第4話 突然の電話
[キャロン!逃げて!!]
[え…?どうしたの、お母さん?]
[早くしないと!!っ…!!]
「ぎゃぁあ"あ"あ"あ"あ"!!!」暗く静かな部屋に叫声が響き渡る。額から冷や汗が流れ落ち、心拍数が上昇し息が乱れる。ふと、部屋の明かりが点き、あまりの眩さに目を細めた。
「だ、大丈夫!?美緒ちゃん…。」と、隣で一緒に映画を観ていたメグさんが心底心配そうに私に声を掛けてくれた。
「ははっ…。だ、大丈夫です。メグさん、心配してくれてありがとうございます…。」手の甲で冷や汗を拭い、必死に平静を装う。
「怖いよね?まだ途中だけど止めておこうか…?」と、私の顔色を伺うようにして返事を待つメグさんに申し訳なく思う。
「いや、本当に大丈夫なんです…。私、何時もホラー映画観る時こんな感じで叫んじゃうというか、世界観にのめり込むタイプで…。私的には楽しんで観てるつもりなんですけど、皆映画より私の声の方に驚くって言って一緒に観てくれないんですよ。メグさんも映画に集中出来ないですよね、ごめんなさい…。」
昔からホラー映画は好きなのだが、やはり怖いものは怖いので毎回観た後は、トイレに行くのが怖かったり、一人で中々眠れない夜を過ごしたりしている。
それでも懲りずに何度も観てしまうのは、怖いもの見たさというところだろう。
「本当に大丈夫…?怖いなら手繋ごっか?」メグさんの差し出された手を反射的に握ってしまった。いや、別にこれは、怖かったから握ったのではなくて、ただ単にメグさんと手を繋いでいたかったのだ。
「メグさん、ありがとう…。もう大丈夫なので映画再生しても大丈夫ですよ。」メグさんの手を握っているお陰か、大分正気を取り戻せた気がする。先程までの緊張感のある胸の高鳴りではなく、心地のよいものに変わっていく。
「分かった、じゃあ再生するね~。」
「ぎゃぁあ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
***
「ふっ……、ふっ、ん"っあはっふふふっ…。」メグさんが私の隣で必死に笑いを堪えている。いっそのこと思い切り腹を抱えて笑ってほしい。
「……メグさん、そんなに面白かったですか?」ホラー映画を見終わった後のリアクションではない気がするが、笑った顔もとても可愛い。
「ん"んっ……ふぅ……。うん、すごく面白かった…ふはっ…。」必死に平静を装おうとしているが、笑いを堪えきれずに息が漏れてしまっている。
「も~…そんなに私が驚いてる所って面白いかな?自分じゃ分かんないなぁ…。今度、私がホラー映画観てる所動画撮ってくださいよ。」
「いや、もうね…怖いシーンが来る度にリアクションが凄いから…次はどんなリアクションなんだろうって逆に楽しみになっちゃって…ふふっ。お化け屋敷とかも行ったら楽しそうだね!」と、悪戯な笑みを向けた彼女は、何時もより少し幼く見えた。
「私、お化け屋敷苦手なんです…。でも…メグさんがずっと手を握っていてくれるのなら良いですよ?」
「じゃあ、今度一緒に遊園地行こうね!」
「はい!」
メグさんと遊園地に行く予定をたてようとスマホを取り出した瞬間、それを見計らったかのようにスマホから軽快な音楽が流れ始めた。
「っと…すみません、電話だ。」
スマホの画面を確認すると、"美由紀"と表示されていた。スマホの画面を通話の方へとスライドさせる。
「もしm『もしもし!美緒!明日遊ぼっ!!』美由紀が、私の声を遮るように唐突に話し始めた。しかも、物凄いハイテンションで。
「明日?大丈夫だけど、何処に行くかもう決まってる感じ?」
『うん!前に偶然会った時に何処にでも連れてってくれるって言ってたでしょ?だから、久しぶりに二人で遊園地行こっ!何か新しいアトラクションが出来たみたいでさ~。めっちゃ気になる!』
あまりにもタイムリーな話題に少し戸惑う。つい先程までメグさんと遊園地に行く予定をたてようとしていた所に美由紀から遊園地に誘われてしまったのだ。遊園地何て毎週行くような所では無いと私は思う。たまに行くから毎回新鮮な気持ちで楽しめるのではないだろうか。
おそらく、明日美由紀と一緒に遊園地へ行くと、メグさんと行く遊園地がかなり延期してしまうことだろう。出来ることなら、メグさんと遊園地に行きたかったのだが、この間何処にでも連れていくと約束してしまった為、これは決定事項なのだ。
「分かった…。じゃあ、明日10時位に迎えに行くから寝坊しないでよ?」
