46.地球中心説 対 太陽中心説(2)(R)
46.地球中心説 対 太陽中心説(2)
アーダァ伯爵第一子のリヒト子爵ルロルテロルの案内で、火の上級魔術師のカナイルナイがロルテ邸に入った。
ルロルテロルが執事に昔鳥の場所を聞くと、厨房だと教えられた。
「厨房で何を?」
自分でもおかしな質問をしたと視線を天井に向けるカナイルナイだった。
問われていないルロルテロルはそれには答えず、厨房に向かった。カナイルナイもつづく。
広い邸内は建て増しされた部屋もあり、ところどころ細工が微妙に変わっていた。
それでも厨房は前のままで、多少の改装はあったものの基本設計は変わっていなかった。
王侯貴族あわせて三千名の胃袋を満たすだけの設備は今も健在だった。
使われていない一画で、昔鳥が寸胴鍋で何かを煮ていた。
「カササギさん?」
「こんばんは、レディ・カナイルナイ。お帰りなさい、リヒト卿」
「こんばんは」
「ただいま戻りました」
「何を作っておられるのです? イイ香り」
「上湯です。単なるスープですよ」
「何も入っていない?」
「もう灰汁もありません。少し飲んでみますか?」
「ぜひ」
貴族は舌が肥えている。
スープ皿を二枚用意して、それぞれに塩を一つまみ。別のフライパンにスープの上の油をすくって熱して、皿の塩にかけた。
ジュッという音が香りとともに広がった。
「鶏?」
「はいそうです」
それにスープを注いだ。すぐに塩が溶け、油が大小に分かれ浮くと一つになった。
「どうぞ」
カナイルナイが二つ月の神に祈り、二人分の毒消しの魔術を行った。
小さい黒い粒があるが、おそらく塩が焦げたものだろう。
ゆっくりと飲んだ。
「味が……ない? いいえ……」
薄味が理解できない貴族はいない。肉体労働者ならより塩を欲しがるが、冒険者になったとはいえ、ファーウは魔術師だ。ほぼ体力は消費しない。
スープの香りが鼻腔いっぱいに広がった。
「これは……? (ぐう)――ごめんなさい!」
カナイルナイがお腹を押さえた。
(そういえば夕食の途中だった!)
昔鳥が、パンの入ったバスケットを差し出した。
「黒パン?」
ライ麦パンだった。およそ貴族が口にするものではない。
「浸して食べると美味しいですよ」
カナイルナイが小麦の白パンをスープに浮かべたが、べちゃべちゃになって台無しになった。
ルロルテロルが、カナイルナイの皿と交換した。
スプーンを手にカナイルナイが、先に浸されたライ麦パンを口にした。
「何! コレ!」
ライ麦の強みがやわらかく包まれて食感も心地よかった。
冒険者組合の酒場と同じパンとは思えない美味さだった。
「これで料理つくったら……」
「今度つくってあげるよ」
「絶対ですよ!」
口にパン屑をつけながら、カナイルナイの両手を握った。
*
厨房から応接室に戻った三人だったが、カナイルナイが笑みを浮かべていた。
結局あのあとリゾットを食べてしまったので眠いというのもあった。
(いけない!)
つい、何をしに来たか忘れるところだった。
「カササギさんに質問があるのですが」
「どうぞ。答えられるものであれば何なりと」
ワインボトルの栓を抜くと、グラスに注ぎながら昔鳥が答えた。
「レディ・キロルテロルと、レディ・フィルダティルダは何をしているんですか?」
光の魔術師と風の上級魔術師だ。
「作戦行動中だよ?」
ワインを注ぎ終え、三人がグラスを傾けた。
「それは知っています。問題は何の作戦なんですか?」
「教えられない」
「わたしにその権利がないのですか? 元老院から要請してもいいのですよ?」
貴族にはその権利がある。請求された側は大いに恥をかくことになるが。
「レディ・カナイルナイ」
リヒト子爵が、名門ファイア侯爵ナイル家の庶子に声をかけた。
「何でしょう? リヒト卿」
「作戦自体が秘匿された」
「はい?」
カナイルナイは意味が分からなかった。
「作戦自体が〝何か〟分からないんだ。二人は休暇に出かけたのかもしれない」
アーダァ伯爵の第一子が正確に伝えた。
「どうしてそんなことが? だって、えっ? カササギさんが命じたのでしょう?」
「たぶんね」
「アーダァ卿も了承したのでしょう?」
「おそらく」
「なのに、どうして作戦内容が分からないんです?」
「おおよそは予測できるけれど、言えば結果が変わる可能性がある」
「何を恐れているんです? 同じ勇者チームでしょう?」
カナイルナイが当然のことを質問した。
「ぼくはチームに参加しないよ」
「でも、勇者コウヅキさんが強制参加だって――嘘?」
「そもそもぼくは〝巻き添え〟だよ? 参加する意味がない」
「王国の民が今も蹂躙されているんですよ? 民を助ける義務がわたしたちにはあります」
「それは一方向の視点だろう。ぼくにはない」
「王国に対しての反逆罪です!」
カナイルナイが杖を上げ、攻撃態勢を取った。




