31.神聖リヴャンテリ王国(5)(R)
31.神聖リヴャンテリ王国(5)
一報を聞いた瞬間、宮廷魔術師カクマリクマが真っ青になった。
光の魔術師キロルテロルは極めて優秀な拷問官だった。すべてを聞き出し、なおかつ話した記憶さえ消し去ることができた。
知性は高く、これまで一度の失敗もない。完璧な魔術師だった。勇者を召喚した継戦派の宮廷魔術師の最大戦力だった。
だからこそ、聖女を代表とする停戦派を抑止できた。
その最強魔術師キロルテロルを異世界からきた昔鳥が降したという事実が明るみになってしまった。
カクマリクマの召喚計画が失敗し一般人を巻き込んだ事実も白日の下に晒されてしまった。
カクマリクマが築き上げた土の魔術の栄光も公爵としての地位も失われるだろう。
(一般人?)
カクマリクマが考えを改めた。
(勇者は魔術の覚えがよくないと聞く。だが、剣術は素晴らしく、火の上級魔術師であるファーウとの相性はよく、火焔剣を取得した。魔王を倒せる術があるということだ……。そして――)
断じて昔鳥は一般人ではなかった。
一対一でキロルテロルを御せる人間は王国でも数人しかいない。
(いっそ二人召喚したことにすれば……)
官吏が悪事を考えるなどいつものことだった。
*
宮廷魔術師六名の前に現れた昔鳥が王国の礼に従って挨拶した。
「わたくしの名はカササギと申します。宮廷魔術師キロルテロルの召喚により参上いたしました」
昔鳥は女装をしていたが、用意できなかった宮廷側の失態なので不問にされた。
礼は完璧だった。足下に二人の女――ヴィヴとキロルテロルを跪かせている以外は。
「何かご用でしょうか?」
貴族が使う言葉で、昔鳥が質問した。内容も言わずに相手を召喚するなど、あまりにも非礼だと言いたいらしい。もっとも召喚したキロルテロルは、昔鳥の命令に従っただけなのだが。
初対面で貴族として振る舞わないと、以後無視されてしまう。
「まずは、お詫びを」
カクマリクマが口を開いた。
「挨拶が先でしょう。――失礼ですね。〈節〉」
昔鳥は「礼節を弁えよ」と言いたいらしい。
白髪の老人が、昔鳥の魔法を別の空間に移動させた。
「わたくしは収納を司る空間の上級魔術師カサマタサマです。非礼だったことは謝罪するが、いきなり魔法とはいかがなものだろう……」
「それは失礼、カサマタサマさん。まだ慣れていなくて。……空間を操れるなら、時間もできるのですか?」
「そんな魔法があれば聞きたいものですなあ」
カサマタサマが微笑んだ。
「理論上、陽電子は時間を逆行します」
「ポジトロン?」
知らない言葉にカサマタサマが瞬きした。
「電子の反粒子で、簡単に言えばディラックの海の穴です」
「……海に穴が?」
「実際の海ではありません。今では否定されていますが、分かりやすい説明として引用されます」
「まったく理解できませんが……」
「でしょうね。ただ、この女――キロルテロルがぼくを殺そうとしたことは事実です。その説明は?」
キロルテロルは口を一文字にしたまま黙していた。
「それはわたしくが説明を――」
「――〈節が需に之く〉」
今度は空間の上級魔術師カサマタサマの邪魔はなかった。
下経三十四卦の第六十番目、通称「水択節」が上経三十卦の第五番目、通称「水天需」に之くとなれば「誘惑に負け嘆き悲しむ」ことになる。
「ぐっ!」
(こんな小僧に!)
カクマリクマが膝を屈し、床につけた。
「挨拶が先だと言いました。この国の人は来訪者に礼もできないのですか?」
「わたくしは……土の上級……魔術師……カクマリクマです」
膝を屈したまま、口を開いた。
(私は公爵だぞ!)
「質問です。カクマリクマさん。――一回目は滅多にないこと。奇跡です。二回目は偶然。三回目は?」
「……」
「答えろ。あなたが責任者でしょう?」
「……」
「わたくしは闇のカクナロクナです。お答えしても?」
シルバーグレイの髪で、豊かな口髭の魔術師が質問した。
「どうぞ」
「必然かと。――カクマリクマの処分はカササギさんにお任せします」
「あっさりしていますね?」
「ここにいる全員でも――いやこの国の、この世界のすべての魔術師が同時でも、あなたに敵いますまい」
「余計な争いは不要?」
「そう望んでいます」
闇のカクナロクナが唾を飲み込んだ。
「では何故、魔王国に進軍したのです?」
カクナロクナが言葉に詰まった。視線を右上にした。
「冗談ですよ。この国の歴史は学びました。――わたくしはいかなる処分も求めません。最初の接触はこんなものですから。ただし……」
「ただし? 何か警告でも?」
「そうですね。こういうのはどうでしょう」
昔鳥が片手をカクマリクマに向けると、指を開いて五本指で宙に横五本線を描いた。親指を閉じて、今度は縦四本線。
ドーマン印がカクマリクマの胸に刻印された。線が心臓に向かって消えていった。
「それは……」
「次に面と向かってぼくに逆らったら心臓が潰れます。考えただけで一本一本が絡みます。九本あります。本当はこんなことはしたくないんですが……古書に『校を屨みて趾を滅す』とありますから」
「どういった意味なのですか?」
空間の上級魔術師カサマタサマがていねいに聞いた。
「『悪事に走らぬように足枷をする』という意味です。罪人は少し不自由なくらいが幸せですから」
「……カササギさん。挨拶の続きをしてもよろしいでしょうか?」
闇のカクナロクナが話を進めた。