『あったり前じゃ~ん!てか、楽しみすぎて今日寝れないかも!』
「ちゃんと寝なよ?」
『は~い、お母さん。』
「あんたのお母さんじゃありません!」
『あははっ!美緒めっちゃノリ良すぎ!』
「美由紀がボケるからでしょうが~!…ふふっ、本当に早く寝なよ?おやすみ。」
『はいはい!美緒も、おやすみっ!』
スマホをタップし通話を切る。久しぶりに友達と遊ぶのだと思うと、ワクワクしてくる。しかし、メグさんには何て説明しようか…。
ふと、メグさんの方に目を向けると、少しムスッとした表情で私の方を見つめていた。
「メグさん…?どうしました?」
「…ん?別に何でもないよ…。」と、言うとフイッとそっぽを向いてしまった。
先程まで普通だったのに何も無い筈がない。思い当たることと言えば、先程の電話だろうか…。もしかしたら遊園地に行く話が聞こえてしまっていたのかもしれない。別に、聞かれたら不味い事もないが、何も相談無しに遊びに行くのは駄目だったのだろうか。
それにしても、普段あまり不貞腐れたりしない大人の余裕のあるメグさんが、こんなにも素直に感情を露にする姿がとても新鮮に思え、私に気を許してくれているのだと嬉しくなる。
彼女の服をクイッと引っ張り「メグさんっ。こっち向いてください…。」と言うと、おずおずと顔をこちらに向けてくれた。
彼女の頬に手を添え、親指で優しく撫でる。
「メグさんが何を考えてるのか教えてくれないと分かんないよ…。」と、彼女の顔を伺うように囁きかけた。
メグさんは、少しだけ戸惑った顔を見せた後、小さな唇をぎゅっと結び、顔を俯かせた。
「あ…。ごめんなさい…。言いたくないなら大丈夫ですからっ…。えーっと…、あ…もうグラス空ですね。何か飲み物持ってきますね。」飲み物を取りに行こうと立ち上がろうとした瞬間、グイッと服の裾を引っ張られた。
中腰の状態で急に引っ張られた為、よろめいてメグさんの方へと倒れ込んでしまった。
「イテテ…す、すみません。メグさん、大丈夫ですか?」
メグさんに覆い被さるように倒れ込んでしまったため、直ぐに退こうと身体を起こそうとした瞬間、ぎゅっと彼女に抱き締められた。
一瞬思考が停止し、状況を理解した瞬間、ボッと火が出たのではないかと思うくらい顔に熱が集中する。吐息が当たる程近い距離に、心臓が痛いくらいに脈打つ。
どうすれば良いのかと、思考を巡らせていると「行かないで……。」と、か細い声が私の耳に届いた。そして、背中に回された彼女の手が、離さないと言わんばかりに抱く力を強める。
(ぐわぁーーー!!なんだこの可愛い生き物は!?は?…マジ無理…尊死ぬんですけど…。)メグさんの甘え攻撃によって一瞬意識が飛びかけたが、それを必死に堪える。
「…メグさん?私、友達と遊びに行くだけですよ?」
「だけどっ……なんか、嫌なの…。」
「"嫌なの"か…。約束を破るのも嫌だし。ん~……どうしましょうか?」メグさんの貴重な数少ない我が儘を聞いてあげたいとは思うが、既に美由紀と約束してしまっている手前、それを断るのも骨がおれそうだ。
考えに考えた末、ある1つの答えに辿り着く。
「メグさん…ちょっと身体を離してもらえますか?」少し名残惜しさはあるが、メグさんに身体を離してもらいスマホを手に取ると、直ぐに美由紀に電話をかけた。
「もしもし、美由紀?」
『ふぁ~…。美緒…まだ寝てなかったの…。』と、物凄く眠たげな声が耳に届いた。
「起こしちゃってごめんね…。明日の事なんだけどさ…。」
『ん…。どしたの…。』
「もう一人増えても良いかな?この前会った時に紹介したでしょ?」
『ん…?ああ、あの綺麗なお姉さんのこと?』
「そうそう!で、人数増えても大丈夫そう?」
『別にだいじょぶ……。ふぁ~…。ねむい…。ねる…。』今にも寝てしまいそうな程気だるげにボソボソと喋る美由紀。ちゃんと私の言ったことを眠気眼な頭で理解しているのかは定かではないが、今は美由紀の事を信じるしかない。
まあ、今のやり取りを忘れていたとしても、当日人数が増えたところで全く気にしないのが美由紀の長所だと言えよう。むしろ、当日二人で遊ぶと約束していたにもかかわらず、いつの間にか人数が増えていたなんて事は今までザラにある。
「うん、おやすみ~。」
通話を終了し、メグさんの方に視線を戻す。
「ってことで、明日一緒に遊園地行きましょうね?」
「……………え!?」彼女の心底驚いた様な表情に思わず笑みが溢れた。




