65.通商会議(9)(R)
65.通商会議(9)
昔鳥の意見を、精霊連邦の四名すべてが否定した。
「〝黒い森〟の飛龍? ありえない」
イヴァ・キィ・ル=ジュアリンは冷静に。
「くだらない」
「意味がない」
狼人のダーダルスとパロネは失笑と嘲笑を。
「本当の目的はなんだ?」
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが質問で否定した。
「静寂です。または平和という名前の衰退か。この世界を支配するには中途半端な人口です。魔法が使える王国の民は少なく、そもそも教育が足りません。精霊が魔法を使えるとしても、好戦的な性格は制御できません。帝国にいたっては奴隷制で国力を維持しています。――飛龍を討つとなれば、誰もが慎重に考えるようになるでしょう」
「意味が分からない。それに何の意味があるんだ?」
イヴァ・キィ・ル=ジュアリンが聞いた。
「何の意味はないです。すべての戦争を一端停止し、通商――貿易と交易によって世界バランスを取るだけのことです。必要なものを必要なだけ目的地に届けましょう」
「それは善意ではなく、悪意も届けるという意味か?」
ダーダルスが皮肉を言った。
「人材派遣もしましょう。殺し屋も売春婦も派遣します」
「お前がやっているのは女衒か」
「置屋に近いですね。料理屋もやりましょう。宴会、遊行なんでもござれです」
「未来が予想できない。平和による衰退? 戦争のほうが人口が減るだろうに」
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが予測した。
「C4ISRという考え方があります。指揮、統制、通信、演算、情報、監視、偵察の七つです」
指揮(Command)
統制(Control)
通信(Communication)
コンピュータ(Computer)
情報(Intelligence)
監視(Surveillance)
偵察(Reconnaissance)
「軍事用語です。このうちこの世界でできているのは三つ、指揮と監視と偵察だけです。それも未熟です。指導者はいますが、指揮をする以前に他の能力がないので発揮できていません。監視もおよそ人道的ではないし、形だけです。偵察も同じく『敵を分析している』だけです。そんなもの、それぞれの敵の力と味方の力を比較して、相対的な優劣を分析する(#1)必要があります。ぼくからしたら百年前の戦争です」
昔鳥が水を一杯飲んで続けた。
「統制はなされていません。ぼくが知っている子供の遊戯でさえ勝つことはできません。通信にいたっては伝言ゲームになっています。疑心暗鬼を生じるというものです。演算に関してはその思考がまったくありません。すべての情報は精査されておらず、分析もできません。つまり、この世界は現在、ぼく一人に負けます」
「だから従えと?」
イヴァ・キィ・ル=ジュアリンが聞いた。
「そうです。それら七つを集結させる必要があります。また、それらがないと統治できません。結局のところ、統治しているような気になっているのは、他に誰もプレイヤーとして参加しなかったからです。参加資格がないのに戦争すれば必ず痛い目にあいます」
「……私たちが世界を壊していると言いたいのか? 秩序を乱していると」
パロネが質問した。
「遠い将来、そうですね……約四十億年後には、二つの銀河が衝突します。まあその前に、今から約十四億年後には、太陽の成長によってこの星の温度が高くなって生命活動ができなくなります。その時までに星の命運を決めることです」
「バカなのか?」
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンがそう聞くと、昔鳥が手を差し出した。
「見せてあげます」
昔鳥の手を取ったダ=グリュヌ・アプラトゥヒンの脳裏に、画像が再生された。
気温の上昇で海が干上がり生命がいないなったあとこの星が二つの銀河に消えていく映像だった。
「お前は! なんてところからこの世界に来たんだ!」
「だから言ったでしょう? 異世界に〝巻き添え〟で召喚されたって」
憂いの瞳と、和らいだ笑み。
*
精霊連邦の四名の代表が、他の代表やそれぞれの随行人に通商条約の内容を伝えた。
