6.召喚(1)(R)
6.召喚(1)
深夜の地下街をひとり上月少年が走っていた。学生服の二の腕の部分が破れて、血が流れていた。
「信じられない……」
声に出したが、速度が落ちる。
(なんなんだアレは)
犬というには大き過ぎた。狼としても、体長が二メートルある個体はいない。いても一六〇前後だろう。
閉じられたシャッターが走る勢いでガタガタと揺れた。
PCケースを肩にしたスーツ姿の昔鳥が飲み終えたカップ酒のグラスをゴミ箱に入れた。
走ってきた上月をかわす。
上月が角を曲がってすぐの階段を上った。
地上に出ようとするが深夜なので閉鎖されていた。
「なんてこった……」
「あっちだ」
昔鳥が指を差したのは、上月が走ってきた方向だった。
「ダメだ」
「じゃあ、向こうだな。一七〇……」
角度を一三五度ずらして指差すと、上月の頭を見た。
「一七七だ! どうしてこんなときに身長を聞くんだ!」
「歩いて百七十五歩。走って九十歩くらいかしら」
「何?」
「この角度にある」
その方向には、閉じられたシャッターしかない。
「こっちに二十四歩。あの角を右に十七歩。で、左に……」
「――四十九歩だ! 分かったありがとうおっさん!」
「昔鳥だ」
「俺、上月初、上の月に最初の初め――って、カササギさんも逃げろ!」
「ぼくはいいよ……」
「昔鳥さんには見えないのか……ええい! 先に行く!」
「じゃあね。上月初くん」
昔鳥は三本目のコップ酒を開けると、キャップと蓋をゴミ箱に入れると階段のほうに移動した。
「満月か……」
階段は折り返しになっていて外は見えない。
何かが走ってくる音が聞こえた。
(四足歩行……犬?)
足音が変化した。
(人間か……とすると二人? いや――)
「失礼ですが、少年を見ませんでしたか?」
ネクタイをしたスーツの男性だった。身長は一九〇以上あるだろう。
「さあ……酔っていますからねえ……」
低い身長の昔鳥だが階段を三段上がっているので、顔の位置は同じくらいだった。
「剣道部の主将で、身長はコレくらいで――」
男性が喉のあたりに手をやった。
昔鳥が酒を男にかけると、水月に二本貫手を入れた。
息を吐いているときに酒をかけられては、無防備になるしかない。
突くより早く左手を抜くと、昔鳥が走り出した。PCケースを押さえる。
(血の匂いがした。上月くんを追っていたのはコイツか……)
「電気を消せ!」
とたんに真っ暗になった。
昔鳥が目を瞑った。
二十七歩目で右に曲がった。
「こっちだ! 男に見られた!」
前方から上月の血の匂いが漂った。
昔鳥との間に〝なにか〟がいた。
横を走り抜けるタイミングで、手刀を首に――入らない!
見えていたらしい。腕を掴まれた。
引き寄せられる力に加速して、昔鳥が腕にそって四本貫手で喉を突いた。
走ってきた反動もあり、きれいに決まった。
倒れる。
「生成か?」
起き上がって〝なにか〟の顔を手で確かめた昔鳥が呟いた。生成は能面の一種だ。
「誰だ?」
「さっき会った」
「えっ! 誰?」
動けないまま〝なにか〟の牙が大きくなっていた。
(殺めたくはないが……)
暗闇のなか、頭に手を回すと一気に捻った。
骨の砕ける鈍い音がした。
「だから――」
「――音を出すな。せめて黙っていろ。見えてはいないだろうが、匂いは〝みえて〟いる」
「だって――」
小声で言うが、反論する。
「――来た。バカめ」
暗闇に足音が響いた。




