第12話 お姉さんと温泉旅行へ行ってきます!
温泉旅行当日。私は今、今世紀最大のミスを犯し、慌てふためいている。
昨晩、旅行の準備を終えてから宿泊先迄の経路を検索し、周辺にある観光スポット等を色々リサーチしていると、いつの間にか日付を跨いでおり、慌てて寝ようとしたのだが…。先程まで見ていたスマホのブルーライトによって活性化された目は、バキバキに冴えて眠れる気配はなかった。
このままだと車の運転に支障を来すと思い、必死に寝ようとするのだが、寝ようと思えば思うほど睡魔は遠退き、時間が過ぎるだけだった。
流石に疲れてきたのか、布団に入ってからおよそ2時間位経過したところで意識を手放していた。
ピピピッピピピッピピピッ
「……っ。うーん…。」アラームの音が、薄い意識のなか聞こえてくる。
スマホを手に取り5:50を知らせるアラームを切る。そこでふと、眠気眼のなか疑問を感じた。
(…ん?5:50…?メグさんを迎えに行くのが6:00だから…。)
バッと勢い良く布団から転げ落ちるように起きる。
「やっっっっっっばい!寝坊したぁ!!!」
オロオロとまだ覚めきっていない頭で考える。ここからメグさんの家まで車で約15分掛かる。どう足掻いても既に遅刻確定なのだ。
取り敢えずメグさんに連絡することに。
「もしもしメグさん?」
「おはよう~美緒ちゃん!もう着いたの?」
「違うんです!えっと。あの…。す、すみません!寝坊しましたぁ!!」
余りにも情けない自分に嫌気が差してくる。こんな事になるのなら昨晩エナジードリンクでも飲んで徹夜すればよかったと後悔する。まあ一番の原因は、アラームを約束の1時間前にセットするのを忘れていた事だろう。
慌てふためき、半泣き状態の私を宥めるように「落ち着いて、美緒ちゃん。」と優しい声が聞こえた。一旦冷静になるため深呼吸する。
「…すみません、落ち着きました。えっと。今から準備するので、約束の時間から30分位遅れると思います。すみません、楽しみにしていてくれたのに…。」
「美緒ちゃん?旅行にはハプニングが付き物なの…。予定通りのままじゃ、つまらないでしょ?だから、あまり気にしないで?」
「…っ!メグさんっ!」
メグさんの温かい言葉に少しだけ救われた様な気がした。
***
「メグさん!遅れてすみませんでした!」
「ふふっ。髪の毛跳ねてるよ?」そう言って私の髪を、そっと梳かす。車の中、急に近くなった距離に思わず心臓が高鳴る。するっと彼女のしなやかな指先が離れ、それに少しだけ名残惜しさを感じた。
「…っ。ありがとうございます。」寝癖が付いていた事に恥ずかしくなるのだが、それよりも隣で私を見つめながら微笑むメグさんの方が気になって仕方がなかった。
***
「それじゃあ今から高速に入るので、お手洗いとか行きたかったら早めに言ってくれると助かります!まあ、ずっと運転してると疲れちゃうので要所要所でパーキングエリア寄りますけどね。」
「うん。分かった。」
有り難いことに天気にも恵まれ、車の窓から見える景色が少しだけ眩しく見える。ちらりと横に目を向けると、ジーっと此方を凝視している彼女と目が合い、思わず驚き急いで視線を前に戻す。
「メ、メグさん?そんなに見つめられたら緊張しちゃうなーって…。」
「あ…!ごめんね。運転するの楽しそうだなーと思って。」
罰が悪そうに私から外の景色に視線を移す。
「メグさんは、免許持ってないんですか?」
「うん。免許持ってた方が何かと便利だから取りに行こうかと思ってはいるんだけど…。」
「免許取得までお金と時間が掛かりますもんね。」
「折角の休みの日に自動車学校に行くのも億劫で…。」
外の景色を遠く見つめ、悩ましげに息をつく。
「メグさんは、免許取らなくても大丈夫ですよ。行きたいところがあるのなら、何時でも私が連れていきますから!」にししっと無邪気に笑って見せる。
「もうっ!そんな冗談言って!本気にしちゃったらどうするの?」
「あははっ!冗談じゃないですって!」
