57.通商会議(1)(R)
57.通商会議(1)
昔鳥が発起人となり、魔王国との通商会議が行われることになった。
通商会議という名目に、王侯貴族の多くが反発した。
「どうして停戦会議でも講和会議でもなく、通商会議なのか!」
アース公爵の陪臣クロド侯爵が異議を唱えた。継戦派の最大派閥だ。
講和会議は終戦後の平和の回復を意味する。通商会議は、はっきり言えば貿易や交易についての会議だ。外国との商取引の会議を意味する。
「そもそもカササギなる人物は、敵前逃亡を謀った戦争犯罪人ではないか。どうして罪人の言に従わねばならぬのだ!」
「通商会議において議決権がある者は三名です。発起人カササギ氏、およびアーダァ伯爵ならびにエアー侯爵です。随行人として、アーダァ伯爵第四子レディ・キロルテロルならびに陪臣男爵第二子レディ・リミャンスミャン、およびエアー侯爵第一子フィルダティルダならびに陪臣子爵第四子、わたくしパキストラキストの四名が認められています」
「宮廷魔術師はどうした! そもそも大公閣下に議決権がないとはどういうことだ!」
「大公閣下におかれましては、戦争犯罪の被疑者となっております。クロド卿、あなたも戦争犯罪人として起訴される予定です」
「何を言っている? 不敬だぞ!」
「証拠ならこちらに。すでに卿の貴族特権は停止されています」
公文書らしく羊皮紙ではなく紙で書かれた資料があった。
「ふざけるな! 貴様なんぞ今すぐ奴隷にしてやる!」
「おい!」
パキストラキストの右手が上がると、親衛隊二名がクロド侯爵の両腕を掴んだ。
「わたくしも貴族の端くれですから、さきほどの発言は不敬罪にあたります。残念ながらあなたの不逮捕特権は停止されています」
「――〈噬嗑が震に之く〉」
昔鳥がそう言うと、クロド侯爵に首枷がかけられ耳がかくれた。
「なめるな!」
土の上級魔術は物質そのものを変化させる。
親衛隊が突き飛ばされた。
「罪人には罰を与えねばならぬ!」
首枷を兜に、きらびやかな服装が一瞬にして鋭利な鎧に変化した。
「公務執行妨害の現行犯です」
親衛隊が集まった。
「お前たちごときが――」
昔鳥が「〈噬嗑〉」と唱えると、元の形状に戻った首枷がクロド侯爵の頭と両足を枷で一つにした。
「うが!」
床に転がった。手は腹に隠れて動かせない。
上経三十卦の第二十一番目、通称「火雷噬嗑」は和を妨げる者に懲罰を加える。〈噬嗑が震に之く〉なら、まだ他人の罪だが「火雷噬嗑」ともなると極刑は覚悟しなければならない。
「連行しろ」
「はっ!」
丸くなったクロド侯爵を四人がかりで退場させた。
「……ちと、やりすぎでは?」
白髪の老人が誰に言うでもなく呟いた。空間の上級魔術師カサマタサマだ。
「ご自身にも火の粉がかかると?」
パキストラキストが言葉を返した。
王侯貴族のすべてが実利を得ていた事実を否定できない。
「……カクナロクナよ。何を考えておる」
「勇者にも議決権を与えるべきかと」
ロマンスグレイの闇のカクナロクナの意見は正当なものだった。
「勇者コウヅキ氏」
「俺は魔王を斃すようカクマリクマに召喚された。カササギさん、あんたは俺を助けると言いながら、より多くの人間を傷つけているんじゃあないのか? 少なくとも俺は、あの婆さんには世話になった」
胸をはだけた貴族の平服に、儀礼用の剣を腰に佩いた上月が質問した。
「当初のぼくの要求は三つだった。一、コウヅキくんとぼくの身の安全。二、温暖な土地での平穏な暮らし。三、ヴィヴの下賜。――逆から。三、ヴィヴは自分で隷紋を解呪した。ヴィヴは好きに生きている。二、平穏に暮らすには、一をクリアする必要がある。あなたとぼくの身の安全だ」
「あんたに守ってもらうほどヤワじゃあない。自分の身は自分で守れるよ。子供じゃあない」
「勇者は使い捨てだよ? あなたが魔王を斃したら、暗殺される予定だった。アース公によって」
「本当なのか?」
「二十年から三十年毎に魔王が復活しています。そのたびに勇者は召喚され、討伐後、数年以内に亡くなっています」
「本当なのか、と俺は聞いている」
パキストラキストに、上月が確かめた。
「『狡兎死して走狗烹らる』――兎が死ねば、猟犬は殺される」
昔鳥が歴史的事実を述べた。
「たまたまかもしれないだろう?」
上月が王宮のテラスの向こうを見た。鳥が飛んでいた。
「偶然かもしれませんね。魔王国侵攻から百五十年、直近の勇者アルチュールさまの娘が、アーダァ伯爵の御母堂さまです」
(アルチュール……フランス系のアーサーか……)
「俺は当事者だ。参加させろ」
「会議場での武装は――」
「――しねえよ。平和になったんなら、それはそれでイイじゃあねえか……カササギさんはそれでイイのか?」
「上月くんは『暴力では何も解決しない』と考えるかい?」
「それはそうでしょう」
「では、どうして暴力で解決しようとするんだい? そんな顔をするなよ。いじめている訳じゃあない。ロバート・A・ハインライン曰く、暴力は多くの事件を解決してきた歴史がある(#1)。これが事実なんだよ。暴力でぼくたちは解決してきたんだ。それを踏まえた上で、暴力ではなく通商で解決しようとぼくは提案している」
「貿易で解決できるんですか?」
「話し合う価値があると考えている。少なくとも暴力よりはマシだろう?」
「俺には分かりません。ただ、王国の民が蹂躙されている現実がある」
「上月くん」
「なんです?」
「自分の目で見たのかい? その現場を。事件だとしてその調書を読んだかい?」
「……婆さんに案内されましたよ。現場だったところを。血が残っていた」
「それは本当に――」
「――もういい。婆さんに騙されたとしても、正しいことをしていると俺は思っていた。それが正しいと信じていたんだ」
「過失がないとはいえないが、少なくとも故意ではない?」
「どうせ確かめなかった俺が悪いって言うんでしょうよ」
「無理だろう。あなたは子供だったし、ぼくが眠っているあいだに洗脳されてしまった」
「……婆さんを殺していいか? そこの魔術師もグルなんだろう?」
腰の儀礼剣でも首を落とせる技量があった。
「証人だ。あちらさんにも見せる必要がある」
「商売か……」
「殺し合いよりはマシだろう?」
「まあな。あんたに任せる」
#1.「暴力、むきだしの力は、歴史におけるほかのどの要素にくらべても、より多くの事件を解決しているのだ。この反対の意見は、それらの事件の最悪状態における希望的観測にしかすぎないのだ。この根本的事実を忘れた種族は、人命と自由という高価な代償を払わされてきたんだぞ」
ロバート・A・ハインライン、矢野徹訳『宇宙の戦士』(早川書房、一九七九年)




