60.通商会議(4)(R)
60.通商会議(4)
勇者上月がメイドに傅かれて沐浴していた。
(どうにか終わった……)
ダンスだ。
(剣より緊張した……)
もし「足を踏んで相手が倒れたりしたら、外交問題になりますよ」と脅されれば慎重にもなる。
「午後からは最終チェックです」
パキストラキストは容赦なかった。
総テキストは当初の十倍、約一〇〇〇ページにもなっていた。
昔鳥はこれを削って二十条から三十条ほどにまとめる作業に入っていた。
仕上がれば二十ページほどになるらしい。
いちおう上月が分かるレベルにまでなっていた。
これを王国の民が分かるか疑問だった。
「魔族の言葉って? 翻訳とかどうするんです? ――ってか、通商会議って通訳つくんですよね?」
「光の魔術があるので問題ありません。それに、あなたとカササギさん以外は自然です」
「……魔族の断末魔の言葉の意味も?」
今もまだ耳に残っている。
「どの種族も似たような意味ですよ?」
パキストラキストは書類から目を逸らさなかった。
「これが終わったらどうなるんですか?」
上月が話題を変えた。
「特命全権大使を派遣することになります」
「大変ですね……」
「他人事のように言いますね?」
パキストラキストが顔を上げた。目が合う。
「えっ? 俺? とても俺に務まるとは思えないけど」
「ですが、本国に帰るより安全です」
「(『走狗烹らる』……)勇者は引退か……」
上月が窓を見た。外には豊かな大地が広がっていた。
「いっぺんにお爺ちゃんになったみたいだ……」
「でも、モテますよ?」
「魔族にモテても……」
「そうですか? 貴族には魔族好きも多いですから」
「ふーん……」
*
神聖リヴャンテリ王国の王都から早馬車で十日間。着いたのは魔族の古城だった。
崖の先に城があるのだが、どう基礎が成り立っているのか皆目見当がつかなかった。
たぶん魔法で補助しているのだろうが、上月が知る限り王国では失われた技法だった。
「着きましたよ」
青い菫が一面に咲いていた。
「……花言葉は確か『愛情』……それに『用心』だったか。なるほど」
そう言う昔鳥の目の下には隈ができていた。
「カササギさん」
久し振りに会った。
「ああ……元気そうだな」
「ええ、お陰さまで」
穏やかな雰囲気はいつ以来だろう。上月は覚えていない。
美しいエルフ二名が挨拶した。
「お待ちしておりました。神聖リヴャンテリ王国通商代表部の皆さま。わたくしは精霊連邦の代表のイヴァ・キィ・ル=ジュアリンです」
「同じく副代表のダ=グリュヌ・アプラトゥヒンです」
(耳が長い……本物のエルフだ……)
地球では空想の生物であるエルフの何が本物か理解できないが、少なくとも上月は美しさに見蕩れてしまった。
「――」
昔鳥がエルフの言葉で通商代表として挨拶したあと、通商副代表のアーダァ伯爵とエアー侯爵を紹介した。
「――」
エアー侯爵が上月を紹介した。
「上月です」
随行人の紹介はなく、奥に通された。
*
魔族は自らを精霊と呼んでいた。種族によって国が分かれ、連邦国家を形成しているらしい。もっともヒトが攻めてきたので、呉越同舟となったらしい。
会議室というより迎賓の広間に四名が着座した。随行人四名は後ろに控えている。
飲み物は透明なグラスに水が注がれていた。
上月が口にしたが、味がなかった。純水だった。
副代表のダ=グリュヌ・アプラトゥヒンが代表の精霊たちを紹介したが、どの名前も上月には聞き取れなかった。
代表と副代表は、先ほどのエルフ二名。
狼人が二名。
少し離れて、ドワーフも二名。
あとは獣人もいた。虎、獅子、雪豹……。猫系のほか犬系も多い。シベリアン・ハスキーのような獣人が目立っていたが、柴犬のような小さい種族もいた。
(ちっちゃい……)
上月の腰のあたりまでしかなかった。
一際美しかったのは、スノーレパードの女性だった。
(ルヴュウとか言ったっけ……お目当てはカササギさんか)
瞬き一つせず、昔鳥をうっとり見つめていた。
視線が気になった上月が精霊側の随行人の一人と目があった。プラチナブロンドの髪をした女性のエルフだった。美しい緑の瞳に吸い込まれそうになる。
「勇者コウヅキ?」
「えっ? あっはい」
二通ある文書の署名だ。
「待て!」
漢字で「上」と書いた瞬間に、昔鳥が怒鳴った。
「『上月』とだけ自署しろ」
「あっはい……」
つい下の名前まで書いてしまうところだった。
漢字で「上月」と書いた。
昔鳥の名前に注視すると王国用は王国語の綴りで、精霊連邦用はエルフ語で書いていた。
上月は両方に同じ漢字を書いた。
(こう見ると漢字ってシンプルで美しいな……)




