64.通商会議(8)(R)
64.通商会議(8)
狼人のダリュースがその身を大きくした。基本的な魔法なのだろう。魔力も増大した。
昔鳥の一・五倍ほどになる。狼というより熊か壁だろう。
首のルヴュウが欠伸をした。見慣れているのだろう。
「もう一度言うけれど、ぼくは商売をしに来たんだが、それでもするの?」
「二言はない。王の裁決こそが正義だ」
「この通商会議こそ、魔王の決定だろうに」
「フッあんな者が魔王なものか!」
会議そのものに否定的なダリュースは、さきほどの昔鳥の魔法を見ていない。
「〈噬嗑が晋に之く〉」
昔鳥の魔法の枷が、ダリュースの足を捕らえた。
上経三十卦の第二十一番目、通称「火雷噬嗑」が下経三十四卦の第三十五番目、通称「火地晋」に之けば「校を屨みて趾を滅す」となる。
ダリュースの両足が枷で動けなくなってしまう。
だが一つになった足を、手と頭と背中を中心に蹴りを繰り出した。
その魔力に反応した者たちが、ぞろぞろと宴会ムードのなか表に出て来た。
「(カポエイラかよ!)〈噬嗑が――〉……〈火沢〉!」
昔鳥としては〈噬嗑が睽に之く〉と言いたかったらしいが、まで全てを思い出してないらしい。
感覚で中途半端な魔法を発動させると、ダリュースの鼻に枷がついた。
ダリュースが口で息をした。
「ちっ!〈噬嗑が離に之く〉」
上経三十卦の第三十番目、通称「離為火」が起動して、ダリュースの抵抗が弱まった。
「殺したのか!」
ダリュースを抱えるイヴァ・キィ・ル=ジュアリンが魔法を解くように言った。
「いや、多少の毒を盛られたていどですよ」
反対側のダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが強引に、昔鳥の魔法を解いた。二本あるうちのロープの長いほうを引いた。
「ウグッ!」
「あ、すまん」
よけい絞まった。
「短いほうです」
「なるほど」
トラックで夜逃げをするときに便利な結び方だ。まず解けない。
「テメエ!」
毒で動けないとしても、なお攻撃する体力は立派だが勝敗は決していた。
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが、ダリュースの顎に裏拳を打った。
軽く頭が回転して、そのままダリュースが倒れた。脳震盪だろう。しばらく動けない。
「カササギさん、遊興はほどほどに……」
「申し訳ありませんでした」
イヴァ・キィ・ル=ジュアリンが注意すると、昔鳥が素直に謝った。
狼人の随行人が、ダリュースの片足を引っ張って行った。医務室だろう。あるいは牢獄か。
「話がある」
アーダァ伯爵が昔鳥に耳打ちした。視線の先にダ=グリュヌ・アプラトゥヒンがいた。
*
集まったのは、昔鳥とアーダァ伯爵のほかにはレディ・リミャンスミャンとレディ・パキストラキストの四名だった。
対するは、イヴァ・キィ・ル=ジュアリンとダ=グリュヌ・アプラトゥヒン。それに狼人が二名、名前をダーダルスとパロネ。
パロネは女性なので、男性四名と女性四名である。
「エアー侯爵さまがおられないようですが?」
「あいすみません。あの方はいつもそうです」
パキストラキストが謝罪した。
「先に作戦を進めたということですか?」
「はい」
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンの質問に昔鳥が答えた。レディ・キロルテロルとレディ・フィルダティルダも同行するよう命じている。
「どういうことです。ダグ」
「この人たちは、売国奴です」
「……売国奴? 国を売る? なぜ?」
「財政的に限界なのでしょう。こちらに財務諸表があります。高く売れるうちに売るのが商売ですから」
「だからって敵国に売るなんて……」
「こちらとしては、戦争を終結させたという大義名分ができます。このまま精霊連邦を維持するとしても、この時期が穏当です」
「私を信じてついてきてくれた人たちを裏切るんですか?」
「裏切ったのは王国の代表です。ですから今回は、講和会議ではなく、通商会議なのです」
「勇者は? 勇者は了承しているんですか?」
「そもそも勇者は魔王討伐の後に処分される予定でした。暗殺を計画した者を逆に処分して、経済的に豊かな国を統治してもらえばいいのです」
「あの好戦的な勇者がそう簡単に了承するとは考えられません」
「ですから、帝国に対して、通商国家連合から『奴隷の解放』を求めます」
昔鳥が提案した。
「そんなことをすれば、精霊連邦が帝国と戦争になってしまう」
「精霊連邦が帝国に国境を接しているのは、南の〝黒い森〟だけ。それも魔獣の世界です。戦場は王国と帝国とが接している、旧王都リヴャンテリ市の東の山です」
「……キィ」
「何?」
「精霊連邦に反対している者を戦場に送ればいい」
「勇者が建国する新しいリヴャンテリ王国に反対する者も」
「帝国が勝つに決まっている。あの軍事力を知らない諸君たちではあるまい」
「帝国も不要な人員を送るだけだ」
アーダァ伯爵が本当のことを話した。
「……帝国にも話を通していると?」
「そう言ったが?」
「では、この通商国家連合は三国連合なのか?」
「いいえ、あくまで二国間です。帝国とは新王国が別に条約を締結します」
「それでその差額がそちらの利益という訳か。ではなぜこちらを好条件にする?」
「裏切り防止ですよ。キィ。儲かっているのに裏切る必要がない。あえて裏切るのであれば帝国も攻めてくるでしょう」
「精霊連邦の富が抑止力になります。また、帝国も軍事費を減らせられます」
「そんなうまくいくとは思えない。何か裏はないのか? 帝国が裏切って侵攻するのではないのか?」
「そうなれば、新王国は精霊連邦の力を頼るでしょう」
「いや今この瞬間に帝国が侵攻してきても不思議はないんだぞ?」
「ぼくの魔法を解析するのにあと三十年は必要だそうです。話半分として十五年は平和になります」
「その間に弱体するとしか思えない……」
「ですから、三国での平和維持作戦です」
「はあ?」
「〝黒い森〟に住むという飛龍を討ちます」
(本気で気が狂っている人だ……)
イヴァ・キィ・ル=ジュアリンは、昔鳥という人物を見誤っていた。




