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異世界兵站(ロジスティクス)株式会社  作者: 門松一里
第1章 兵站(ロジスティクス)限界
1/66

1.ヴィヴァンディエール(R)

異世界兵站ロジスティクス株式会社

異世界ヴィヴァンディエール

〝La Vivandière, ISEKAI〟


1.ヴィヴァンディエール


 輜重しちょう担当の昔鳥カササギめると言ったとき、誰も止めなかった。


「そうか。じゃあな」


 リーダーの上月コウヅキも例外ではない。遠慮なく夜の荒れ野(ヒース)に送りだした。


「じゃあ、アタシも辞めるわあ」


 昔鳥に同調したのは、酒保商人ヴィヴァンディエールのヴィヴだった。一五九センチメートルしかない昔鳥と並ぶと、かなり高い。緑髪のナイスバディは一七五といったところか。


「はあ?」


 一同が反応した。


「何でお前まで……。勝手に辞められると思っているのか? まだ隷属期間は――」


「――二つ月が天上にあるわあ。今宵こよい月が変わって呪詛じゅそけるわあ」


 二つ月の光で、ヴィヴの首にあった隷属契約の紋章が融解してえりを汚した。ハンカチーフをチョーカーにして隠した。洗いたいが、荒れ野(ヒース)の水場をけがすわけにはいかない。


「まあいい好きにしろ。ババア」


 この世界は成人年齢が十五歳で三十前に孫がいても不思議はない。


「荷物は置いていく」


「当たり前よ」


 昔鳥の言葉に、弓使いのメリアが頭を傾けながら肉を頬張った。女性のハーフエルフは雑食だ。


「大切に使わせてもらう」


 深く礼をしたのは、同じくハーフエルフの男性祭司(ドルイド)のクリーアンは、木の実入りのスープを飲んでいた。木の実は出汁ダシに使ったので、味はほとんどない。


「ヴィヴ……寂しくなる……」


 上級魔術師アークウィザードのカナイルナイが、雑穀スープを飲んでいた。杖と帽子が大きい以外は町娘と変わらない。


 顔を背けたのは女剣士のリムリス嬢だ。上月が髪をいてやる。


「早く行け。昔鳥カササギ


「計画表を確かめてくれ。十分、兵站へいたんは揃っている」


「はいはい。何かにつけて兵站へいたん兵站へいたん兵站ロジスティクス兵站ロジスティクス。まずわたしたちがいなきゃなーんにもできない癖に」


「もういいメリア」


「フン!」


 メリアが馬車の荷に貼り付けていた羊皮紙を破るとべた。リムリスが静かに、不気味に笑った。


「ふう……。上月コウヅキ


「何度言ったら分かる。リーダーと言え」


「生き残れよ」


「お前は死ね。――何が兵站ロジスティクスだ。いつも残飯ざんぱん食わせやがって」


 昔鳥がバックパックを背負うと、ヴィヴも似たようなパックを背にした。


「似合いだよ。お前ら」


 昔鳥が一礼すると、カナイルナイに手を振るヴィヴといっしょに来た道を戻った。


   *


 丘を越え、焚き火の明かりが見えなくなったころヴィヴが横に手を延ばして、暗闇からシャンパンボトルを取りだした。収納魔術だ。


「それは……」


「初めて会ったときにもらった高級シュワシュワよお」


 ビールではない。スパークリングワインでもない。正真正銘シャンパーニュのオートクチュールのボトルだった。


「クリュッグ……」


 シャンパンの帝王である。


「ラッパ飲みでいいでしょうう?」


「情緒がないなあ」


「まあ身を軽くしたいというのもあるからあ」


 替わりにバックパックをそのまま入れた。割れないように緩衝材がわりの空間があったらしい。


 コルクが飛んでいかないようにしっかり握って、封を切った。


 軽快な音を響かせて、泡がこぼれた。


「美味しいわあ。地球のことを聞かせてよお」


「寝物語に(上月コウヅキから)聞いたんじゃあないのか」


「別れた男の話をするもんじゃあないわあ」


 収納魔術を使える人間は限られている。多くは王族で、酒保商人ヴィヴァンディエールになるのは元王族の女子だ。


昔鳥カササギって、昔のことは言わないし、聞かないわねえ」


「傭兵に隷属した酒保商人ヴィヴァンディエールの過去を話せと?」


 ヴィヴが吹き出した。


「もったいないじゃあないのお。――言いたくないなあ。つまらない話よお」


 ヴィヴは元王女か、王族公爵の子女のどちらかだろう。


 何かあって奴隷に落とされた。理由はいろいろあるだろうが、昔鳥にすれば「どれもよくある話」だった。


「確かに美味しいね。あっ!(間接キスだ)」


「――どうしたのお? あっ!」


「どうしてバレた?」


 夜の荒れヒースの草が〝立ち上がって〟声をかけた。昨夕の野盗の残党だ。複数いる。


「完璧に隠れていたのに……」


 夜襲しても、機会を外しては元も子もない。戦闘でペースを崩されては絶滅もありえる。黄昏たそがれ時は人気ひとけも誤魔化せるが、防御されていれば負ける。


「〈とん〉」


 昔鳥がヴィヴの手を掴むと、下経三十四卦の第三十三番目、通称「天山遯てんざんとん」を唱えた。


 二人が道の遥か向こうに消えた。「遯」には「にげる」意味がある。


「〈〉」


 遠くから、上経三十卦の第三十番目、通称「離為火りいか」が聞こえた。


「ちょっ! どうなってやがる!」


 消えた方向を見ていた野盗の手足がからまった。衣服の袖や裾が燃え、手首足首それぞれの皮膚が接着していた。「離」には「火」の他に「つく」意味がある。


   *


 昔鳥が、通称「風地観ふうちかん」である〈かん〉を口にして遠見した。


「殺したのお?」


 ヴィヴが質問した。


「ぼくは人を殺めないよ。――メリアの矢、クリーアンの土、カナイルナイの火、リムリスの剣、上月コウヅキの両手剣――食後の運動だね」


「あいかわらずブラックジョークがキツイわあ」


「クリュッグの栓の音で(メリアが)用心していたみたいだね」


「わたしたちが復讐するとでもお?」


上月コウヅキはそうした人だよ。辛いときはいっしょにいられるけれど、幸せになると傷つけてしまう」#長頸烏喙


「不器用ねえ」


「未練はないでしょう?」


「あるもんですかあ」


 ヴィヴが手を開き、指輪リングをみせた。二つ月の明かり輝くのは、美しいサファイアだった。


括弧をルビに変換しました。サブタイトルに「(R)」とつくものは変換済です。

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