48.地球中心説 対 太陽中心説(4)(R)
48.地球中心説 対 太陽中心説(4)
火の上級魔術師のカナイルナイは、アーダァ伯爵に拝謁することを考えたが無意味だった。
〝覚えていないことを思い出せない〟のだから。
それだけ光の魔術師の忘却魔術は強力だった。
「わたしたちの魔術とどう違うのですか?」
カナイルナイが素直に昔鳥に聞いた。
「体系が違うとはどういうことなんですか?」
顔が近い。
「説明しがたい。――そうですね。空気がない状態を想像できるかい?」
両肩をもって座らせた。
「真空ですか?」
「そう、その概念。それを零と仮定する」
「真空を零? 真空が〝ある〟のに?」
「そう真空は〝ある〟ね。存在する。それを何もない状態だと仮定する」
「〝ある〟ものをどうやって〝ない〟にできるんですか?」
「〝胃の中のプリンの味〟だと表現されることが多い。皿の上にプリンがあったとしてもその味は分からないけれど、胃の中にプリンがあれば必ず味を知っていることになる」
「食べていないのに?」
「どうして食べていないと考えたんだい?」
「食べてもいないのに、胃の中にある? ……から?」
「転移魔法で、皿の上のプリンを胃に移動したらどうなる?」
「拒絶してプリンが散失するか、合意しても無事に胃に収納できるとは限らない。腸ならまだマシだけれど、肺に転移したら死ぬ」
「それは収納魔術だろう? 転移させればいい」
「転移魔法は失われ……って、そんなものがあるんですか? あなたがいた世界に転移魔法が?」
また立ち上がって顔を近づけた。
(近いって……)
魔術師としては興味ある事象だった。
「ぼくがいた世界にはなかったよ。けれど、そもそも転移以前に、物理量が確定しない世界なんだ」
低身長黒髪美少女魔術師が口を開けた。奥まで見えた。
「物理量が確定しない? どうやって存在しているんですか?」
「確率的に存在している」
「はあ? バカですか?」
「あなたがね」
「わたしがバカなら、あなたは大バカです。物理量が確定しないのにどうやって存在できるというのです?」
「存在しない〝0〟状態から存在する〝1〟状態まで確率がゆらいでいる世界だよ」
「ああ、つまりはわたしたちが認識した時点で存在が決まるんですね?」
手探りで箱の中にあるものを掴んだときにそれだと知るような手品だ。
「似ているがまったく違うよ。観測者に依存しない。それだけこの確率は不安定だよ」
昔鳥が「厄介だ」とも口にした。
「それって存在するかしないかどうやって決まるんですか?」
「だから、それ自体がゆらいでいるんだ。世界自体が確率的に存在している」
「もしそうした世界があるとして、どうやってその世界の人間を召喚したというんです? 召喚魔術の術式はわたしも知っていますが、高等魔術の一つですよ?」
「位相の再構築にすぎない。林檎を右手から左手に動かすのに、いったん分解……すりつぶして、土の魔法で形を整えているだけだから」
「前と同じですよ?」
「違うよ。再構築すればズレる。コピーすればするほど劣化する。まあ進化とも呼ぶが。その劣化した部分にこちらの世界の情報を追加しているだけで、移動は収納魔法を再構築は土の魔法をつかっているだけで、極端に言えばあなたでも召喚できる」
「まさか! あの秘術には異世界の――」
「――異世界の、ぼくたちの情報が必要になる。それを使えば召喚できる。理解する必要はない。どうせ詠唱魔法だろう? 書かれたことを読むだけでいい。書かれていないかもしれないが、一字一句間違わなければ問題ない。そうやって召喚されたんだ」
「……」
「だから、勇者は召喚者に服従することになる。額に〝emeth〟と書かれるように、心臓に封印をする。カクマリクマは封印に失敗した。上月くんは勇者になる必要はない。とはいえ、本人は魔王討伐を辞めるつもりはないらしい」
「それはこの国の大義であり――」
「――〝王国の民が今も蹂躙されている〟? 本当かな? 見たことがあるの?」
「大公閣下の民がそう証言しています! 無残な遺体も見ました!」
「記録にはそうあるね。でも、魔王国に進軍したのは、大公の命だよ? この国の貴族の力を削ぐために」
「そんなことはありません! わたしたちは力を合わせ魔王軍を撃退しなければならないのです」
「これだから継戦派は……。まあゆっくりお酒を飲もう。座りなよ。女の子と怒鳴り合うのは好きじゃあない」
「女の子? わたしが女の子? あのわたし十七歳なんですけど、成人して二年になるんですけど(身長か? おっぱいか? え?)」
「ぼくの世界じゃあ、十八歳が成人年齢なんだよ。……ともあれ、月が二つある理由を知りたいけれど、誰も答えてくれない」
「あなたのおられた世界では一つだったと聞いていますが」
リヒト子爵ルロルテロルがていねいに聞いた。
「はい。銀河……天の川も一つだけでした。まあ二つの天の川は美しくはありますが」
言葉を濁した。肉眼で見える星の量が二倍あった。かなり明るく情緒が少ない。
「レディ・カナイルナイ」
「はいなんでしょう、リヒト卿」
論争に頭を悩ますカナイルナイがグラスから顔を上げた。
「カササギさんは、大地が動いているというんだ?」
「はあ……地震ですか?」
「いや太陽の周りを大地が移動していると」
「またまた……」
カナイルナイは笑った。




