54.隠密作戦(4)(R)
54.隠密作戦(4)
昔鳥が辞めるのは確定していた。
ハーフエルフの祭司のクリーアンが仕事を覚えるのに三日もかからなかったことも影響していた。
臆病と呼ばれるほど慎重なタイプだと自覚していたが、昔鳥の仕事に比べるとまだまだだと自覚できた。
同時に異世界の兵站の何たるかを実感していた。
最後に帳簿の話になり、昔鳥がふつうより高い支払いを受けているのを引き継いだ。
倍額近い。
それはクリーアンが了承した金額であり、あり得ない金額だった。
(結局のところ、勇者チームのリーダーはカササギさんだったのか……)
作戦立案から撤収まですべてが想定内だった。
勇者上月のわがまままで、計算されていた。
それだけ魔族の調査もしているということだった。
このまま三か月、クリーアンが実践慣れするまで問題ないように思えた。
だからこそ、あっさりと辞める理由も分からないではないクリーアンだった。
次に何かをする予定なのだ。
昔鳥本人は平穏な日を望んでいるが、世界はそれを許さないだろう。
となると、この戦争自体を終わらせる必要があった。
魔王を討伐できるかというと、可能だろう。
ただ、それは王国の滅亡と同義語になってしまう。
今のまま魔族の財産を奪い、王国を豊かにするのであれば、魔王の死によって供給が絶えることになる。そうなれば、王国自身の財政が破綻してしまうだろう。
クリーアン宛の書類には、はっきりとそう書かれていた。忌憚のない言葉は昔鳥の性格そのままだった。
魔王の拠点である次の城を前にして、昔鳥は去り、ヴィヴもまた奴隷から解放され、消えた。
*
上月の決断から城に王国の兵を入れた。
財産が王国に運ばれ、豊富な食料にその夜は宴会となった。
周囲を警戒しているが、敵の姿はまったく見えなかった。
次の砦まで魔族は一匹たりともいなかった。
上月がつい飲み過ぎて寝てしまった。
たいして敵と遭遇していない。
勝利の美酒とはいかないようだ。
クリーアンが城の図書館に入った。
夜に手元の灯一つなので、静かで不気味だった。
壁にある緑のシェードがある灯に火をつけた。
やわらかな光が館内を照らした。
魔族も眠れない夜があったらしい。
一冊手に取ると、表紙の革がポロポロと手についた。
年代物の資料を開くと、魔族語で書かれた数式が並んでいた。高等魔術を解説していた。
馴染みの土の魔術の項目を開くと、見知った数式が書かれていた。
博識のクリーアンは魔族語が読める。
かつて習った通りの、呪文が並んでいた。
人も魔族も魔法の体系はほとんど同じだ。
言葉は違うが魔因に魔素を反応させる点で変わらない。
それでいて、ヒト族では失われた錬金術がまだ生きているらしい。
とはいえこの資料は古い。ただ、百年ほど前まであったらしいことは確認できた。
上下巻になっているらしく隣にある同じ装丁の資料を手にすると、あてがわれた自室に戻った。もちろん火は始末してある。
*
魔族の資料によると、ヒトと同じくやはり貴金属の錬成はできないらしい。ただ、ヒトを使った延命の方法が書かれていた。
(〈賢者の石〉か……。誰も考えることは同じか……たぶん……)
そこから怪しい記述が増えていた。たぶんだが、著者は〈賢者の石〉を錬成できなかったようだ。
「聞いておくべきだったなあ……」
カササギさんなら知っていたかもしれないと考えるクリーアンだった。
*
城を最前線にしたことで、勇者チームは休暇になった。物資の搬入はなかったが、人が足りないのだ。この城までの兵站線があまりに細く長い。
何年も籠城できるだけの物資はあったが、それを管理する人が足りなかった。
金銀財宝が馬車で運ばれたが、まず貴金属は重いのだ。金の密度はグラム当たり一九・三二立方センチメートルなので、概算として水一リットルの体積が一九・三二キロの重さになる。
たとえば、七五〇ミリリットルのワインボトルが十二本一ケースで九リットルになるので、同じだけの大きさが一七三・八八キログラムある計算になる。財宝を三ケースも積むと馬車は積載量に達してしまう。
空荷に見えて案外動きが遅い。
それを守るとなると、警護も同じだけ遅くなる。兵士の疲弊は歴然としており、交代の人員もままならない状態だった。
それから二日間、いっさいの戦闘がなかった。




