4.長い兵站線(R)
4.長い兵站線
ハーフエルフのクリーアンが同郷のメリアに会ったのは数十年振りだった。
実を言うと二度と会いたくなかったが、勇者一行ということもあり、報酬は十二分だった。
だが、クリーアンの支払いの半分をカササギ個人が出していると、帳簿をつけていたヴィヴから教えられたとき「このチームのリーダーがカササギだ」と理解した。
短絡的なメリアが惚れているのが勇者コウヅキだということは誰の目にも明らかで、その実コウヅキはヴィヴの他にリムリス嬢も抱いていた。
性格の暗い上級魔術師のカナイルナイは宮廷魔術師で、クリーアンは苦手だったが悪人ではない。
性根が悪なのはリムリスだ。
(ああした翳のある女性を好むヒトの男は多い)
カササギとリムリスの相性は最悪で、時間の問題だった。
(だからこそ呼ばれたのだ)
メリアとしてもチームの空中分解は阻止したいのだろう。でないと、あんなことをしてしまったクリーアンに頭を下げるようなことはしない。
実のところ、クリーアンはメリアのことをすっかり忘れていたので、思い出して不快になっただけで、とうの昔に許していた。カササギより年長だとしても、メリアはまだ子供なのだ。
エルフなら森で鹿や猪、二角獣を追いかけ回している歳だ。
メリアはカササギが用意した羊皮紙を燃やしてしまったが、先日から幾度も兵站をいっしょに確認しており、クリーアンはそのすべてを覚えていた。
(コウヅキさんが無理を言わなければ……)
最初に強く言うべき事案だった。
*
辞めたカササギとヴィヴが盗賊の残党に襲われ逃げたあと、捕らわれていた盗人を勇者チームが一掃した。
そのあと、クリーアンが兵站という言葉を使わずに計画を説明したが、コウヅキは分かったと言いながら、ハメを外し、新鮮で暖かい焼肉に拘った。
祭司の力で煙を消すことはできても、香りまで消すことはできない。
肉の匂いは魔物を呼び寄せた。
久々の狩に夢中になるコウヅキだったが、不安が残った。
(隠密作戦なんだが……)
メリアの手が痺れるほど射たあと、リムリスに当たりそうになった。矢を斬り落としたリムリスだが、胸が開けていた。それを正面から見たカナイルナイが火力の調節を過った。カナイルナイが方向を変えたが、カササギとヴィヴの方向に流れてしまう。
隠密作戦は失敗に終わった。
しかし、侵攻を止めることはできない。
*
魔王の拠点は蛻の殻だった。
「どうして戦わない!」
コウヅキが吠えた。
「撤退しましょう」
「いやこの城を最前線にしよう。せっかくここまで来たんだ。使わない手はない」
クリーアンの提案をコウヅキが退けた。
「最悪、全滅しますよ?」
「クリーアンは心配性ね」
「メリア、いま一人でも欠けたら全滅するぞ?」
「何を弱腰な」
リムリスが嘲った。
「いいですか? リーダー」
「何だい? クリーアン」
「全体の三割の損耗で全滅になります」
「いま五人よ?」
メリアが人数を数えた。
「〝今〟じゃあない。最初七人だった。――三人減ると三割を超えます。今すぐ撤退を」#モンティ・ホール問題
「ダメだ。宝物庫を見てみたい」
「忠告しましたよ」
「ああ、いざとなったら、全員で逃げる。コレで――指輪は?」
「ヴィヴです」
「あの売女!」
(「別れる時に返してやる」と言ったのはあなたでしょうに……)
カササギから聞いていたクリーアンは心の中で冷笑した。
「他にも策は――」
「――ある。それだけは徹底的に聞かされたからな」
*
お宝に興味のないクリーアンの後ろを、カナイルナイがついてきた。
「クリーアンさん」
「何でしょう? ミス・カナイルナイ」
他人行儀なのはカナイルナイが貴族の子女だからだ。血統だけでなく、魔力も実力も上だ。
対してクリーアンにあるのは、知識と年齢に応じた配慮だった。
「先ほどの計算は合っているのですか?」
「間違ってはいません。常に最悪は考えておくべきことです」
損耗率が四割を超えてしまうと、撤退もままならない。まずは生き残ることだ。
「それは分かりますが、そんなに簡単に負けるものでしょうか」
「ああ、ミス・カナイルナイは負けたことがないのですね?」
「はい。聞いたことはあります。虐殺、拷問、強姦、略奪……」
「転移魔術は使えますか?」
「いいえ。……すべてを灰にしてきましたから」
「敵はこちらをよく観察していますよ。……これを」
クリーアンが左手のブレスレットを、カナイルナイに手渡した。
「これは?」
「エルフに伝わる魔法のブレスレットです」
「どう使うのですか?」
「敵は……たぶん空気を薄くするでしょう。その時には、こう祈るように手を上げて……そう、そうすることであなたが望む場所まで風が連れて行ってくれます。ただし、あなたが行ったことのない場所に行くことはできませんし、一日三回までです」
「こここんなものをいいいただけませにゅ」
噛んだカナイルナイが押し戻した。
「差し上げるとは言っていません。後で返してください」
「はい……」
左腕に付けると、適切な大きさまで小さくなった。
*
メリアの鑑定によると、二つ目の井戸も正常だった。
かなり急いで撤退したらしく、食堂には温かい料理が手つかずのまま残されていた。竈の火は消されていたが、鍋の蓋を開けると湯気が立った。
リムリスが清浄の魔術でそれらを消して、一行は食糧庫に向かった。
保存食が山積みされていた。どれだけの数の魔物がいたのか不明だが、年単位の量だった。
「これは……」
次に向かったのは宝物庫だったが、宝物殿といったほうがいいだろう。金銀財宝がていねいに保管されていた。
「コレ一つで国が買えそうね」
巨大な血色のルビーだった。#ピジョン・ブラッド
*
翌日、王国軍七十名が到着したが、すべて人喰い(グール)と化していた。