29.神聖リヴャンテリ王国(3)(R)
29.神聖リヴャンテリ王国(3)
レディ・キロルテロルを寝かしつけた昔鳥が上着で、ブラジャーを隠した。
(魔術師と言ったか……。魔法使いとどう違うんだ?)
さっぱり理解できなかった。
(コイツが楽しんで、ぼくを殺めようとしたことだけは確かだな)
光の魔術師なら治癒魔術も使えるだろうし、そうなると……。
(拷問官だ)
必要な情報を得るための。
(ヴィヴと合流するか……)
鎮痛剤が欲しかった。治癒魔術で頭の中をいじられるのは好ましくない。
(靴……)
スリッパすらなかった。
隣のテーブルにタオルと洗面器。水差し。
キロルテロルの革靴を脱がせた。
(貴族仕様か……)
昔鳥はキロルテロルより小さいのでサイズが不安だったが、なんとか履けた。
(敵地で裸足はダメだ)
もっともここは東海岸の海外資本ビルではない。#Nakatomi Plaza
それよりも問題は服だった。
生成りの一枚布で、袖もない。
(囚人服だな。……静寂と言ったか、意識はなくなっても魔術は効いているらしい)
客室と言っていたが、軟禁室だろう。
鍵を開けようにも、キロルテロル(貴族)の許可がいるらしい。
さっきの講義は身分を分らせるためだったと気づいて、キロルテロルを見た。
(まあ起きないだろう)
簡単な〝気功〟は房中術に通じる。
気分は良くないが〝神聖リヴャンテリ王国〟があるこの星の物理法則が気になった。
重力に違和感はない。
視覚も聴覚も味覚も。
(血の味……)
嗅覚も正常だった。
(魔術……ぼくも使えるのか?)
半信半疑だったが、魔術騎士にドーマン印を刻んだことを思い出した。
心臓を掴もうとするドーマン印とそれを制御するセーマン印を意識した。
ドーマン印の網目を増やし、隙間を細め、印を拡大した。自分を包む籠になる。
セーマン印を星から光に変えた。波でもあり、粒子でもある状態に。
そのセーマン印の光をドーマン印の隙間にぶつけた。#二重スリット実験
立ち上がると足を肩幅に、手を左右水平にした。
ドーマン印を通り抜けたセーマン印の光が星形に戻り、昔鳥と一体化した。
頭、左手、右手、左足、右足。五つの部分にもセーマン印が刻まれた。
(うっ!)
洗面器に吐いてしまう。
(余りだな……)
昔鳥とキロルテロルの〝気〟の余りだった。老廃物と言っていい。
頭から指の先までゆっくり動かした。
関節が鳴る。
息をすべて吐き、肺を空にした。それでもゆっくり細く吐く。指先の細胞からも酸素を空にした。
待つ。
五体に刻まれたセーマン印を感じた後、静かに息を吸った。
七割ほどしか吸えない。
淀みがなくなった肺が動き出し、血液が全身を循環する。指先の毛細血管にまで血液を感じた。
「〈屯〉」
上経三十卦の第三番目、通称「水雷屯」だ。
屯の意味は「滞」だが、それは「盈」に通じる。強制的に満たされるのだ。
何を?
求める何かをだ。
「ヴィヴ。そこにいるのだろう?」
〈はい。ドアの前にいます〉
いつものゆっくりした声ではなく、美声が頭の中に聞こえてきた。
「開けてくれ」
〈それはできません。不可能です〉
「問題ない。君は女なんだ。ぼくを包んでここから取り出せばいい」
〈……やってみます〉
「結果を想像してみてくれ。結果だけを信じるんだ。過程は後で考察すればいい。まず、結果を決めるんだ」
〈はい〉
昔鳥の背中から淡い闇が包んだ。違和感があるらしく顔を歪めたが、すぐに和らいだ。
その闇にすべてが包まれた。
脱がれた靴の上に布が落ちた。
*
光学迷彩の魔術は貴族が好む。ヴィヴもその一人だ。隷紋で制約されているが、魔術の使用は勇者の許可を得ている。コウヅキのためなら使用できた。
ただ、根本的にヒトそのものを収納するのは禁忌とされている。
単純に自分が入ってしまうと出られなくなるからだ。もっとも、鍵を最初に用意していればそんな問題もない。貴族の収納空間は膨大で一つの村や町さえ入れることができる。
ただ、換気をしていないと中の生物は生きていられない。
開けていると手を出されるので、収納したら密封するか、そもそも生物を入れないかだ。
ドアの向こうにいる昔鳥を収納した。
人形をドールハウスに入れるように。
自分用に収納しておいた旧王家の宮殿の一室を模した部屋に案内した。光はなく暗いが、ゆっくりするにはちょうどいい。
〈あなたはどこから来たの? あなたは誰?〉
〈〝あなたはどこに行くのか?〟――ああジョークだよ。ぼくがいた世界の絵の題だ〉
〈図書館で何を知りたいの?〉
〈法律。歴史。それから、たぶん全部〉
〈すべて覚えているわ〉
ヴィヴが答えた。




