18.コカトリス討伐(2)(R)
18.コカトリス討伐(2)
南部の都市ユタリナは、古から〝黒い森〟といわれる森林を開墾して造られた新しい都市で、その歴史は浅い。だが、その黒土がもたらす豊かな実りは王国随一であり、コカトリスの討伐は必須だった。
ファーウ――FAW(火の上級魔術師)の二つ名をもつカナイルナイが出立前に王立図書館で詳細を調べたが、その生態は分からないことだらけだった。奥の禁書庫には何がしかの資料はあるはずだが、冒険者ファーウの身分では請求できない。
唯一分かったことは「かなり大人しい」ということだった。繁殖期以外は深い森の奥で静かに暮らしており、そもそも人を近づけさせない。
だが、視覚に入るだけで見た者を石化させる邪眼は、強力な魔法だった。
魔法であるため一般的な魔術では解呪できず、専用の麻痺を強制解除させる魔法具が必要だった。
そのルビィのペンダント型の魔法具を首にしたパリチチスが馬上でお茶を飲んでいた。
正しくは馬の背に載せた荷の上で、涼んでいた。
水と風の魔術師のパリチチスは氷や冷風を扱える。風で自分を浮かせて馬の負担にならないようにするのも簡単だった。
風が使えないファーウは馬にまたがる他なく、初日に太股の皮がめくれた。二日目からは自分で治癒魔術をかけながら馬の背に揺られていた。暑いが、服を脱いで日光に当たれば火膨れしてしまうだろう。
リムリスは革のビキニアーマーだけで、肌を健康的に焼いていた。両の剣は後ろの荷物にくくりつけ、太股に槍を置いていた。
だらりと手を垂らして槍を支えているのは、風を読んでいるからだ。
リムリスの両目は祖母の毒でしばらく見えなくなっている。
一切の毒が効かない体質は祖母譲りで、それだけに安心して毒味を怠っていた。
(たぶん自分の血を入れたんだろうな……)
あの日、二杯飲んだが、そのうちのどちらかが効いたのだろう。祖母の血は四分の一なので、四杯飲めば確実に効いたのだろう。
(毒使いだけは本当に困ったものだわ……)
生まれたときから服毒実験が繰り返された母も同じ体質だったが、リムリスの代で完成したかと思ったが違ったらしい。
(風が気持ちいい……)
父が残した長槍を杖がわりに、今は馬上の旅だった。
見えないだけで、聞こえているし、匂いも感じられた。陽の光を肌で感じることもできた。
(どうやって知覚しているのかしら……)
ファーウには疑問が多い。
初日こそ戸惑っていたリムリスだったが、二日目にはまっすぐ歩いていた。
王都から離れてすぐの市内のホテルで、前にリムリスにやられた者たちに夜襲されたが、水の魔術と槍で防いでいた。
槍で薙ぐ勢いに水刃の魔術を組み合わせて、胴を払っていた。
「なるほど。こうするのか……」
と本人は言っていたが、それから毎夜毎夜襲撃されたが、室内に入る前にドアの隙間から水刃で斬っていた。
今では手刀で、道端の草を刈っていた。
リムリスが先導で、パリチチスが真ん中、ファーウがあとに続く。
ファーウの火の魔術で、一行は陽炎のように存在が朧げに見えている。昼に襲撃はないと考えられるが、用心のためだ。
(どれだけ恨みを買っているのやら……)
パリチチスは優雅に監督役を務めていた。上級職員になる前はBクラスの冒険者で、もちろんコカトリスを狩ったことがある。
Bクラスといっても幅がある。
氷の魔術を使えば簡単だった。鶏蛇は変温動物なので、一匹だけなら近づく前に氷漬けにするだけで無力化できる。あとは邪眼を見ないように背後から首と尾を落とせば簡単に討伐できる。
古代のリヴャンテリ王がその性質を知らずに北の国をコカトリスで征服しようとして失敗した歴史がある。
カナイルナイはそれを知っていたが、水も風も十分に使えない。
リムリスの水の魔術も氷をつくるまでのレベルはない。
一般的にBクラスと認められるにはコカトリス殺しとなる必要があった。そのための鍛練が水蛇の討伐でもある。
パリチチスが組合長からリムリスの命を預かっていた。「カナイルナイを見殺しにしても」という条件で。
聡いカナイルナイもそれは十分承知していた。単純にコカトリスだけ討伐するなら本人一人だけ行けばいいのだから。チームワークと基礎の鍛練の成果が、リムリスの課題だった。
(あっ!)
母からの贈り物の真意にカナイルナイが気づいたのは三日目の朝だった。
(チームワークと基礎鍛練は、わたしもそうじゃあないか!)
金貨二十枚の借金といい、バカは自分だと思い知ったカナイルナイだった。
さっそく箱を開けて、青い眼鏡をかけた。
「ファーウ」
「はい!」
「集中するのはいいけれど、警戒レベルが落ちています。悪い癖です」
パリチチスが注意した。
「はい!」
陽炎の範囲が小さくなっていた。
(用心しなくては……)
青い眼鏡の記録を再生した。
(確かにこれは見せられないわね……)
一つ言えるのは、その青いレンズはリヴャンテリのコカトリスの目から作られているということだった。
(とするとあのルビィはコカトリスの目かしら?)
旧王宮の中庭で放し飼いにされているリヴャンテリのコカトリスは、他のコカトリス(B)やバジリスク(B)の赤い邪眼とは異なり、目が青い。なお、四本足の翼龍と同じSクラスなので、討伐はほぼ不可能だ。
(聡いとは聞いていたけれど、まだ幼い)
パリチチスがファーウをそう評価した。
(使わないように祈るしかない)
美しく輝く鳩の血のようなルビィは、コカトリスでもバジリスクでもないAクラスの地龍の目だ。
その効果は(リヴャンテリのコカトリスを覗く)邪眼の無効化および人ひとりの生命の完全回復ならびに人ふたりの危機的脱出だった。前者は通常効果だが、後者を使えば壊れてしまう。
組合長の個人所有だが、組合の象徴ともいえる。
逆に言えば、それだけの価値がある人物なら地龍の討伐も可能だということだろう。
パリチチスが聞いた噂では先代リムリス(LymLys)――今のリムリス(LymLyss)の母を助けるために槍使いが使って壊したらしい。
今もあるということは、先代リムリス(B)と槍使い(B)が地龍(A)を討伐したのだろう。
(ちょっと考えられないけれど、何とかなるものだから……それにしても……)
リムリスが馬に揺られ笑顔で眠っていた。
石畳の街道は遠くユタリナまで続いていた。




