百合と種付けおじさん
タイトルが不穏すぎる。
「好きだよ、アカリ」
日焼け跡が可愛い、ショートカットのボーイッシュな陸上部女子が言った。
「私もだよ、ユキちゃん」
眼鏡が可愛らしい、ロングヘアの優しそうな文学部女子が言った。
二人は誰もいない放課後の教室で、優しいキスをした。
二人は、自分たちの恋愛が世間に認められないと、分かっていた。だが、理屈で人は人を愛せない。
「おー、楽しそうじゃんお二人さん」
「俺たちも混ぜてくれよ」
音を立てて、教室の扉が開き、二人の軽薄そうな男が入ってくる。
「ヒッ、誰」
「何だお前たち、アカリを怖がらせるな!」
「怖いねえ、そんな怒らないでよ」
「そうそう、俺たちはちょっと見てもらいたいものがあるだけだから」
男の一人がスマートフォンの画面を見せた。そこには、ユキちゃんとアカリがキスをする姿が映っていた。
「バラされたくなかったら、分かるよね?」
ユキちゃんは悔しそうに唇を噛みしめ、声を絞り出した。
「…分かった、アカリには手を出すな」
「ユキちゃん!」
「オーケー、オーケー、約束は守るよ、俺たち」
「そうそう」
男たちがケラケラと下品に笑った。
少女が毒牙にかけられようとしたその時、種付けおじさんはやってくる。
「現国の近藤?」
そこに居たのは、中年の禿げた小太りの男だった。
(何だ、こいついつから居た?俺たちが気づけなかっただと?)
男たちもプロのチャラ男である。横から出てきた竿役に獲物を奪われないように、それなりに鍛えているつもりであった。
その二人が気づけなかった。チャラ男たちは、現国の近藤への警戒心を強めた。
「やあ君たち、僕も混ぜてくれないかな」
現国の近藤は柔和な笑顔を浮かべながら、そう告げた。
「そんな、先生まで…」
「いいね、近藤ちゃん。オーケー、オーケー、一緒に入れてあげるよ」
「何か勘違いしていないかな?」
現国の近藤はチャラ男たちの方をしっかりと見据えて行った。
「僕は君たちに言ったんだ」
現国の近藤から殺気が放たれる。それは雄のみが放てる、圧倒的な力であった。
「舐めるな!」
チャラ男の一人が動こうとするが、それよりも早く現国の近藤が動く。チャラ男の鳩尾に向かって、発勁を叩き込み気絶させる。
その隙に、もう一人のチャラ男が抜き手を放ち、現国の近藤を攻撃する。それは剛と柔を併せ持つ、チャラ男のみが放てる技であった。
チャラ男の抜き手は、現国の近藤の首を切り裂き、仕留めたはずだった。
「効かないな、君たちの拳には愛がない」
チャラ男は雄としての力のみで戦うわけではない。チャラ男は総じてイケメン率が高い。それによって女性を倒すことが多いが、それは本来戦いには不要なものだ。
だからこそ、チャラ男は種付けおじさんに勝てない。
雄としての圧倒的な力の差に絶望しながら、チャラ男は敗北した。
種付けおじさんは、倒した二人のチャラ男を両脇に抱えて、教室を出て行く。そして、優しい笑顔で少女たちを祝福した。
「君たち、人生の先輩として、一つだけ言おう。これから先、君たちの関係を否定しようとしたり、壊そうとする人間が必ず現れる。人間は自分とは違うものは、認めることができない。だけどね、君たちを否定しようとする人間がいるのと同じくらい、君たちのことを守ろうとする人間がいるのも忘れないで欲しい。なあに、困ったときは大人に頼ればいいさ。それが大人の仕事だからね」
この日、二人の少女が結ばれ、二人の雄が雌になった。
雄を雌にするぐらい、種付けおじさんにとっては容易いことだ。