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異世界兵站(ロジスティクス)株式会社  作者: 門松一里
第1章 兵站(ロジスティクス)限界
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3.兵站担当の辞任(R)

3.兵站担当の辞任


 二つ月の光にサファイアが輝いた。ヴィヴが指輪リングを左手の人差指にはめると、あたりが静かになった。


 ヴィヴと昔鳥カササギの吐息しか聞こえない。


「魔法の指輪リング?」


 アクティブノイズキャンセリング機能の魔法版だった。


王家の血筋(ブルーブラッド)しか使えないのお」


 ヴィヴによると、強制的に〈静寂〉になって、状態異常を調節コントロールできるらしい。


「リヴャンテリのコカトリスでも大丈夫よお」


 なんでも旧王家の宮殿の中庭で飼っている怪獣らしい。


「さて、どうしませう」


 チームを辞めるのは一人のはずだった昔鳥が自問した。予定はすべて狂ってしまった。


「歩きながら考えませうう」


 口調をあわせたヴィヴが、昨日進めた道を戻った。


(戻るほど、後方支援はしっかりとしたものになるが……)


 左腰に剣をさしたヴィヴの右から、昔鳥が軽く見上げた。


「なあにい?」


「いや、星がきれいだなと……」


「そうねえ……」


 二つ月は、二つの天の川のあいだに浮かんでいた。


(そういえば「いっしょに来るかい?」とか聞いていないな……)


 ここは地球ではない、別な世界だった。


 大地も天空も、夜も昼もある異世界だった。空気や水、飢饉ききんや疫病もある。支配と戦争も。


 剣と魔法の世界。


「ヴィヴ、君も追われるんじゃあないのか?」


「もとよりい、その覚悟お、ですう」


「そうですか。――キスしていい?」


「あああ……水浴びをしたらあ」


 昔鳥が聞くと、少し悩んでヴィヴが答えた。


 それはそうだ。まだ首に隷紋の汚れが残っている。


 一瞬、視界が白く輝いた。影が歩く方角に長くなり、ぼやけていく。


「地震ん?」


 大地が揺れていた。


 ヴィヴが昔鳥に抱きついた。おおかぶさったというのが正しいかもしれない。


「前、見えない……あーあ……」


 後方、つまり勇者一行の野営地から、爆煙が上がっていた。


「あんなことができるのは……」


 上級魔術師アークウィザードのカナイルナイだけだ。


「隠密行動だと言っただろうに。バカが……。ふう……カフカの『城』だな」


「カフカあ?」


「フランツ・カフカ。ぼくがいた世界の小説だよ。いつまでっても城に入れない不条理な話で、未完なんだ」


 不条理な世界を描いたカフカは物静かな人物だったらしい。人形をなくした少女に、人形は旅に出たんだと言って、毎日「人形が旅先から手紙」が届けられた。別れる日には「旅で変わってしまった人形」を手渡した。


「ということはあ……」


上月コウヅキがクリーアンの言うことを聞かなかった。作戦は失敗。昨日の城塞まで撤退して、再度侵攻するしかない」


一昨日おとついよお」


「ああそうだね。もう日が替わった。――〈かん〉」


 遠見で確認すると、勇者チームはボロボロだったが全員無事だった。


 醜態を演じたリムリスが昔鳥の視線を感じて、こちらを睨み強制的に解術した。


 昔鳥は心配しているだけなのだが、いつもみっともない自分を見られてしまうリムリスには恨みしかないのだろう。


「残してきた荷物ぜんぶちりにするとは……。追加で送るか? いや――」


「――逆恨みされるよお」


「ですね。ヴィヴさん」


 あの光は、一昨日の城塞まで届いたはずだった。


「となると、ぼくが『敵前逃亡』した形になるのか。悪女ここに極まれりだな」


「リムリスめえ」


「リムリスは裏切者じゃあないよ。性根は悪だけれど、世界を救う一行の一人だ」


「じゃあ誰かしらあ」


「知ったときには首を斬られているよ」


 ブラックジョークだ。


「道を変えよう。このままだと敵前逃亡で処刑される」


「水浴びい」


「そういうことか……」


 昔鳥が理解した。「けんく」――下経三十四卦の第三十九番目、通称「水山蹇すいざんけん」が上経三十卦の第八番目、通称「水地比すいちひ」にくとなれば「一時撤退して時期を待つ」しかない。


水山蹇すいざんけん」は四大難卦の一つだが、一方通行には必ず出口がある。



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