32.神聖リヴャンテリ王国(6)(R)
32.神聖リヴャンテリ王国(6)
光の魔術師キロルテロルが六名の宮廷魔術師に最敬礼した。
それが宮廷魔術師キロルテロルの最後の仕事だった。
謝辞を述べ、昔鳥の足下で跪くヴィヴの背後に立った。
この世界の魔術は火・風・水・土・光・闇・空間と、大きく七種類ある。
七種類それぞれを単体で使うことが多いが、火と風を組み合わせる火焔旋風や、火と土を組み合わせる火砕旋流といったように複数の魔法を高度に組み合わせることも可能だった。
なかでも基本四種類(火・風・水・土)の属性をもつ人間が一番多く、それから複数の魔術を学んでいく。
ただし、魔法の因子である魔因がなく、魔法の基本的要素である魔素が生じなければ、その魔術は使えない。
異世界から来た昔鳥にはその魔因がないので、魔素が生じず魔術が使えないはずだった。
カクマリクマの発案で「七つの魔法属性すべてを与え、そのうちの一つか二つを選ぶ」予定が失敗して、すべての魔法属性が起動しなかったように見えた。
七名(ヴィヴを含めると八名)とも何故、魔法が使えるか不明だった。それだけ昔鳥の魔法は特殊なのだろう。
「メートル法とヤード・ポンド法の違いでしょうね」
「メートル法……」
「ヤード・ポンド法……あなたには分かるのですか?」
知らない単語を覚える空間の上級魔術師カサマタサマと、闇のカクナロクナだった。
「原理を理解する必要はないんですよ、カサマタサマさん、カクナロクナさん。再現性があれば使えますから」
平面なら地図を四色で塗り分けられることは知られていたが、それが何故かは長年分からなかった。四色問題がいちおう解決したのは、二十世紀にコンピュータによって証明されたからだ。手で計算するには複雑すぎる。
すべてを理解できると考えるのは科学者の傲慢でしかない。
(それを理解できないのだろうな……)
昔鳥は「ゲーデルの不完全性定理」を説明する気にはならなかった。
ただ、実力を理解してもらうだけでよかった。
それは認められた。
「元の世界に帰ることはできますか?」
「一方通行ですね」
昔鳥の質問に、目が細くやわらか髪の風の上級魔術師フィルダティルダがさらりと言った。胸と同じで存在感は薄いが、言うことは言うらしい。
「ぼくの要求は三つ。一、コウヅキくんとぼくの身の安全。二、温暖な気候の土地で平穏に暮らしたい。三、ヴィヴをもらいたい」
薬指と小指を閉じた三本指を立てて話した。
「四つでは?」
闇のカクナロクナが光の魔術師キロルテロルを見た。
「ぼくの許可なしに魔術は使えない」
「そうなのか?」
カクナロクナの質問に昔鳥が視線をやると、キロルテロルが黙って頷いた。
「ああ……アーダァ卿になんと言えばよいのか……」
キロルテロルは伯爵令嬢である。悩む水の上級魔術師ウオルコオルが薄くなった頭に手をやった。召喚以来ストレスから食べ過ぎて太ってしまった。
「存外、喜ぶのでは?」
闇のカクナロクナが返した。
「フッ」
無口な火の上級魔術師デュパイロパイが赤く長い髪を揺らして失笑した。豊かな胸と腹の違いが分からないほど太っている。
「それはないでしょう。ただ〝許可なしに魔術は使えない〟となると、隷属という形になるわね」
「事故死が妥当だろうか。異世界人による魔力の暴発……?」
水の上級魔術師ウオルコオルが恐いことを言った。
「おっちょこちょいだったから不用意に扱ってしまった?」
風の上級魔術師フィルダティルダが過去形で、助け船を出した。
困ったことに二人が言っていることは概ね正しかった。
「よろしければ、ぼくが挨拶に伺いますが」
昔鳥の提案に全員が首を振った。
「アーダァ卿は激情のお方。それこそ火の海になりますよ、カササギさん」
空間の上級魔術師カサマタサマが忠告した。
「まだ事故死のほうが、諦めがつくでしょう」
闇のカクナロクナがはっきり言った。
「ぼくから一つ忠告が」
昔鳥が新たに述べた。
「相手の意向を無視して、細かい点を重要視し、保身を計る。事実を隠蔽し、問題を先送りにした結果が今なのでは?」
キロルテロルが無表情に遠くを見た。
「そうよ」
光の魔術師の臨戦態勢に全員が緊張するなか、フィルダティルダに視線が集まる。
「それがこの国の実情。無意味に領土を拡大し、国内を疲弊させている。〝節が需に之く〟と言うのなら、礼節から需要が満たされるのでは?」
「バカな……領土の保全こそ国の安寧ではないか!」
風の上級魔術師の意見に、水の上級魔術師が強く反発した。
「私は、カササギさんにつくわ」
フィルダティルダが隊列を離れ、昔鳥の斜め前で全員を見た。
「あなたの家はいつもそうですね」
闇のカクナロクナが冷静に述べた。
(藤堂高虎の家系ですか……)
藩祖よろしく伊勢国津藩は真っ先に官軍に寝返った。
「仲間割れは後にして欲しいです。要求は?」
「カササギさんはご自身で身を守れるでしょうし、キロルテロルを従えている限り誰も手出ししません」
カクナロクナが事実を伝えた。
「勇者コウヅキさんはできるだけ後援しますが、戦争ですから何とも言えません」
「勇者は使い捨てでは?」
「……否めません」
「……生き残る方法をコウヅキくんに教えます」
「二つ目ですが、王都がいちばん安全です」
「暗殺に都合がいいですからね」
昔鳥が微笑んだ。
「そんなことをする人間はいませんよ」
火の上級魔術師デュパイロパイが笑って否定した。
「可能性はあるでしょう」
昔鳥が「アーダァ卿にはぼくが会いに行きます」と言うと、カクナロクナの頬が少し動いた。
「……キロルテロルが手配します。宮廷魔術師は除籍になるでしょうから。――ヴィヴは勇者チームの一員です。魔王を討った暁に、勇者と相談してください」
会談という名の寸劇は円滑に終了した。