運転し始めておよそ一時間経った頃私達は、休憩する為パーキングエリアに寄ることにした。
ガチャッ
車から降り、外の空気を思い切り吸い込む。ぐぐーっと背伸びをすると、鈍った体が少しだけ軽くなった気がした。
メグさんはお手洗いに行っているため、売店にでも寄ろうかと歩を進める。すると、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
声のする方へ顔を向けると、ブンブンと大きく手を振り、此方に小走りで駆けてくるのが見えた。
「みーおー!!!」ドシンッ「ぐっはっ!!」物凄い勢いで突進してきたと思いきや、ぎゅーっと抱き締められる。ばっと体を離されたと思ったら、ぐしゃぐしゃと頭を撫でくりまわされ、髪の毛がボサボサになる。
「ちょっと!美由紀っ!やめなさい!」
美由紀というのは、今私の頭をボサボサにした張本人であり、中学時代からの親友でもある。昔からリアクションやら行動がかなりアグレッシブで物凄く陽気な性格なのだ。時に暑苦しく感じることも無きにしも有らずだが、人懐こく、にかっと笑う所は何とも無邪気で同い年なのにも関わらずまるで妹の様な存在だ。
「はっ!何で美緒こんなところに居るの!?迷子?」不思議そうに子首をかしげる美由紀にデコピンをする。イテテッとおでこを擦る所がとてつもなくアホっぽく見えるのだが、そこもまた彼女のチャームポイントなのだろう。
「はぁ…。迷子なわけ無いでしょ?友達と旅行しに行くところ。美由紀こそどうしてここに?」
「旅行!?いいなぁ~!みゆ達は、家族で親戚の家に遊びに行く途中だよ!」エヘヘッと笑いながら、余程会えたのが嬉しかったのか腕にしがみついてくる。まるでコアラがしがみつくユーカリの木になった気分だ。
久しぶりに会えたのが嬉しかったのは私も同じで、少し気恥ずかしくなる。それを誤魔化すように美由紀の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ごほんっ!美緒ちゃん?」
「メ、メグさん!お帰りなさい!」背後からひょこっと顔をだし、此方をジーっと見つめられる。別にやましいことなどしていないのにたじろいでしまう。
メグさんの姿に気付いたのか「うわぁ!すっごい綺麗なお姉さんだ!」と美由紀が感嘆の声をあげた。美由紀の真っ直ぐな言葉に顔を赤くし、照れるメグさんに追い討ちを駆けるように「照れてる~!かっわいいねぇ~お姉さん!」まだ何か言いたげな口を塞いでやり、言葉を飲み込ませる。
「すみません、メグさん。この子私の友達で、美由紀っていうんですけど…。」塞がれた口を解放させるべく、勢い良くもがくようにして私の手から脱出する。
「ハイハイハイ!自己紹介なら、みゆに任せて!」物凄く自信満々に言うので何だか嫌な予感がした。
「みゆは、美緒の中学校からの大親友で~。ん~、家族みたいな?家族ぐるみの付き合い的な?まぁ、めっちゃ仲いいよね!」
「うんうん。そうだね。自己紹介お疲れ様。よし!そろそろ出発しましょうか!メグさん!」メグさんの背中を優しく押し、車へと向かう。
「ちょ、ちょっと!美緒ひどい!みゆを置いてくの?」
「いや、置いてくも何も家族で来てるんでしょ?」
「そ、そうだけどさ…。」私の着ているコートをくいっと後ろから引っ張る美由紀。くるっと振り向き美由紀の顔を覗き込むと、むすっと不貞腐れた顔をしていた。私は美由紀の頬をぷにッと摘まみ、それから頭を優しく撫でた。
「もう…、我が儘言わないの。また今度一緒に遊ぼ?美由紀の行きたい所どこでも連れていってあげるから…。ね?」
「うん…。分かった。絶対だよ?約束ね!」先程まで不機嫌だったのが嘘かのように、満面の笑みで手を振り家族の元へと帰っていく美由紀を見送る。
「よし!私達も行きましょうかメグさん。」
「…うん。」
目的地まであと少し。温泉へと近づくにつれて溢れる期待を胸に、私達はゆっくりと旅路を進めた。




