16.ナイル家の至宝(R)
16.ナイル家の至宝
ファイア侯爵ナイル家の当主が、上級魔術師の娘に贈ったのは紫檀製の細長い箱だった。
『汝我が主にあらざれば能わざる也。猶欲す手に火の禍あらん』
封印があるらしく、持ち主でないものには火の禍があるらしい。
火の魔術師の第一であるお宝に冒険者だけでなく、組合の職員も興味津々らしい。人だかりになる。
カナイルナイが手をかざすと、針のように細い炎が親指の腹を刺した。
痛みはない。一滴だけ血を残し、傷はすぐに再生され癒された。
金属音がして、箱が開いた。
青い色眼鏡だった。
「きれい……あっ!」
アダリリスが思わず声に出してしまう。口に手を当てた。
「えっ? 箱は?」
目が良いリムリスが行方を探した。
「収納魔法ですね。開くと収納されます」
冷静になったアダリリスが解説した。
「青いレンズの眼鏡……。赤いのなら見たことがあるけれど……」
リムリスがじっくり見た。
「鑑定して」
リムリスが銀貨を投げた。
二本指でアダリリスが受け取った。
「一般の品ではないので、銀貨十枚になります」
「払うわ――えっ」
財布を出そうとしたリムリスが受付を越えて、アダリリスにぶつかった。
風の魔術だ。
「やめんか。痴れ者が」
リムリスの身長の半分しかない老いた女が静かに言うと、空中から降りてきた。
「気になって来てみればやはりじゃて。――アダリリス」
「はい!」
倒れていたアダリリスが直立不動になった。
「お前がいながら不甲斐ない」
「申し訳ありませんでした」
「古の文じゃぞ。『火の禍』が何を意味するか、考えられんのか愚か者めが」
「申し訳ありませんでした」
「『火』とあるが『ほのお』と読ませておるじゃろ。その『禍』じゃぞ。この組合ごと灰になるところじゃて。――二つ剣」
「痛いなあ……飛ばさなくてもいいでしょう、お婆さん」
「ここでは組合長と呼べとあれほど――」
「――はいはい組合長。いつも言われているように、興味があったから金で買おうとしただけじゃあない」
「リムリス、貴族のものに迂闊に触るものではないのじゃよ。――アダリリス」
「はい!」
「アリスナリスの剣は覚えておろうな? 話してみせよ」
「はい。三年前にアリスナリスの剣の鑑定依頼があったのですが、要人暗殺の記録が残されていました。依頼人は被疑者となり即逮捕されました。依頼人にはアリバイもあり、さいわい要人の遺族が民事で訴えなかったので釈放されましたがその夜に行方不明になりました。アリスナリスの剣とともに」
「それって……」
遺族の誰かが要人暗殺を依頼し、その暗殺者をまた暗殺した人物が横流ししたのだろう。
「皆まで言うでないわ、バカ者が」
「バカバカ言うのやめてもらえます? 組合長」
パワハラ(パワーハラスメント)である。
「まともに二剣を使えるようになったら、認めてやるわい」
組合長が指摘しているのは、リムリスの要領の良さである。しょせんは小手先で、強敵に通用するものではないことをリムリスは自覚していた。身内だからこそ言われると反抗したくなるのだろう。
「見てはいけない……違う、知ってはいけないことを見た可能性があるのですね?」
カナイルナイが組合長に質問した。
「そうじゃ。それはお前さんの家のことじゃから、私らには関係ないことじゃて。――生きるうえには知る必要がある。じゃが、必要以上に知ると身を滅ぼす」
「中庸ですか?」
「知ってなおもできぬことを覚えることじゃな」
「精進いたします」
組合長がアダリリスに目配せした。
「はい、解散! 通常業務に戻ってください」
アダリリスの宣言で、あれだけ集まっていた人たちが蜘蛛の子を散らすように消えてしまった。
残っていては、アダリリスから八つ当たりをくらうに決まっている。
「ファーウ」
「はい」
組合長に呼ばれたカナイルナイが返事をした。