満場一致で議決され、神聖リヴャンテリ王国と精霊連邦による通商国家連合が設立した。
前後して、神聖リヴャンテリ王国とリヴャンテリ帝国による通商条約も成立した。
三国は連なって、〝黒い森〟に住むという飛龍を討った。
神聖リヴャンテリ王国は大公を反逆者として処刑し、それに縁する新王族をすべて平民とした。
ここに、神聖リヴャンテリ王国は共和制となり、リヴャンテリ共和国となった。
上月臣民公爵は、元老院により執政官に選ばれた。その妃には旧王族の血を引くアーダァ伯爵陪臣男爵第二子レディ・リミャンスミャンが推挙された。
リミャンスミャンが生んだ第一子は、リヴャンテリ皇帝のいずれかの子女と結婚する予定だ。
やがて、リヴャンテリ帝国は軍事費からその自重を支えられなくなり、上月とリミャンスミャンの子がすべての権利を得て、リヴャンテリ大帝国を復活させるだろう。それまで名ばかりの執政官は〝黒い森〟で狩猟を楽しんでいるという。
上月執政官の第二妃のエアー侯爵陪臣子爵第四子レディ・パキストラキストの子女は、リミャンスミャンの子女と同じく、新世紀の世代を形成していくことだろう。
アーダァ伯爵とエアー侯爵は、それぞれアーダァ大公、エアー王族公爵となった。
アーダァ大公第四子レディ・キロルテロルと、エアー王族公爵第一子レディ・フィルダティルダは、異世界人である昔鳥に従った。
旧王族である子爵第一子の〝名前を消された元王女〟ヴィヴは、パスライ・リヴャンテリという名前を取り戻した。
パスライと昔鳥とキロルテロルとフィルダティルダの四名は、旧王宮であるリヴャンテリ宮殿の奥に消えた。
*
二刀流の剣聖(Master of the Swords)のリムリス嬢が溜息をついた。
「ミスった……」
擁護者である祖母の組合長がいなくなったのだ。
宮廷魔術師カクマリクマの策略に加担していたので、暗殺を恐れて帝国に逃げたらしい。聖女と従女のナリスクリス(リムリスの母)もいっしょだ。
「あの三人……」
案外仲が良かったらしい。
「まあ仕方ないか……」
リムリスが水蛇の牙の代金である銀貨四十五枚を手にした。
火の上級魔術師のカナイルナイの対価は、水蛇のペロペロ舌の銀貨一枚と両目の銀貨十枚と四牙の銀貨五枚で合計十六枚だった。前と違ってペロペロ舌の血抜きはできている。
カナイルナイがどうしてまだ花摘み娘をしているかというと、個人的な理由だった。
「カナイルナイ!」
リムリスが呼んだ。
もちろんそれは南の〝黒い森〟に行くためだった。
魔獣の世界で狩りを楽しみたいらしい。
(魔蛇のデロデロ舌が銀貨三十枚ですか……)
カナイルナイが掲示板の羊皮紙の文字を読んだ。
二人して、組合の酒場に消えた。
*
右手の指を押さえた少年カランドリスが、コカトリスの赤い目を懐に収納した。
何本か動かない指を治療してもらおうと、王都に来たのだがあいにく聖女は外出しているらしく、何の治療もされなかった。
「パスライ・リヴャンテリか……」
元王族の名を口にした。聖女と同じ奇跡を使えるらしい。旧王都であるリヴャンテリ市に向かうことにした。
望み薄だが、何をするにも指が動かないと支障がある。
「リムリスとファーウか……」
その名を口にすると、隣にいた妖艶な美女が少年の首を押さえた。
右の義手は魔法具らしく、力をかけていない。
「リムリスはどこにいる?」
燃えるような赤い髪と雪のような白い髪をした女が、右の義眼でカランドリスの心に訊ねた。
#1.高橋杉雄「ちょっと面白い研究があって、第二次世界対戦の前の各国が、それぞれの敵の力と味方の力を比較して、相対的な優劣を分析していたのかという研究があって、実はどこの国も敵の分析はしてるけど、味方の分析をしてなかったというのが明らかになったんですよ」
ANNnewsCH【地上波未公開】富野由悠季×高橋杉雄 ガンダムはなぜ戦争を描いた? 終戦の日対談(2023年8月14日)
https://www.youtube.com/watch?v=r8KRa2P9T9g&t=666s
『異世界兵站株式会社II』に続きます。
cf.
本作は『異世界兵站 (ロジスティクス) 株式会社』の神聖リヴャンテリ王国側の話です。
次作は『異世界兵站株式会社II』は帝国側の話です。




