運ばれ、主治医の診察を受けた私――スピネル・マグラックス・バラス伯爵令嬢――は、ベッドの中でうつらうつらと微睡みながら、今世での十四年という記憶といまの自分ではない、高度に文化が発達した挙句この世界を娯楽として取り扱っていた異様な世界の記憶。
そこでごく平凡な会社員として生きていた、いまの自分の倍ほどもあった成人女性の記憶を紐解きながら、人知れず憂鬱なため息をついていた。
「……ここってほぼほぼ『宝石の姫君たち』の世界じゃない。おまけに名前が“スピネル”って完璧に半貴石よね。――詰んだあ!」
この世界の国の名前やら歴史、置かれた状況、何より鏡に映った独特のピンク色をした赤髪、ルビー色の瞳、隣国の第一王女様であるルビィ姫君にどことなく似た容姿を確認して(身も蓋もないネタバレをすれば、イラストレーターが同じだから)、上体を起こした姿勢でお手上げのポーズを取るしかない自分がいる。
ちなみにこのスピネルは無課金ではないものの、イベントで貰えるチケットを集めて十回ガチャを回せば、確実にひとりは入っている『R』『★★★★☆』という感じの二軍と言うか、運用する五人一組のユニットでも、
「イベントで五十人必要だから、う~~ん、しょうがない使うか」
という感じで、絶対にメインにはなり得ないその他扱いなのが普通というポジションの子です。
実際、能力も中途半端と言うか“帯に短したすきに長し”で、石言葉の「内面の充実、安全」とかけて、自分や味方の『聖なる煌めき=聖煌気』を高めて強化する付与魔術みたいなのとか、ヒーリングでダメージを回復させるというのが特徴な……要は火力はないけど、万能型というか器用貧乏タイプと言うか、まあまあ序盤から中盤にかけては使えるキャラではあるのですよ。
『SR』や『★★★★★』が出なきゃね。
ぶっちゃけホンマものの“宝石の乙女”の火力や付与、回復はぶっ壊れ性能もよいところで、雑魚を一掃する全体攻撃とか、1ターンごとにユニット全体を八割方回復させるとか――一度に単体相手にしか付与や回復をかけられない私などの――完全に上位互換です。
いわばスポーツカーと戦闘機が勝負をするようなもので、そもそもの次元が違い過ぎて笑うしかありません(まあSRでも単体戦闘に特化したキャラは使い辛いので、結局広範囲能力があるかどうかが前線で使えるかどうかの分岐点だと、前世の私は思っていました)。
またそういう一線級の“宝石の乙女”が当然カンストさせても勝てないイベントボスとかいるのですから、ある意味二軍扱いされているこちらとしてはラッキーなのかも知れません。
主人公が戦うのは当然最前線の激戦区。そんなところで戦っていては命がいくつあってもたまりません(当然、この世で死んだらそれまでで、何度でも蘇生させる……なんてできません)。
とはいえ“宝石の乙女”として生まれて、貴族として育った以上、高貴なる者に伴う義務として、魔物から国土や国民を護ることは必然です。
ですが、できれば自分はただのモブとして物語の本筋――無茶苦茶強力な敵とか次々待ち受けるイベント――とは極力関わり合いになりたくない。文字通りの玉石混交な後方で、雑魚な敵と戦ってお茶を濁せれば十分……というのが偽ざる本音なのも確かです。
しかしながらここで問題があります。このスピネル・マグラックス・バラス伯爵令嬢……というか、そのモデルになった『スピネル』に面倒臭いいわくがあって、そう簡単にフェードアウトできる可能性が限りなく低いということでした。
そのいわくというか逸話なのですが、これはあちらの世界では有名な話で、イギリス王室の象徴である王冠『インペリアル・ステート・クラウン』。その中央で燦然と輝く170カラットの巨大な赤い宝石「皇太子のルビー」や、王家に伝わる352カラットの伝説の「ティモールルビー」など。
その名の通り大粒のルビーと長らく信じられてきたそれが、実はどちらもルビーではなく大粒のレッド・スピネルであった――見た目は非常によく似ていることから、昔は宝石鑑定試験の課題にもなっていたそうで――ことから、以来「ルビーと紛らわしい石」というレッテルを貼られ(八つ当たりもいいところです)、スピネルは常にルビーの後塵を拝してきました。
