62.通商会議(6)(R)
62.通商会議(6)
この世界に〝巻き添え〟で召喚された昔鳥が提案したのは、過去の精算ではなく、新しい復興の道――異世界兵站株式会社による、神聖リヴャンテリ王国と精霊連邦との通商国家連合の設立だった。
謝罪と賠償を完全に無視した神聖リヴャンテリ王国通商代表部の態度に精霊連邦の代表たちは怒りを顕にした。
昔鳥の言に従うなら「通商国家連合は法の支配による。法の支配とは、通商国家連合に参加する国家の根本法である憲法による支配だ。恒久の平和を理想とし、尊厳と自由と平等を与える。生命と権利を尊重する」と条約に定められるという。
そして、リヴャンテリ帝国にいる奴隷の解放を約束した。
だが、しかし……。
「その奴隷って、略奪した王国が売り飛ばしたんですよね?」
美しく白い手を上げたのは、雪豹の獣人ルヴュウだった。
「はい、そうです」
昔鳥が事実を認めた。王国が頑なに否定してきた事実を。
「そんなことは聞いてないぞ」
勇者改めフーコー公爵上月がエアー侯爵の向こうにいる通商代表である昔鳥の顔を見ながら聞いた。
「知らされていない。だから、グラスノスチ――ロシア語でいうところの情報公開だ」
一九八六年のチェルノブイリ原子力発電所事故で情報が遅れ、深刻な影響を及ぼした。情報こそ生命線だということを人類は認識した。
「王国は何をやったんだ?」
「それを今、聞くんですか?」
微笑のルヴュウが手を差し伸べた。嘲笑より憐憫の情が強い。
「ぼくから説明しよう。……上月くん、前に『おバカなポーランド人』の話はしたよね?」
(ポーランド人?)
二人以外には知らない国の話だった。
「ええ。覚えています。ナチスによってポーランド人がおバカになってしまったんですよね」
「世界観戦争というのは?」
「なんとなく……」
「絶滅戦争は?」
「ええ。ナチスがポーランド人を絶滅させようとしたんですよね」
「うん……ポーランド人だけじゃあないけれどね。スラヴ民族を根絶やしにする予定だったんだ」
「スラヴ民族?」
「インド・ヨーロッパ語族のなかでもスラヴ語派に属する人たちだ。代表がロシア人だね」
「はあ……」
「ロシア、ベラルーシ、ウクライナが東スラヴ。西スラヴがポーランド、チェコ、スロバキア。南がブルガリア、クロアチア、セルビア。だいたいこんな感じかな。いちおう言っておくと、ユダヤ人というものは存在しない。ユダヤ民族は存在するけれど。つまり、人はその国に属している。ロシアは多民族国家だから、ロシア正教を信じているロシア人が多いけれど、イスラム教徒や、仏教を信じている民族もいる。逆に民族は人種や国に依存しない。たとえば、外国人が日本に住んで日本の風習に従って生きている場合でも、日本人にはならない」
「そりゃそうです。外国人だもん」
「では、その人が日本国籍を取得したら?」
「日本人です。――ん?」
「日本国籍の人が日本人。では、日本民族とは?」
「国籍に関係がない? うーん。……民族ってなんです?」
「そっからか。ここでは文化を共有する人たちと定義しよう。言語や習慣、宗教などかな」
「じゃあ、さっきの外国人は日本民族ですね。……日本民族? 日本人って民族一つでしょ? だから日本人なのでは?」
「まあ大和民族と呼ばれているね。琉球やアイヌは?」
「あっ! えっ?」
「琉球民族は大和民族の支族と考えられている。支族は枝分かれした――」
「――分家ですか?」
「そう」
「あーうち分家なんで」
「そう。……で、アイヌは、アイヌ民族は大和民族や琉球民族とは別の民族なんだ」
「あーそれで迫害された?」
「まあね。今では純粋なアイヌ民族は、どうかなあ……」
「北海道にいるかもしれませんね」
「あるいは、東北の秘境に」
「東北? 東北にアイヌ人がいたんですか? ――あっアイヌ民族」
「いたよ。東北には他にも蝦夷がいた。アテルイとか聞いたことない?」
「ないですねえ……」
「坂上田村麻呂は?」
「なんとなく……」
坂上田村麻呂は清水寺を建立したことでも知られている。
「征夷大将軍」
「ああ……徳川家康」
「そう。征夷の『夷』は蝦夷を意味する。蝦夷を征伐する大将軍が本意」
「征伐されちゃったんだ……蝦夷」
「実際には同化したというのが正しいかもしれない。大和民族に吸収されてしまった」
「文化が消えちゃったのか……」
「そういうことだ。他にも隼人がいる」
「ああ薩摩隼人?」
「そう、今の鹿児島県の西だね。東の大隅半島には大隅隼人もいた。他には熊襲もいたな。日本武尊は知っているだろう?」
「ええ。クマソタケルから名前をもらったんですよね。女装して宴会の最中に騙し討ち……ひっでえなあ……」
「まあ英雄には違いないよ。さて、本題だ」
昔鳥の言葉に、上月が背を正した。
「戦争に負けるとどうなる?」
「……」
上月が涙ぐんだ。
「ごめんなさい」
かつての勇者が深く頭を下げた。
神聖リヴャンテリ王国通商代表部一同がそれに続いた。




