51.作戦会議/隠密作戦(1)(R)
51.作戦会議/隠密作戦(1)
完全武装した火の上級魔術師のカナイルナイが王宮の門前に向かうと、親衛隊二名から作戦会議があるので武装を解除して戻るよう通達があった。
武装といっても、バジリスクの革鎧とブーツだけなので鎧だけを脱いで王宮の会議室に入った。
(ああ……)
険悪な空気は十七歳でも分かる。
その原因も。
中央で、簡易な宮廷服を身にまとった昔鳥が立っていた。
「いま一度、再考願います」
言葉は平坦だが、内容はキツイ。作戦自体を最初から「やり直せ」と言っているらしい。
入り口ちかくで立ち止まったカナイルナイに、ヴィヴが手招きした。勇者上月と二刀流の剣聖(Master of the Swords)であるリムリス嬢の背後でヴィヴと並んだ。
弦を外した弓を手にしたハーフエルフの美少女と視線が合う。
勇者チームに参加するメリアだ。七十代後半だと聞いているので、ヒトでいうと八歳未満くらいか。そのメリアはヴィヴに壁際の椅子をすすめられ、座ってそのまま寝てしまった。かなり幼い。
「カササギさん。これは決定事項です。おそれおおくも大公閣下の決断を覆すのですか?」
「無意味な消耗戦ではなく、打開策を考えるべきです。決断に至る思考が不十分で、このままだと勇者を疲弊させてしまう。ぼくは上月くんを失いたくない」
闇のカクナロクナの言葉を昔鳥が否定した。
「第一、戦線が広がり過ぎている。補給がままならず、兵を浪費している。第二、兵站線が細過ぎる。このまま進めば余裕はなくなる」
「そのための勇者では?」
「一時的な打開にはなるでしょう。だが、盤上を有利にすることはできません。すぐに質も量も限界に達します」
「やってみなくちゃ分からないだろ? カササギさん」
上月が反論した。
「それは作戦じゃあない。弾がなければ撃てないんだ。休憩も必要になる。勝つ確率が高いときだけ進めばいい。勝てるかどうか分からない戦に行くなど、無意味すぎる」
「俺としては、まずは試してみたいんだがな」
「天の時、地の利、人の和。天地人。『孟子』にある。天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず。天の時――今がチャンスというのは認めましょう。新月で敵が弱っている。ですが、地の利――戦線は膠着状態で勇者を投入する意味があまりない。人の和にいたっては、人材を浪費しているだけにすぎない。王国にどれだけ人がいようと、無意味です」
「では、どうなさるおつもりですか?」
空間の上級魔術師カサマタサマだ。昔鳥の言葉を注意して聞いていた。
「荒野から部隊を引き、この峡谷まで下がらせます。すると兵は十分の一で補える」
「撤退するなど、ありえん」
水の上級魔術師ウオルコオルが断言した。
「ここまで兵を進めておいて、みすみす敵に、魔族にまた与えるのか? バカらしい。それではなぜ進軍したのか問われるだろう」
「荒野の先の肥沃な大地を手に入れるためでしょう? ただ、このままでは歩みが止まってしまう。では、いっそのこと兵を下がらせて兵糧を節約するほうが簡単です」
「目の前の豊穰を手放せと?」
「手に入れるだけの価値がないと言っています」
会話の中で、昔鳥が三島由紀夫の『豊饒の海』(ほうじょうのうみ)を思い出していた。月の東にある海のことだ。その西に静寂の海がある。
「大公閣下の御前である。不敬だぞ、カササギ殿」
昔鳥が大公に頭を下げ、列に加わった。
「俺が進めばいいだけでしょう? それで行きましょう。――カササギさんも手伝ってくれ」
上月の言葉で終幕となった。
「兵站が切れるまでは。切れる前に、ぼくは消える」
「好きにしてくれ。戦力には違いないんだから」
「そうだな。好きにするさ」
*
初動はメリアだった。
「斥候が攻撃してどうする……」
昔鳥が目を瞑った。
メリアは敵と見たら、すぐさま攻撃した。人数が少ない分はまだいい。本隊にまで攻撃しまう時もあった。
「隠密作戦だと言っているだろうに」
国王だと思っていた人物は遠縁の大公で、権力は宮廷魔術師が握っていた。
どうにか昔鳥が納得させたのは、隠密での情報収集作戦だった。
攻略は考えていないのに、次から次に戦線を進めていた。
(マズイな……)
兵站線が長くなっていた。最前線の勇者チームまで物資を届けるのに時間が経かりすぎていた。
加えて上月もメリアも肉食だった。昔鳥が目を離すと、家畜を捕まえては無意味に解体して焼き肉にして食べていた。
風の魔術で煙は消せても、匂いは残る。
慎重に敵本隊を迂回しているつもりだが、兵站線を切られると孤立してしまう。
何度それを話しても上月は理解しようとしなかった。
目の前の敵を倒すのに夢中になっていた。完全なハイ状態だ。ナチュラルなだけに始末におえなかった。
「話がある」
昔鳥がハーフエルフに声をかけた。肉を頬張ったままのメリアが視線を横にした。
「土の魔術師が必要になる。誰か知らないか?」
王国随一の土の上級魔術師を昔鳥は廃人にしている。
「知らない」
「思い出してみてくれ。誰かいるだろう? エルフかハーフエルフに。土だ」
「祭司が一人いた……」
肉汁がメリアの服についた。昔鳥がハンカチを渡すと、それを受け取って拭き取った。カナイルナイとお揃いのバジリスクの革鎧だ。軽くて丈夫な勇者チームの制服といっていい。
対して昔鳥は簡易の宮廷服のままだった。作戦の指揮をとるが、積極的に参加していない。
また、攻撃を助ける必要もなかった。火の上級魔術師の魔術は強力で、すべてを焼いていた。
「誰だい?」
「クリーアン。臆病なクリーアン。わたしと同郷で、同じハーフエルフの祭司のクリーアン。木の実しか食べない」
「会えるかな?」
「会いたくない」
「でもこのままでは、上月くんが負けてしまうよ?」
「それは困る! ……考えさせて」
「時間がない」
「……分かった。呼んでみる」
メリアが矢を手にすると、天空に放った。風の魔術を重ねているので、雲を切り裂いて薔薇の花のような模様をつくった。
「近くにいるならすぐに来てくれる」