産出量や稀少性からすると、むしろスピネルのほうが貴重なのですが、宝石を購入するような人種にとってはイメージの方が大事だということです。
そういったわけで脇役なのに、なぜかゲーム本編でも出番があり、ぶっちゃけ親善大使としてやってきた隣国のルビィ王女の危機一髪に際して、よく似た“宝石の乙女”である私が、身代わりになって命を散らすという――え、私の存在価値ってルビーの踏み台? お涙頂戴で雑に犠牲にならなきゃならないの!? それも見たこともない隣国の王女のために?――という浪花節で退場する役目が割り振られているという微妙さ。
そして私の死を乗り越えて、主人公やルビィ王女は好感度を上げて、ついでに改めて己の使命と魔物との戦いに全身全霊を賭けることを誓う――って、なんでアンタらの自己満足や心の成長の糧となるために死ななきゃならないわけ!? それも影武者としてとか完全にルビーの偽物扱いですよね?! 無茶苦茶嫌なんですけど! と強く主張したい。
そんなイベントが起こるのは確か三年後の私が十七歳の時。
幸いまだ猶予があるので、そうならないようにジタバタあがくくらいはしないと、死んでも死にきれません。
そもそも私は凸凹した人生に興味はないのですよ。承認欲求なにそれ? 波乱万丈それ美味しいの? という感じで、前の人生(?)みたいに可もなく不可もなく平和が一番。ほとんどダイジェストで最後の走馬灯がしょぼく走る程度で十分です。
まあこの世界は魔物とかいるし、魔法もどきの聖煌気とかもあるし、そもそも貴族って面倒臭そうだけど、やり過ぎないように頑張って安全マージンを確保して、そう簡単に自己犠牲の使い捨てヒロインにならないように細心の注意を払って、『まず自分が生き延びること』を最優先することにしましょう。あんなヘボな台本通りに進んでたまりますか!
幸いというか、何と言うか……途中退場するするスピネル(ちなみに『尖晶石』という和名にちなんでか、ゲームでの戦闘スタイルはレイピアを使っての接近戦が主体です)ということで、開発者も悪乗りしたのか公式設定では、
『能力が二次開放されれば四大王女を上回る潜在能力を持っていた』
『魔術にも精通して、遠距離広範囲攻撃の他、使い魔を召喚して事実上1ターンで最大4回の攻撃が可能なぶっ壊れ性能』
『隠しステータスの幸運値は最高レベルになり、ほとんどの攻撃を躱しまくる』
『火属性に対しては無敵。絶対にダメージを受けない』
という、なんというか全部乗せという「ぼくのかんがえたさいきょうのヒロイン」を地で行く形になってたりします(ゲーム本編では実装されませんでしたけど)。
このあたりはおそらくはスピネルの伝説である。
『「黒魔術師」たちが悪魔を呼ぶために使い、黒魔術師が火から身を守る魔よけとしても使われていた』
『1415年のアジャンクールの戦いで、イギリス王ヘンリー5世は「黒太子のルビー」をはじめとする宝石で装飾されたカブトを着けていた。この戦いでフランス軍指揮官であったアランソン公爵がヘンリー5世の頭に戦斧で激しい一撃を加え、あやうく王は命を落とすだったが、スピネルがその一撃を跳ね返してヘンリーは命拾いし、さらにはイギリス軍を勝利に導いた』
といった、あちらの世界の史実を踏襲したものでしょう。
ちなみに能力の二次開放は、超レアな素材を集めればレアリティが上がるイベントで、これを行えば『SR』や『★★★★★』の平均的なキャラ並みのステータスを持つことができます。
ですが公式で『ぶっ壊れ性能の潜在能力』を持っていると明言されている私が、先にこれを行ってカンストさせさえすれば、死亡フラグも回避することが可能かもしれません。
そう覚悟を決めた私は最初の一手を指すべく、ベッドの脇に置いてあるベルを取って使用人を呼ぶのでした。
何かをするにしても十四歳の小娘にできることなどたかが知れています。ならばまず頼るべきは親の力でしょう。
10/24 加筆して4000文字になりました。残り18000文字かあ……。