11.召喚前(2)(R)
11.召喚前(2)
更迭されたカナイルナイは、あれほど憧れていた宮廷魔術師をあっさり辞めてしまった。聡いカナイルナイだ。歴史を学んでいる。このまま留まっても出世はできないし、最悪死地に送られる。
(家に勲章と花束が届けられて終わりだわ)
フリルのついたスカートを着たカナイルナイが向かったのは冒険者組合だった。
宮廷魔術師が国家公務員なら、上級魔術師は傭兵だった。冒険者組合は民間軍事会社ではなく斡旋所扱いで、傭兵の命は軽い。#鴻毛
それは知っていた。しかし――。
「銀貨三十枚いー!」
カナイルナイが声を上げた。棟つづきの酒場の人たちまで顔を向けた。
「三十枚?」
「はい、銀貨三十枚です」
(わたしの頭くらいある……)
受付嬢の大きな胸に目がいった。
(というか書類が見えない)
銀貨三十枚は、宮廷魔術師の退職金と同額だった。庶民一か月分の生活費といったところか。
「絶対ワザとだ。今夜の宿はどうするのよ……」
王宮にある寮は追い出され、名門侯爵家が宮廷魔術師を辞めた落ち零れを屋敷に泊めおくはずもない。
予定になかったことだから、送別会も見送りもない。冷たいものだ。
杖や帽子にはナイル家の紋章があるが、悪用したら即没収の上、爵位継承権を剥奪され平民落ち、執行猶予なしの実刑判決が待っている。
悩んでいるカナイルナイに近づいた少年が、トランクを盗んで逃げた。
「ダメ!」
ボッという音で少年の髪が丸焦げになった。
「盗難防止魔術よ。ああダメだって」
なおも持って逃げようとした少年の上着が灰になった。
少年が警備員に逮捕された。
トランクを手にすると、受付に戻った。
「わたしはカナイルナイ。上級魔術師で登録をお願いします。――これで」
懐から革袋を出すと、十枚ずつ並べた。
「あの嬢ちゃん、上級魔術師だってよ」
「まだ子供だろう。憧れるのはいいが、実力がないと今夜にも豚の餌になるぜ」
「フッ親の顔が見たいぜ」
「まったくだ」
「どうせ――うわっ! 熱い!」
男たちの髪に火がついて、虎縞に焼かれてしまった。
「わたしのことは構いませんが、家を侮辱するものは容赦しません」
貴族は名誉職だ。名誉を傷つけられたら、容赦なく戦うに決まっている。
「あの紋章……」
いっせいに視線が集まった。紋章を付けていれば、まず間違いなく貴族だ。平民が使うことはできないし、偽造偽証いずれも重罪となる。
「カナイルナイさん?」
受付嬢だ。目を釣り上げている。
「はい、わたしがカナイルナイです」
「登録前ですが、組合内での器物損壊は、罰金銀貨三十枚です」
「えっ?」
「支払えない場合は、三年の懲役です」
それだけイザコザが多いのだろう。
「銀貨三十枚……」
「はい、銀貨三十枚です」
「懲役三年……」
「はい、懲役三年です。罰金銀貨三十枚たす登録料銀貨三十枚で計銀貨六十枚です」
「先に、罰金分をこれで」
並べていた銀貨を差し出した。
「はいかしこまりました」
「……少し席を外します」
「お待ちしております」
領収書を受け取ったカナイルナイは、酒場で髪の毛が燃えた男三人の席に向かった。
「一人銀貨十枚で手を打ちます」
男たちが顔を合わせた。
「お嬢ちゃん――」
「――レディです。貴族の娘はレディと呼びかけます。なお、わたしは昨日、宮廷魔術師を辞めました。今はお金がありません。すぐに仕事が必要です。理解できませんか? 飲んでいる暇があったら、わたしに付き従って仕事をしてください。報酬は規定分を約束します。活躍すれば、そのぶん上乗せします。負傷ないし死亡時にも見舞金を支払います。ただし、軍規違反は厳罰です。敵前逃亡は即決斬首か銃殺ですが、わたしの場合は火炙りです。灰も残りません」
(この子……)
(イカれてやがる……)
(どっどうする? え?)
「うう……ちょっとお腹が――」
「昨日から頭が痛かったんだよな俺……アレ? まっすぐ歩けないぞ」
「子供が産まれたんだ! 俺はパパになったんだ! 子供が産まれたんだ!」
三人とも逃げてしまった。
「組んであげてもイイわよ」
カナイルナイが声のほうに振り向くと、両腰に剣を下げた美少女が立っていた。身長は一七〇センチメートルくらいで戦士としては小さいが、その肢体は見事に鍛え上げられていた。
「リムリス。私は二刀流のリムリス」




