63.通商会議(7)(R)
63.通商会議(7)
かつての勇者の心からの謝罪を、精霊連邦の代表たちが受け入れた。
代表のイヴァ・キィ・ル=ジュアリンが、上月の頭を上げさせその手を取った。ゆっくりした握手だ。副代表のダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが続く。
狼人二名が左右から上月の顔をペロペロした。親愛の情なのだろう。
ドワーフはそれぞれ腕を掴むと引っ張った。痛い上月は、腕相撲に変更したが一勝一敗した。
虎人・獅子人・雪豹人と、それぞれがその種族の習慣で身体の一部を接触させた。犬系の種族も続く。
上月だけでなく、アーダァ伯爵やエアー侯爵、それに四名の随行人も歓迎を受けた。
ただ、昔鳥だけには誰も近づかなかった。
あとで精霊たちに聞くと、恐ろしい魂を持っているので近よりがたかったらしい。
知ってか知らずか、昔鳥は会釈するだけだった。
ただ、雪豹の獣人ルヴュウだけは別で、昔鳥の首を舌でなめると片足を抱いて丸くなった。
遠巻きに見ていたエルフたちが、昔鳥に近づいた。
一種の避雷針らしい。
それ以後は畏れられることもなく、他と同じように昔鳥の身体の一部を接触させた。
狼人は雪豹人が恐ろしいらしく、昔鳥の手をなめるだけだった。
ドワーフが昔鳥の腕を掴んだが、軽く投げ伏せられた。
(合気道だ……)
上月が合気道を見たのは、友人に誘われた演武だった。
ムキになったドワーフが膝を軸に回転して立ち上がるが、同じように伏せられた。
もう一人が後ろから首を掴むが同じことだった。
昔鳥が首を傾けると、それだけで反転してしまった。
拳をつきあわせた虎人と獅子人がやってくると、ルヴュウが吼えたが、その頭を撫でて後方にいるように合図した。
「〝Lay on, Macduff〟」
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マクベス』の一節で「レイ・オン、マクダフ」(かかってこい、マクダフ)だが、誰も知りようがない。
だがそれが、戦いの合図だと理解した者たちがいっせいに昔鳥に襲いかかった。
心配そうに見ていたルヴュウだったが、すぐに笑い声を上げた。
昔鳥の身長は一五九センチメートルで、精霊たちからしたら一ひねりだと思っていたのだろう。
鉄拳はさけられ、剛脚はいなされ、翻弄され、ついにはすべてが倒れてしまった。
「合気道ですか?」
「違うよ。身体に魔法を流してみた。合気は術だけれど、これは真似しただけの偽物」
上月の質問に昔鳥が言葉を返したが、答えになっていない。
「俺もできますか?」
「魔術で代用したらどうかな。これはぼく独自のものだから、再現性がない。教えられない」
「そうですか……」
前にも教えてくれと言っていたが、根本的に違うらしく同じようにはできないらしい。
「収斂進化を覚えているかい?」
「魔術師は魚類ですね……哺乳類ではなく」
「どちらかといえば、逆だよ。魔法のほうが古典だから。洗練された高等魔術を使えば、たぶんこれ以上になるはずだよ」
「想像できませんよ」
「まずは真似することだね」
「真似の真似ですか?」
「そう。薄皮一枚の差っていうヤツだよ。漆塗りのような。日々の鍛練が大切だと宮本武蔵も言っているし」
「……」
「若人がそう悲観することはないさ。――おっと」
背後からの攻撃に体を替えた。足下にいたルヴュウの上に落ちそうになるが、見事に蹴られて壁に激突した。
「呼んでいるよ」
昔鳥が視線を移した先に、美しいエルフの女性がいた。
「……ダンスですか?」
「楽しむといい。ぼくは小猫と戯れることにする」
ルヴュウの首をつかむと軽く肩に乗せた。魔法でも使っているのか、一七〇センチ以上あるルヴュウが小さくなり、マフラーのようにからみついた。
昔鳥が「外の風にあたってくる」と席を外した。
「よろしくお願いいたします」
上月がエルフの女性の手を取った。
*
表に出た昔鳥だったが、先客がいた。
「いくつか質問がある」
狼人の随行人のダリュースだ。
「非公式に、ですか?」
「もちろん」
「ざっと予想される質問三つ。どうして王国に有利な条約にしないのか? どうして我々を滅ぼさないのか? どうしてお前は王にならないのか?」
「切れ者というのは本当だったか……どうしてなんだ?」
「質問をするには、まず自分で考えることですよ。仮説は? ダリュース」
ダリュースが首のルヴュウに視線をやるが、眠っていた。
「ダァでいい。どうして王にならない? その力も資質もあるだろう。知恵もある。争って奪えばいい。それだけの強さがある」
「価値がない。今のこの世界は手に入れるほどの価値がない。瀧本哲史先生に『先生が考える理想の社会とは何か』と質問したことがある。瀧本哲史先生は『各人の自由な意思決定の総計が社会になっているのが、理想で、誰かに従う社会が望ましくない社会』と答えてくれた。翻って、この世界は『誰かに従う社会』だ。瀧本哲史先生の、そしてぼくの理想の世界とは言えない」
「フフフ。王になるには、その理想の社会を現実にする必要がある……という訳か。ふむ……でもそうなったとしても、お前は王にはならないのだろう。……『各人の自由な意思決定』か……反吐が出る。戦争がなくなれば、また種族間で諍いが起こる。調停役のエルフは君臨し、俺たちは駆け回る。諍いはなくならない。だからこそ、強い王が裁決すべきだ」
「強い王が賢いとは限らない。誤ったことを決めるかもしれない」
「王の裁決が正義だ」
「正義は時代や場所や種族で変わる。本質ではない」
「説教は不要だ。カササギ。俺と決闘しろ!」
「商売の話をしに来たのに……」
昔鳥が溜息をついた。




