36.神聖リヴャンテリ王国(10)(R)
36.神聖リヴャンテリ王国(10)
陽が沈んでも、エアー侯爵ルダティ邸の中庭で、勇者上月と昔鳥が練習試合をしていた。
上月の攻撃に昔鳥は応戦していた。昔鳥は戦っているというよりは流しているといったほうが正解かもしれない。時折、喉を突くなり胴を薙ぐなりするが、上月には届かない。
その一方で勇者の体力は有り余っていた。
上月が十七歳一七七cmに対して、昔鳥は二十代半ば一五九cm。
息が上がってきたのは昔鳥のほうだった。
木刀が弾かれ、宙に舞った。
「降参だ」
昔鳥が両手を上げた。
「まだです」
木刀を芝生に捨てた手で、上月が殴りかかった。
昔鳥が体を躱すと、上月が衿を掴んで寝技にもっていこうとした。
両手を上げて上着を脱ぐ昔鳥だったが、上月が追いかけた。
「いいぞもっとやれ!」
試合の見届け人である風の上級魔術師フィルダティルダが笑い転げていた。
手を掴まれた昔鳥が、逆手で上月の右肩を外した。
それでも上月が両足で、昔鳥を組み上げた。
「はい終わり!」
フィルダティルダの宣言で二人が倒れた。
「もっと見たかったな……」
風の上級魔術師が残念がっても、二人とも服がボロボロになっていた。
「コウヅキ!」
リムリスが走った。
上月の肩を入れたリムリスが、寝たままの昔鳥の胴を蹴る。
「暴力反対」
転がった昔鳥が躱した。
倒れそうになったリムリスを上月が支えた。
「カササギさん。ちょっと頼みがあるんだけど」
「三つだけなら」
「あはは。一つか二つです」
上月の頼みごとを昔鳥が了承した。
「明日にしてくれ。このまま眠りたい」
「分かりました。明朝お迎えに来ます」
「あい。ぼくも一つ頼みがある……」
「じゃあ明日」
フィルダティルダが風の魔法で昔鳥を立たせたとき、天空が明るくなった。
南の正門の方角だ。
(お出ましか……)
光を司る魔術師アーダァ伯爵の使いだった。
*
古式に則った馬車が正面玄関にあった。
アーダァ伯爵の紋章がある。
招待客は、異世界からの来訪者である昔鳥と、その庇護者であるエアー侯爵ルダティ家第一子レディ・フィルダティルダの二名だ。
勇者コウヅキとリムリス嬢、それにカナイルナイとヴィヴが乗った専用の馬車はすぐに小さくなった。
アーダァ伯爵の若い使者は純白の服に、白く光る蛍光色の勲章を数多く付けていた。
「わたくしはアーダァ伯爵が第一子リヒト子爵ルロルテロルである。カササギさま御奉迎の儀、主より仕奉りました。ささどうぞ」
美丈夫が貴族の名乗りをすると、馬車のドアが自動で開いた。
「失礼」
昔鳥が前に進むと、ルロルテロルがフィルダティルダの手を取っていた。
(なるほど……)
馬車の中は横通路になっており、列車の一等個室が並んでいた。広く長い。
空間魔法の一種だろう。まったく揺れている感覚がない。飛行船に乗ったときのような感覚だ。風に流されている感覚があった。
「カササギさまにおかれましては沐浴の御用意が整っております」
「そうですか……。『さん』付でいいですよ?」
「あい承っておりますが……」
「あっはい」
儀式の間だけはゆるしてほしいということなのだろう。アーダァ伯爵より、エアー侯爵のほうが格上だ。その客を招待するのに、礼を欠いては……ということなのだろうことを理解した昔鳥が了承した。
(人権のない世界で礼儀か……)
そうは言っても、昔鳥自身がカクマリクマを「礼儀知らず」と罰している。
(もう勝手にしてくれ)
白を基本とした衣装のメイドが先頭のほうに案内した。窓側は夜の街が見えるが、部屋の窓はスモークで見えない。奥から二番目のドアが開けられると、湯船があった。
ハリウッドスターのトレーラーハウスのようだが、規模が違った。
休憩の度にマンションを立てる富豪のような感覚なのだろう。
庶民の暮らしはいかほどのものか。
(子淵は陋巷にいたというが……)
春秋の思想家孔子の弟子の顔回の字だ。徳があったとされるが早逝している。
(子路よろしく醢にされるか……)
昼と同じようにメイドが洗ってくれた。
髪を乾かすと、白い衣装を身に着けた。
「それは持って帰りたい」
ヴィヴに借りた女物の服だ。洗って返したかった。
「かしこまりました。カササギさま」
年配のメイドが風の魔術で折りたたむと光の魔術で包んで、昔鳥のポケットに入れてしまった。
この服自体に収納魔術が施されているらしい。
そのポケットに手を入れたい誘惑にかられたが、また手を洗ってもらうことになってしまう。手を止めた。
通路に出ると、ドアが開けられていた。
リヒト子爵が案内してくれている。
白亜の楼閣が眼前にあった。




