転がる花瓶と倒れた少女
「今日も部活楽しみだなぁ」
そう口にしながら扉を開ける少女。そして、次の瞬間。
「キャーッ!」
うつ伏せで倒れている少女を見つけ、叫び声をあげながら腰を抜かした。
「それでは、状況を整理するです」
和音、若菜、紗耶香に順番に視線を送りながら心春が言う。
「和音さんが第二音楽室に入った時に菫先輩が倒れていたですね?」
「うん。一瞬見間違いかと思ったけど、確かに菫先輩だったよ」
和音は記憶を確かめるように慎重に答える。
「それで、若菜さんが次に来たですね?」
「ああ。廊下を歩いていたら和音の叫び声が聞こえたから、走って来たんだ。そしたら……」
若菜は目を伏せ、口を噤んだ。
「結構です。その次は私です。お二人が尋常じゃない様子だったので何があったのか聞いたら、菫先輩が倒れている、と」
至って冷静な心春。
「最後に紗耶香先輩ですね」
「……ええ。日直の仕事があったからすみれとは別々に来る予定だったの。でも、まさかこんなことに……」
苦しそうに言葉を絞り出す紗耶香。
「それで、菫先輩の状態ですが、入り口近くでうつ伏せで倒れていて、近くには花瓶。何者かに後ろから襲われたといったところでしょう。こういうものは第一発見者が怪しいと相場が決まっているですが……」
心春がちらりと見やると、和音は目を丸くして手をぶんぶんと振った。
「そんなことしないよ! 理由だってないもん……」
「理由ですか……それなら、ソプラノ同士で一緒に居る時間が長いですし、なんらかの恨みが生まれる可能性はあるかと」
「菫先輩に恨みなんてある訳ないよ!」
「そうですか」
涙目で訴えかける和音を軽くあしらい、若菜に視線を向ける。
「次に怪しいのは若菜さんですね。誰かが来るよりも早く事を済ませ、近くに隠れて誰かが見つけるのを待って、あたかも二番目の発見者であるかのように見せかける、という手法なんてどうでしょう?」
「この近くに隠れる場所なんてないだろ。それに私だって動機がない」
呆れたような目で心春を見る若菜。
「動機だったら、巨乳キャラは二人もいらないから、というのがあるですね」
心春の視線を受け、身体を覆い隠すように若菜は両腕で自分を抱く。
「そんなバカな動機があるか!」
「だったら、紗耶香先輩ですか。菫先輩が私ばかりを構うから、それに嫉妬して、というのが妥当な線かと」
「……それならすみれじゃなくて、心春さんが標的になるんじゃないかしら」
眉をほんの少し吊り上げて反論する。
「それは人それぞれじゃないですか。交際相手を手にかける、なんてニュースは珍しくないですよ」
「じゃあ、そういう心春はどうなんだ? それこそ、毎日毎日抱き着かれて、嫌気が差して、なんてのもありそうだと思うけれど」
若菜が珍しく棘のある言葉を投げかける。
「ないとは言い切れないですが、菫先輩は一応アニソン合唱の理解者でもありますし、紗耶香先輩を説得するには必要な人材ですので」
「もうやめようよ!」
静かに聞いていた和音が声を張り上げた。
「お芝居だってわかってるけど、やっぱりこんな空気耐えられないよ……」
その言葉を境に、張り詰めていたものが解き放たれた。
「和音の言う通りだな。もう満足だろ、心春」
「そうですね。最近探偵モノの小説を読んだのでやってみたかっただけですが、案外面白かったです」
先程までとは打って変わって、軽い調子で言う。
「……とんだ茶番に付き合わされたわね。それで、すみれはいつまで寝てるつもり?」
依然として横たわっている菫に向かって紗耶香が声をかける。
「あら、気づいてたの?」
そう言いながら、何事もなかったかのようにむくりと起き上がる菫。
「……ええ。時々少し動いてたから」
「ずっと同じ体勢って疲れるのよね。それにしても、誰かが驚いてくれたらいいなあってくらいの軽い気持ちでやってみたら、こんなことになるなんて思わなかったわ。かずねちゃん、びっくりさせてごめんね」
大きく伸びをした後、和音に軽く頭を下げた。
「いえいえ、怪我とか病気じゃなくて良かったです」
「本当にかずねちゃんは優しいわねぇ。そういえば、こはるちゃんが言ってたのって本心? 嬉しいわぁ、ぎゅーっ!」
返事を聞くより先に心春に抱き着く。
「あんなのただのでまかせです! 暑苦しいです! 離れるです!」
「照れてるところも可愛いわぁ」
「いつか本当にやられる覚悟をしておくですよ……」
少し低い声で脅すように心春は言うが、菫に動じる様子は全くない。
「こはるちゃんにだったらそれもいいかもしれないわね……」
「……あなたどこまで本気なのよ……」
引き気味に紗耶香が言うと、若菜と和音が顔を見合わせて笑う。
今日も合唱同好会は平和である。