52.隠密作戦(2)(R)
52.隠密作戦(2)
臆病なクリーアンが到着したのは、メリアが薔薇の花のような雲の狼煙を矢で作ってからわずか三時間ほどだった。
土の上級魔術師らしく、地面を上下させて波乗りのように一枚の大きな葉に乗ってやってきた。
「まるで達磨だな……」
絵の題材に「蘆葉達磨」(ろようだるま)がある。そこから樋口一葉が筆名にした。もっとも一葉の場合お足がない(金がない)=手足がない達磨という意味だったらしいが。
「ダルマとは? ああ私はクリーアンです。『臆病なクリーアン』と呼ばれています」
「ぼくは昔鳥です。勇者チームの輜重係です。――ダルマはぼくがいた世界の人で、一枚の葉に乗って海を渡ったという人です」
「水の魔術師ならできそうですね」
「たぶん。……クリーアンさんは、メリアのお知り合いだとか?」
「……ええ。生まれたときから。何十年か前の悪戯を叱ってから会っていませんが」
メリアが、昔鳥の背から顔を出した。
「ごめんなさい」
「いいよ。メリア。過ぎたことだから」
臆病なクリーアンは二百代後半らしいから、二十代後半といったところか。昔鳥より若い印象だった。
「勇者コウヅキさんは?」
「戦っています。隠密作戦だというのに……」
「土で防御ですか?」
「主に穴埋めですね」
クリーアンが黙ると、状況を観察した。
(酒保商人は旧王族のヴィヴですか……。勇者と二刀流の剣聖と火の上級魔術師ならバランスは悪くない)
昔鳥が提示した報酬は、前に王国から提示された金額の倍だった。
(それだけ困っているということなんでしょう……カササギさんの言い方は直球すぎる)
「じゃあわたし行くね」
メリアが、勇者たちが戦っている場所に向かった。
ヴィヴが昨日、傷ついたバジリスクの革鎧を補修していた。
クリーアンが風の魔術で、静寂にさせると作戦の詳細を聞いた。
*
昔鳥の計画は簡単だった。
「緩衝地帯ですか?」
「そう。魔王国との間に広域の緩衝地帯をつくって、戦闘を制限する。逆に交易をすすめる。そもそも王国が侵攻する意味はなかった。内政を押さえられない大公閣下が悪い」
「言いようですね……だが、実際に王国が豊かになったのは事実です。それは疑いようがない」
「侵略した地域の物資を無料で使っているだけにすぎない。王国信用銀行証券という軍票を発行して、徴発している。その分の金は地域が負担している。そのインフレから、侵略を続けるしかなくなっている」
やり口はナチスそのものだった。
「インフレ、ですか?」
「物資が足りず、今までの金額では買えなくなっている」
「……その不満を魔王国の責任に?」
「そういうことだよ。自国で国民を養えなくなったので、戦争で物資を奪い、国民の数を減らしているのが現状だ」
「……いやでも、それでは緩衝地帯をつくったとして、意味がないのでは?」
「両国とも一息つく」
「でもそれは新たな進軍を約束するものでは? より強固な軍隊をつくることになりますよ?」
停戦は大いなる戦争の前触れに過ぎない。
「強大な軍隊はその力ゆえに進まなければいけなくなりますよ?」
繰り返した。
「それを押しとどめるべく、隠密で地理を調査している。どこが緩衝地帯として適切かを」
クリーアンがぬるくなったビールを口にした。菜食主義者も酒を好むらしい。それにビールは植物系だ。
「私は理解できますが、王侯貴族は納得しないでしょう」
「だから、一時的に膠着状態を形成する必要がある」
「どうやって?」
「光の魔術師キロルテロルと風の上級魔術師フィルダティルダを使った。内容は忘却の魔術さ」
「最強と裏切者ですか……なかなかに魅力ある人選ですね。おいそれと思いつきません」
クリーアンが風の魔術でビールを冷やした。
「とうぜんのことながら、魔王にも使者を送っているのでしょう? どなたです?」
昔鳥がビールのグラスを差し出した。クリーアンが冷やしてやる。
「……この人選ですと裏切りのエアー卿? 二人の親という意味では、アーダァ卿か、またはその二人……。アース公を失脚させたあなたなら、国王にもなれたのでは?」
「柄じゃあない」
「でしょうね。知力はあっても政治には向いていませんから」
事実を淡々と述べた。
「ヴィヴを……〝名前を消された元王女〟を欲したそうですね。王国の中興の祖となるおつもりですか?」
昔鳥とヴィヴの子なら、王国の正当な後継者を名乗れる。
「それは勇者に譲るよ。ぼくは平穏に生きたいだけだ。惚れた女と」
「……では引き継ぎましょう。ここ五十年、アース公には苦汁を嘗めさせられたので」
人種差別があったらしい。ハーフエルフの土の上級魔術師は冒険者としての地位が低くされていた。
*
四名が戻ってきて、クリーアンから説明を受けるとそれぞれが納得した。
メリアとしては同郷の同族がいて楽になった。
勇者上月は恩人と会話するのが鬱陶しくなってきたところだったので、気分がよかった。
一番喜んだのがリムリス嬢だった。あかんべえをして舌を出した。品がない。
カナイルナイは勇者に従うだけだった。冒険者組合を裏切ることはできない。
ヴィヴの様子はいつもと変わらなかった。
臆病なクリーアンにとって、ヴィヴが一番恐ろしかった。




