61.通商会議(5)/異世界兵站(ロジスティクス)株式会社)(R)
61.通商会議(5)/異世界兵站株式会社
神聖リヴャンテリ王国通商代表部が精霊連邦に通商条約の文書を手渡したことで、勇者上月の役目は終えた。
責務から解放された思った上月だが、新たに大公閣下からフーコー公爵として叙爵された。フーコーは漢字で「光風」と書き、「雨上がりに陽をあびた草木に吹く風」を意味する。
命名はもちろん昔鳥だ。
「フーコーって、人の名前じゃあないんですか?」
上月が、休憩時間に本人に確かめた。
「正解。哲学者のミシェル・フーコーが有名だけれど、この場合レオン・フーコーだね。物理学者の。フーコーの振り子を考案した。それで、この星が自転していることが分かった」
「それといっしょにするなんて……」
「光と風の魔術によって停戦できたからその分もあるけれどね」
「それこそ俺には関係がないじゃあないですか」
「名誉は他人から与えられるものさ。中身は自分でつくればいい」
「簡単に言いますね」
「……中島敦の小説に『光と風と夢』というのがある」
「どんな内容なんです?」
「忘れてしまった……。忘れてしまった。けれど、一節だけ覚えている。『昔、私は、自分のした事に就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、何時も後悔を感じていた』」
「ふう……あなたが助けてくれたことには感謝します。けれど恩を返せそうもありません」
「返さなくていい……」
「えっ?」
「……恩は返さなくていいと言ったんだ。ぼくに返す必要はない。他の人に返せばいい」
「そんな格好つけないでくださいよ。……結局、どうあってもあなたを好きになれません」
「気にしなくていい。あの時といっしょ。ただの気まぐれさ」
「……カササギさん。あの時、お酒飲んでましたよね?」
「地球のことは思い出したくない」
「……そうですか」
「ふう……会議に戻ろう」
「えっ? 渡して終わりでは?」
「アレは提案書だよ」
「……あのお……」
「人質だね。ぼくたちは」
「ですよねえ……」
*
緩衝地帯をどうするか、まず話し合われた。
神聖リヴャンテリ王国通商代表部が指定した場所は、かつて昔鳥が作戦会議で再考を願い提案した回廊とも言える峡谷だった。
通商代表部と銘打っているが、実際は停戦のための外交官だった。自国の有利になるように駒を進める。
精霊連邦は意外にもそれより深い広い荒野を指定した。
「地雷原になります」
そのぶん王国に有利に思えたが昔鳥が否定した。
「ではこの回廊峡谷で」
見透かされた精霊連邦の代表のイヴァ・キィ・ル=ジュアリンが提案を翻した。
(頭が痛い……)
光の魔術でエルフ語を強制翻訳していた上月が額を押さえた。
同じ痛みがあるはずの昔鳥は眉間に皺をよせながら思考していた。集中力で痛みを感じていないらしい。
(好きなことをしていると時間が経つのを忘れるようなものか……しかし、すごいな)
次の議題は精霊連邦に対する賠償金と、強奪した資産の全額返却とそれに対しての金利だった。
「賠償金および資産の返却はこれを行わない。ならびにその金利も全額支払わない」
文書の文言どおり昔鳥が提案した。何度も書いているので暗記しているらしい。
「ふざけるな!」
怒鳴り声が重なった。
(むちゃくちゃだよ、カササギさん)
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが片手を上げると、すっと声がおさまった。
(どんだけ魔力あるんだよ……)
副代表の総魔力量は勇者のそれを凌駕していた。
「過去の精算は意味がない。――新しく戦後復興基金を設立する。その出資をもって兵站会社を設立する。仮にその会社を『異世界兵站株式会社』と名づけよう」
「何をする気だ?」
ダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが問うた。
「神聖リヴャンテリ王国と精霊連邦による通商国家連合の設立だ」
静寂。
昔鳥が水を一口飲んだ。
「通商国家連合は法の支配による。法の支配とは、通商国家連合に参加する国家の根本法である憲法による支配だ。恒久の平和を理想とし、尊厳と自由と平等を与える。生命と権利を尊重する」
(日本国憲法?)
「まずは、リヴャンテリ帝国にいる奴隷の解放だ」
昔鳥の宣言に、それまで静かに聞いていた美しい雪豹の獣人が手を上げた。
「その奴隷って、略奪した王国が売り飛ばしたんですよね?」




